D.C.

「神を救世主でなく創造主と定義するなら、それはあなたでしょう。大神アルゴルでなく」


 トウカのローブの中で、アクラはぼーっと聞いていた。


「……なぜ?」

「大神の知識が西暦に偏っているいっぽう、あなたの態度は随分と観測者的だ。今まで他の誰も、怪しむことがありませんでしたか?」

「ありませんね。私と彼の両方に会ったことのある者の中で、そんな飛躍した、子供の思いつきみたいな考えを確信げに口にまでするのはあなたくらいです」


 ロード・マスレイのいつもの微かな安らぎ、小さな笑みが一切なく、指先に至るまで臨戦の表情をちらつかせている。グレイスはその様子を、完璧な侮蔑で見下している。


「僕も、こんな懐疑を抱いた一六、七の僕を滑稽に思います。しかし、最高神とは救世主かつ創造主である、という発想も飛躍でしょう。そしてそういった、疑問の持ちようの荒唐無稽さはともかく、その結論に関してのみ、近頃現実味を帯びてきました」

「その話、長くなりますか?」

「いいえ。二言です。あなたの権能、明らかに、『土と隠者』の領分を超えている。そして少なくとも、世界構築に関わっている」


 それらを見ては聞いては、アクラは帰りたくなり、けれど、厳密には種々面倒なだけであって帰ることも面倒であり、安らかな森の薫りの中にあると一切動作する気にならなかった。

 トウカが肩を包んだ。森の土の上に転がったように、ほの温かく、すぐ体重を預けた。支えるその手に押し返す力強さがこもった。


「魂乞いの雨なんて民間伝承を、一個の術として完成させるというのはとてもとても」


 グレイスが見たことのないつり目をしたことにも、アクラは、心を動かし疲れ、


「西暦以前、存在をあるかないかにしてこの世すべての苦しみの責任の弾劾を逃れてきたあなたに聞きたい。

 存在することの矢面に立ち象徴として、喜びも苦しみも己を起源とすることにした彼。

 それに身を寄せ怒ることだけを生きがいにはせず、負うべき限りを負うことにした人々。そして、今なお虚しい無敵に隠れ潜むあなた。

 ……気分はいかがですか?」

「いつも通りですね……溜飲は、下がりましたか?」

「この3年間、あなたが現れた時必ず言おうと決めていたことですから。半分満たされました」

「理由が少し嘘。

 あなたは私でなくとも、憤激することを通して理知のある風に見せたかったのでしょう」

「訳知り顔にならない方がいい。神ぶるだけその器の足らなさ、忌々しい邪神の称号の大げさぶりが透けて見える」

「それで。満たされないもう半分を聞かないのかしら」


 トウカの手が少し、力んでアクラを引き寄せた。


「魂乞いの雨は、雨を媒介に死んだ恋人を過去や未来へ転生させる術です。再びできるだけ近い歳で巡り会うことが出来るという。もっともただの民間伝承であって、そもそも時間を超える幻想がありえません」

「私がそれを幻想として成り立たせ、レシーの魂を呼び寄せたことが何か?」

「そもそも幻想と呼びがたいものですが……まあいい。あなたのしでかしたことを鑑みれば、まあいい。

 女神グレイス、魂乞いの雨の後、アクラが生まれたのは今から何年前ですか?」

「一六年になりますね」

「もうひとつ聞かせてください。

 四年前……となれば魂乞いの雨から一二年。強い因果を持つ年差をおいて、アルバ村で干ばつが起こったことはご存じですか?」

「……よく、知っていますよ」

「地獄に堕ちろ。僕も、お前も」

「何を言うの。この世だってよく出来た地獄じゃない」


 萌葱色の悪魔の瞳はよく輝いて、しかし、見るべき隠者の影はいなかったものとして消え去った。






「なにがどういうこと?」

「この件については責任がループしていて、役に立たなくて。それでお二人は、誰も悪くないと考えるのではなく、全員が悪いと考えることになさったようです。

 責任論の遡及は、原理的に世界の出生まで遡りうるところを、価値観によってうまく停止させるものですから……今回はそれがよくあらわれる事態だと考えて、そんな屁理屈を考え出したんでしょう」


 膝をついてしまったアクラにあわせ、腰を下ろして、手を差し伸べて、アクラがそれを取ったとき少し無理に引き上げた。

 血の気が足りない彼女の顔を、いつもの優しい風体で迎える。アクラはほくそ笑んだ。


「レシーラン様と出会ったことも悪かったのかな。リシオンさんに憧れたのも」

「僕はそう思いません」

「私が生まれたのも悪かった?」

「それは僕だけでなく、お二人も考えやしません」

「なんでそうわかるの」

「僕は恐らく、みなさんよりみなさんを知っています」

「どうして」

「秘密です。隠者ですから」

「……私、レシーラン様になるために産まれてきたんだね。それで全部よくなるから」


 トウカが少し黙って。

 フードを自ら下ろした。


「――トウカ」

「僕の正体を言えますか」

「……言えない」

「どうして?」

「うまく喋れない。呪い?」

「はい。女神がお来しだったので、こっそり力を分けていただきました。そしてあなたをローブに入れて、大きな力を使いました。これでまだまだ、あなたにも力が通じます」

「騙したの?」

「はい。……僕に騙されましたから、もう懲りて下さい。内なるあなたに騙されないで」

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