第28話 判断

――日本ダンジョン対策協会・本部――


「それで、目途は立ちそうかね?」


「大変申し上げにくいのですが、各国からの支援は想定の半分程度が限界かと」


協会長の言葉に、秘書が苦い表情で汗を拭きながら答える。


現在、日本にはSランクのダンジョンが出現していた。

過去に出現したこのランクのダンジョンは1度だけであり、当時百人からの精鋭を投じられたその攻略は、完全な失敗に終わっている。


「高レベルの能力者は、各国で引き抜き合いになっていますので」


Sランクダンジョンは7つ同時に出現しており、優秀な能力者は、出現地点の国がダンジョン攻略のために引き抜き合う形になっていた。

当然日本も色々な形で各国にアプローチしているが、余りより良い返事は返って来ていない。


「全く、とんでもない事になってしまった」


協会長は、首相からこの件に関して全責任を任されていた。

上手く行けば大きな躍進となるが、失敗すればその責任の大半を押し付けられる事になるだろう。

言ってしまえば、これは彼の進退のかかった大仕事だ。


だがこのままでは、それが確実に頓挫してしまうのが目に見えていた。


「遠間紫電を参加させる為にも、何とか数を集めなければ……」


レベル6を10名。

そこにレベル5を100人以上用意する事が、日本唯一のレベル7能力者、遠間紫電のだした参加条件だった。


だが現状はどちらも条件を満たせていない。


「何とか、今用意出来る人数で彼を動かせんものか?」


「それは難しいかと。彼は生還者ですから」


2年ほど前、アフリカ南部で世界初のSランクダンジョンが発見され、その攻略には各国から集まった多くの能力者が参加している。

だがその攻略は失敗におわり、参加者の半数以上が死亡していた。


――遠野紫電はその参加者であり、生還者だった。


つまり彼は、Sランクの難易度を肌で直接感じ取った人物という訳だ。

そしてその時の経験から、自分の出した条件以下では絶対にクリア出来ないと遠間紫電は判断していた。


成功の目がないなら参加しない。

それが彼の下した決定である。


「くそっ!このままでは私の首が!」


Sランクダンジョンが攻略できず、魔物が顕現してしまえば、日本全体に大きな影響が出るのは明白だ。

まあだが、協会長にとってそんな事など2の次3の次だった。

彼にとって最も重要なのは、自分の地位や立場だ。


協会長が厳しい現実に唸り声を上げていると、内線電話のコール音が局長室に鳴り響いた。


「誰だ!こんな時に内線なんてかけやがって!」


「協会長。落ち着いてください。何か用件があっての事ですから」


癇に障ったのか、協会長がヒステリックに叫ぶ。


「う……うむ。そうだな」


それを秘書の男がなだめ、内線電話に出た。


「もしもし――分かった。お通ししろ」


「なんだ?」


「姫宮グループの会長が、お越しになられたようです」


「姫宮グループの会長が?」


姫宮グループは、ダンジョン攻略の3大企業に上げられる。

だがその本体は、本来ハイテク機器などを扱う日本屈指の巨大複合企業だ。

当然その会長である姫宮剛剣は、政界にも大きな影響力を持っていた。


協会長にとっては面識のある人物ではあったが、なぜ今の様なタイミングに自分の元へやって来たのか分からず、彼は顔を顰める。


「久しぶりだな」


「これはこれは剛剣様。ようこそおいで下さいました。佐藤君。剛剣様に最高級のお茶をお出ししたまえ」


「はい」


剛剣が訪れた瞬間、それまで渋い顔をしていた協会長の表情が180度変わる。

理由は何であれ、相手は大物だ。

強い物にはとことんへり下るという彼の処世術が、自然と彼にもみ手をさせる。


「ああ、そういうのはいい。今日は用件があってやって来た」


「ははあ。用件でございましょうか?」


「単刀直入に言おう。協会が担っているSランクダンジョン攻略は、家が取り仕切る」


「は?」


剛剣の言葉の意味が分からず、協会長はつい間抜け声を上げてしまう。


「これは決定事項だ。って山形の奴からも連絡が入るだろう」


「しゅ……首相からですか……」


「お前から仕事を奪う事になるからな。こうやって直接出向いた訳だ」


「そ……そうなのですか。ですが……非常にお伝えし辛いのですが、手筈がその……」


協会長からしてみれば、渡りに船の話だ。

今のままでは攻略は絶望的であり、代わりに責任を負ってくれる人物が現れたのだから。


だが現状を伝えず泥を被せるには、相手は大物過ぎる。

そのため折角のチャンスではあったが、彼は攻略が厳しい事を剛剣に伝え様とした。


だが――


「心配せずとも、現状は把握している。その上で、わしが引き受けると言っておるのだ。不服か?」


「い、いえいえ!滅相もない!」


「では、用件は伝えた。わしは帰らせて貰う」


そう言うと、剛剣はさっさと局長室から出て行ってしまう。

それを協会長は唖然とした表情で見送る。


何故失敗する事が目に見えており、重大な責任が発生する仕事を剛剣が引き受けたのか?

それは、彼に勝算があったからに他ならない。


現状、攻略が絶望的な状況にあるSランクダンジョンを上手く処理できれば、姫宮グループは各所に大きな貸を作る事が出来る。

更に偉大な業績を残したとして、企業の評価はうなぎ登りだ。


姫宮剛剣は無茶を通す事で、多くの利益を得ようとしていた。


そして彼をそんな行動に走らせた勝算。

それは実の孫娘――姫宮零から聞いた、エギール・レーンと言う人物だった。


姫宮零の瞳には、エギール・レーンの強さがレベル7所か、レベル8であってもおかしくないと映っていた。

そして剛剣は、そんな溺愛する孫娘の判断を信じたのだ。


その判断は吉と出る。

何故ならエギール・レーンと57によって、Sランクダンジョンは攻略される事になるのだから。

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