第22話 竜虎相打つ

「めんど臭いな」


記者会見の前に一応顔合わせをするという事で、俺達は姫宮グループ本社に向かっていた。


「まあそう言うなって。5億の為だ」


「むう……」


そう言われると、黙るしかなった。

俺の野望ゲームキングには、金が必要だ。

ここは黙って耐え忍ぶしかないだろう。


因みに、今日はいつもの黒の鎧を着てはいない。

流石に顔合わせの場に、あの格好で行くのは問題があるからな。

今はスーツに仮面を付けている状態だ。


傍から見たら完全に変人ではあるが、そう思われるのはエギール・レーンなので、俺は痛くも痒くもない。


「姫宮第4ビルにつきましたよ」


都心の一等地に立つ高層ビル。

その地下駐車場に凛音の運転するワゴンが下りていく。


「金持ってんなぁ……」


「見てろよ。うちの会社もその内、このぐらいのビル建ててやるからな」


郷間が鼻息を荒くする。

やる気は買うが、このビルはどう考えても数十億――下手したら数百億とかしてもおかしくはない。

流石にそこまで付き合う気はないので、自分で頑張れよと心の中で応援しておいた。


夢ってのは、自分の手で叶えるものだからな。


「フルコンプリート様ですね。伺っております。こちらへどうぞ」


受付に行くと、女性にエレベーターに案内される。

途中周囲からの好奇の視線を感じたが、案内してくれた女性は俺が仮面を付けていても特に気にする様子はなかった。

流石はプロだ。


「此方になります」


エレベーターは40階で止まり、大きな会議室へと俺達は案内される。

そこには既に2人の人物が席についていた。


「初めまして。衛宮聖奈です」


衛宮聖奈と名乗った女性が席から立ち上がり、挨拶してくる。

かなり綺麗な人だ。

流石にアイドルだけはある。


もう一人は12-3歳ぐらいの女の子で、手にした携帯ゲーム機に夢中なのか此方を見ようともしなかった。

まあ子供だし、その辺りはしょうがない。


ていうか、なんで子供がこんな場所に居るんだ?

意味が分からん。


「フルコンプリートの郷間武です」


郷間の顔がだらしない。

どうやら今の奴は、清楚系の美女が好みの様だ。

その緩みきった顔を見ていると、アイドルに会いたくて合同の仕事を受けたんじゃないかと邪推してしまう。


「マネージャーの郷間凛音です」


「エギール・レーンだ」


取り敢えず、女の子は無視して無難に挨拶を返しておく。

良く分からん事には、触れないのが一番だ。


「姉さん。ゲームは中断して、ちゃんと挨拶しないと」


姉さん?


衛宮聖奈が振り返り、椅子に座ったままの少女を姉と呼んだ。

それを聞いて、俺は訝し気に眉を顰める。

どうみても彼女の方が年上な訳だが、聞き間違いだろうか?


「別にどうでもいいわよ」


「もう……すいません。姉が失礼な態度を取ってしまって」


衛宮聖奈が申し訳なさそうに頭を下げた。

やはり聞き間違いではなく、少女の事を彼女は姉と言っている。


「彼女は聖奈さんの姉で、衛宮玲奈といいます。少し気難しい所がありますので、御容赦ください」


「姉……ですか?」


「はい。見た目は幼いですが、れっきとした成人女性です」


案内してくれた女性が、少女――衛宮玲奈の事をきっちり紹介してくれる。

どうみても少女にしか見えない彼女だが、どうやら冗談抜きで衛宮聖奈の姉の様だ。

どういう状態で育ったらこんな幼い姿になるのやら。


……まあ詮索する気はないが。


世の中、色々あるからな。


「すみません。姉はゲームに夢中になると、他が見えなくなっちゃうたちなんで」


どうやら姉の方は、生粋のゲームオタクの様だ。

態度は失礼極まりないが、まあそこは良い。

それよりも、彼女がどんなゲームに夢中になっているのか少し気になる。


人のやっているゲームが気になるのは、ゲームオタクのサガという奴だ。


「此方の席にお座りください」


用意された席に案内される際、俺達はちびっ子の横を通る。

当然何のゲームか気になっていた俺は、横目でそれを盗み見た。


――その瞬間、全身に衝撃が走る。


「ば……ばかな。それはまだ未発売の……」


彼女がプレイしていたのは『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡完全版』だった。

それに気づいた瞬間、俺の動悸が跳ね上がる。

想像だにしなかった驚愕の事態に体が震え、思わず心の声が漏れでてしまう。


「ふーん」


携帯ゲーム機に視線が釘付けだったちびっ子――衛宮玲奈が俺の声に反応する。

そして振り向き、不敵な笑顔を向けた。


「これを知ってるなんて、そこそこやるみたいね」


「何故……何故それを貴方が……」


最早後戻りできない。

いや、するつもりもない。

俺は自分の疑問を口にする。


もし彼女が何らかの不正で手に入れたのなら、俺はゲーマーとして断固たる毅然な態度でそれを正すつもりだ。


「ああ、これ。ゲーム会社の方からどうしても受け取って欲しいって、先行レヴュー用に渡されたのよ」


先行レヴュー!?


よくゲーム雑誌などで、販売前にゲームの評価点が乗せられる事がある。

当然それらは事前にプレイされている物だ。

その枠に、このちびっ子が入っているというのか。


「ま、私クラスになるとそうなっちゃうのよねぇ。ああ、困ったものだわ。ま、貴方は来月まで待ってからプレイすると良いんじゃない?」


その顔は、勝利による優越感を纏った小悪魔の様な表情だった。

同じオタクとして、奴は完全にマウントを取りに来ている。


――世の中には、絶対に負けられない戦いがある。


ここで引く訳にはいかなかった。

ゲームオタクとして、一方的に薙ぎ倒されるなど俺のプライドが許さない。


「『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡完全版』は勿論プレイするつもりだ」


「ええ、一月遅れでも気にする必要は無いわ。素晴らしいゲームは、いつプレイしても素晴らしい物だもの」


「そうだな。楽しみ、そして――参考にさせて貰う」


「参考……ですって?」


俺の言葉に、衛宮玲奈の勝ち誇った表情に影が差し込む。

どうやら、不穏な空気を彼女は察した様だ。


「私は究極のゲームを生み出し、ゲームキ――いや、ゲームクイーンになるつもりだ」


危うくキングと言いそうになったが、自分が今エギール・レーンである事を思い出してクイーンに修正する。


「究極のゲームを作って……ゲームクイーンになるですって!?」


それまで椅子に座っていた衛宮玲奈が、バンとテーブルに手を付き立ち上がる。

その表情には先程までの余裕はなく、両眼はこれでもかと言う程見開かれていた。


「ああ、そのためのゲーム会社を立ち上げる」


「く……その発想はなかったわ」


立場は完全に逆転した。

ただプレイするだけの者と、自らの足で頂を目指す者。

そこには大きな隔たりがある。


――ゲームを創造してこそ、真のゲームオタクだ。


「君は一プレイヤーとして、精々ゲームを楽しんでくれ」


俺の言葉に衛宮玲奈が俯き、屈辱に肩を震わせる。

だがそれは、ほんの僅かな時間だった。

彼女は直ぐに顔を上げ、口の端を吊り上げて不敵に笑いだす。


「ふ……ふふふふふふふふふ」


そこから感じるのは劣等感ではなく、強い闘志。

どうやら俺の言葉が、彼女の魂に火をつけてしまった様だ。


「いいわ!その挑戦受けてあげる!アンタが究極のゲームを作るってんなら、私はそれを超える……そう、至高のゲームを生み出して見せるわ!!」


「ふ、いいだろう。このエギール・レーンを見事越えて見せろ」


今日この日この瞬間、俺は生涯の宿敵ライバルと呼ぶべき存在と邂逅かいこうする。


――これが俺と衛宮玲奈との、長きに渡る戦いの幕開けだった。


そんな俺達を真顔で見つめる三人。

その目は雄弁に「何いってんだこいつら?」と語っていたが、些細な事なのでこの際気にしない事にする。

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