17. 彼誰問い⑤:4月1日

 一人いちにんにして国家に大計を成さしむ英雄、そのリシオンの足踏みが乱れたとき衆合したる学生は、しかしカッとして喜ばなかった。狩り捕まえる心が乱れて、抜き去るものの抜き去るを許し、猛獣じみてそのふたりが倒れずさったとき目だけ追いかけた。


VOOOOOOOヴゥゥゥ――――!!」

「ロード、終わりだ! 終わり! もう勝った! ……誰か回復!」


 濃い紫の髪がこのときは、狼の尾のように空を走り縦横無尽にあたりを打った。背から前に倒されたリシオンを食い殺すのように学生らはみた。

 学生ら、学生らは一拍を以て、三人中あともう一人、枠が残っていることに気付く。


「はい、わたしタッチ! 終わり、はい!」


 レシーが散開の手振りをしたとき、彼らは、世界に裏切られたような顔で踏み込んだ足をまたも止めた。


「クッソ……どいつもこいつもその顔かよ」

「クレモント君?」

「悪い。抑えとく」

「じゃ回復しまーす」


 引き剥がし、寝かし、胸に掌底を沈め水色を波動させた。


 やっとリシオンは起き上がり後頭を掻いた。追って、手の甲で腐葉土を払い落とし立つと、ロードのよくわからなげな薄目を見下ろしていた。


「体で心を追い越したのか」


 4月1日の日のくるのを見、ある日裏切られた期待、ある日裏切った信頼を懐古してから後ろに倒れなおした。




「リシオンな」

「くッ……が助けてあげたのに……!」

「そりゃどうも、だがこりゃ分別だ。分かるな?」

「……」

「さんにーいち」

「リシオンさん! ふん!」

「はいよろしい。で、」


 ほぼきっかり5時になるころ、魔力欠乏によって「うーあー」の他を言えなくなったロードに「ほれ乾パン食ってろ」と、一口大突っ込んでからリシオンは屈み込み頭を挟むように抱えた。


「さてさてさて、やらかしたね……」

「これから大変ですねェししょー♡」

「うわっクる」

「ときめいちゃった?」

「むかついちゃってんだばか」


 立つと相手があまり小さいものだから、睨むことが悪性に思われてやめた。後手を組み上目遣いなどして、まったくずるい女だとそっぽを向いた。

 そのそっぽの先にクレモントが息を切らしているのだった。


「あぁリシ、リシオンさん、あのぅあの……よろっしゃぁす!」

「よろしく、と、おめっとさん……君には色々話さにゃならんな、この坊主とマセガキのことなんだが」

「マセておりません清純派ですぅ」

「ヘイヘイついでにガキでもありません」


 を踏んだリシオンは鳩尾で沈んだ。


「警告はした」

「レシーちゃんさ……」

「れしー」

「あっクレモント君いま! いまロードがレシーって言った!!」

「乳幼児の発語デビューか」


 このとき軍鶏が鳴いた。


「あら一番鶏。遅いのね」

「あのあたり、あっこ……きっかり5時に鳴くのが居るんですよ……ってぇなぁもう」


 ふと目端に光る。


 伴ってきた白金色の軌道をリシオンは、上体だけで避けてから足かけもした。彼女はかかるまいと跳ぶけれど、足の長い彼に高く上げ直されると不意を突かれた。

 硝子の剣ノンフィルタは陽をそのまま透かし、滑らす。彼女もそのまま、白金の髪に映し、色とりどりに馴染みながら転がっていく。


 止まり、割座まで起き上がり、常通りきょとんとしているくらいの無表情で背後を見上げた。


「あらぁスピナちゃん」

「スピナさん? ……スピナさんだ」

「律儀なんだか狡猾なんだか、ようわからんタイミングで来るねぇ」

「……」


 まだ首に突きつけられていないからとスピナは、座ったまま、骨が悪くなるほど急に背を反らしてリシオンへ短剣を突き上げた。

 左手が差し出されていた。困った顔のリシオンの、ひろく熱く指根の皮のかたい手のひらが、あまりに小さい両手をいっしょくたに包み止め、スピナの瞳に逆さまの彼の顔が迫った。


「どらっ」


 強かに頭突かれた。

 呻いてから正気にかえったとき、果たして耳の根にこずえが寄っていた。


「……」

「この短剣いいな。どこの?」

「……龍狩さんの、新商品です」

「なんだウチのかよ……立てるか、その姿勢」

「まだ」

「耳は首だ。往生際よくしろ」


 スピナは唇の形を保つのに難渋した。

 リシオンが離れると自棄で、つま先と膝だけ使い立った。


「ぺたん座りで寝ても立つの。若っけぇなあ……」

「……」

「わたしたち、まだロードの回復するから。集中しててしばらくお話は聞こえません」

「妙なお気遣いどうも。あとクレモント君、あれだろ、学生頂上決戦5位おめっとー」

「う゛ぇ――はっふぁい!!」


 クレモントは腕振り大にして、レシーに伴い彼と彼女とをふたりにする体をした。


 そこで彼は、左にこそっと側立つ彼女のことを、一端腕組んで仰天の姿勢でやや懊悩した。ややというのは、早々中断したからであって、何せ喋らない相手に黙りこっくりをしていられなかった。


「スピナちゃん、ふてないの」

「ません」

「『ません』て何だ『ません』て」

「……」

「ふー、てー、んー、のー」

「……」

「どしたの。言いたいこと?」

「……」

「……」

「おはようございます」

「ぶッ……」

「……」

「いやタイミング……あーうん、おはようさん。おはようさん」

「……」

「ふてないでよ」

「……」

「ココで『ません』でしょ」


 よくよく困った。


「リシオンさん」

「おっ何」

「……」

「……」

「……すみません」

「このやり取り何度目か知らんがね、待つから。大丈夫」

「……」

「……」

「重要度順に並べて聞こうとせんでもいいよ下手なんだから」

「私とあの子たちは何が違いますか」

「完成度」


 一から十の理解は不得手で、どういうことですかと続けて聞けないのが彼女なので、リシオンは顎を二指で支えて勘案した。スピナは素振りもなく野草の如く立っている。


「歳取るとやっぱ力より読みで動くわけよ。見た目これでも、身体はめげちゃってんでね……となると、やり合いながらグチャグチャ変わる相手ほどむじーの。ほんとずっとわけがわからん」

「……私も」

「スピナちゃん君ぁぴったり天才だ。それでいいの。そういう血筋」

「……」

「他に聞きたきゃ話すよ、いま俺ヤケだから」

「どんな気分ですか」

「最悪。弟子とかマジやだ。すごいこと聞くね」

「いつか、多分、大丈夫です」

「今度は力強いこと言うねェ。どしたの、ほんと」

「わかりません」

「……ちょい俺に時間ちょうだい」

「はい、待ちます」

「ども」


 言葉の弁の短い開き時を焦った。お互いに。


「俺の来歴なんだが」

「東の方面ですよね」

「知っとんのかい」

「作法がそうなので」

「さすが、イイトコの娘さんにゃ分かるか」

「さっきの……耳切りも」

「あ、またふてた」

「……」

「それ以降は踏み入らんでよろし?」

「どうして話してくれるんですか」

「敗者は勝者の言うこと聞くもんなの。納得してねーけどそういうもん。あとヤケだし」


 このときロードの腕があがるようになってリシオンのほうに伸びた。その脱力が無垢にすら思われたので、リシオンは老婆心から、「ちょい待って」を言ってからロードの方にしゃがんだ。


「ほれバカタレ。やってくれたなァおまえ」


 頬をぺた、ぺたと二度打った。


「かちですか」

「ほいほい降参……しっかりしろー」

「はいー」

「叩かないで下さいね

「……へーい」


 リシオンはスピナの傍らに戻り、敗者なので、もう一個聞こうかと思ったけれど「勘弁して下さい」の合掌をロードの方にたおした。それから後頭掻きをした。きっと先々そこから禿げるように思われ、たらこ唇をした。


「リシオンさん、今日」

「ん……流して悪かったね」

「40歳のお誕生日おめでとうございます」

「ありがとさん、でももう誕生日は懲り懲りだ」


 懲りて来なくなるよう勝手出来れば如何ほどよいかを思い、少年に目を落としていた。

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