16. 彼誰問い④:問わない

「好きようにどうぞ。そこのそれはもう立ちません」

「はーい♪」

「つっても加減はしかねます」


 ぼそり。


「アッッレ詠唱聞こえないヨ? どうしたのカナ? ねえ詠唱は??」

「うるっせぇな……」

「ねえ聞かせてよ厨二詠唱! 聞かせてよねえ! ね――――え!!」

「うるっせぇな!! 『終末開始スタート・ザ・ラグナロク』!!」

「ヒューッッ!!」










「あぁぁぁ……」


 醒めたとき天は深橙色に燃え、一帯気化魔力に満たされて、森は雑巾じみて絞られていた。


「あぁぁぁ……」


 命の在処の脆いところにほとんど無限の魔力感情がつけこみ、内側のものをすべてズル抜きしてぎゅるり、捻る。果たして成った捻れ森は、彼の人を中心に見る限り一帯、極大範囲を歪曲した。


「あっぶなぁ」

「お気遣いどうも」


 リシオンのクラウンは黒く、魔力をじかに固形化していた。


 これの特殊を説くにまず、精神的エネルギー(魔力・法力)は物質三態・プラズマ状態をほぼとらない。幻想、物理現象を起こすにあたっては「物質の心」となって露も直接干渉はない。光子を曲げ物質を揺らす間接働きばかりする。

 ただ、ほぼ、であるために原則であって、強烈な圧縮によってそれを見る。ただし大実験場、国家事業、スーパーカミオカンデに類する規模を要し、決して野っ原で見るものではない。まして固体、最大圧縮の結果を、目視サイズで見ることはない。ロードは半年、そういうことを学んだ。


「あぁぁぁ……」

「ロード、気を付けてて」

「あ」

「バリア張ってみたけど、ホラ、このザマだし。あの人わりかし強い」

「あ、ぁ」

「だいじょーぶ。でも流石に、ね……合格はちょっと。無理」


 新体操じみた槍捌き体捌きをし、それが一瞬雄々しかったからとロードが見とれた時、ウインク一回飛ばしてくるので口が開いた。


「レシー」


 新雪に黒いけものは瞭然とする。パタつくがやつく可愛こぶるの類い、彼女の常々完璧なあれそれと異なって、いまのウインクはそつがある。


「で……ねーえー! どぉしてそんな本気出すのー!?」

「主義です主義」

「おっかしいでしょノーセーブは。誰も弟子入り出来ないじゃない」

「させてないんですよ」

「昔のお弟子さん、みぃんな早死にしてるから?」

「ええ」

「あ、違いそう」

「合ってますよ」

「根本的に疲れちゃってんだ」

「へいへい」


 がきがきがきがきと岩の打っつくような大音を伴い魔力が凝固する、黒色の隙間ところどころに焦茶が挟まり照りをつけていた。

 そうやって閉じていくレシーとリシオンの立方体の籠に、まだあがる腕を伸ばし、あと少しとも言えぬほど間に合わない。籠は全然閉じた。


「あぁ」


 片肩、担がれてあがった。


「どうにかしろ。あぁじゃねーよ」

「クレモント」

「空間跳躍使えんだろ、はよやれ。火ぃ貸してやった俺も入れろよ」

「でもレシーが無理だって」

「無理って言われたから無理なわけねーだろ。神様かレシーちゃんは」


 ロードを抱える彼の足が、立ちそうでなくなっていたので、肩組みを逆にした。


「なんか、ごめん」

「気分悪いのか」

「いちばん悪い」

「どした」

「愛し望んだものの正体について、覚悟がなかった」


 けれど彼は肩を組み返して、ロードの方は見ないまま黒と焦茶の立方体を凝望した。とたん、それが浮き上がる。とうとう届きそうになくなった。凝望は仰望になって、横ならぶふたり、同じように顎を浮かせた。


「誰の言葉だよ」

「今の?」

「おまえの理屈じゃないだろ」

「父さん」

「そりゃ救われてるな」

「なんで」

「腹中書在りっつってな、食ったってくらい根付いた思考法のあれかしってことだ。でもそんなもん、親の教えと生まれつきの性分くらいしか、なあ。ならんだろ」

「それでなんで、救い?」

「おまえの性分がへたれだから、そのぶん、親に救われてんなと言っとるんだ」

「僕ってそんな評価なの」

「わからんか」


 籠の中から撃音がして、すぐ頂点のひとつが激震しながらたんこぶの如く歪んだ。掛けること幾度か、肩組みしつつ呼吸を薄めた。

 けれどやり口がない者々、そこらにへたれ、伸びていると、ロードは無闇な思いになって、腱のまずいほうの腕を高く伸ばした。


「壊すぞ」

「どうやったら……裏切られないんだろう」

「期待しない。理想を押し付けない。つまり夢見ない」

「夢がないなあ」

「あるいは『それもまた好し』とか……そういう……ポジティブ?」


 眺め上げる籠の黒に空色怪しくて、開けると災厄を振りまく心地がした。


 これもまた、好しと。伸ばしていた腕を下ろした。日時計を測るに、もう5分ないので、後の気持ちをどうかこうかしようと考えた。


「ロード」

「なに」

「殴っていいか」

「何で?」


 彼は背骨を殴った。


「なんで」

「雛鳥みてーにウジウジピヨピヨいいようにしろって言うからだ。しゃんとしろ成年者」

「雛鳥」

「は、よ、あ、け、ろ」


 歯軋りじみた喋りをするので、頭に用を回す間を損なった。

 そうやって腕をあげなおし「転移の輪リンカー」を言ったので、ちょうどまるで、決心し高台を飛び降りたあと大焦りするような、意志の不連続感を生じた。


「行くぞ」


 と足を踏む一瞬以下の直後、門を通し人体大の魔砲が掠める。

 ロードはすぐに閉じた。


「……わかる。けどやらにゃあ」

「望んでもない方へ行く必要ないよ」

「おまえがよくてもな」

「もういいかなって」

「現実見て、萎えて、やめんのか。モノホンの駄目人間だな……」

「そうだね」

「……だァァァッ!! ガチで勘弁してくれ!!」


 頭を抱えてうずくまるクレモントを、見下ろして、ああ迷惑掛けてるなあと思った時、すべて熱感が冷め消えた。


 ――これは、精神の限界が小さくて、抱える義務ある感情すら抱えきれないほど小さくて、「ロード」危ういところをこうやって、消してしまうのだと、だからつまり、頭が際限なく狭くって、「なぁ、ロード」正義からはみ出るのもはみ出られるのもだめで、好きなそれのほかには目が行かなくて、「ロード、なぁぁぁぁっ……」嫌いは絶対に世に憚ることを許せなくって、なんだ、つまり、どういうことだ、いやそんなこと決まっているのだ。


「頼むからっ、目ぇ醒ませ!!」


 鼻っ柱が折れた。


「っ……」

「聞いてるか!!」

「だから、もう」

「おまえの、一生の夢が壊れた、その程度で、情でっ……不愉快なんだよ!!」

「おっ……なんだよ! あんまりひどいとっ、ぼくっ、おこ」

「何も諦めないのは悪いことだ!!

 子供の時からずゥっと大事にしてたようなもんは、それが夢でも、いや夢ならそれこそ、出来損ないが後生大事にしてたら、悪いことだ!!」

「クレモント!!」


 押し倒した、それも、喉首絞め殺せるよう鎖骨を押して倒した。冷めていたところ一気に血がのぼって眩みを伴う。

 案の定クレモントのほうが頑強だった。即刻、鳩尾を膝が突き上げ、もう直後に片関節留められていた。


「っ、だ」

「それを持ってていいのは特別なやつだけだ。自由を言うのもいいっかげんにしろ迷惑、そう迷惑だよ、夢と現実が噛み合わねーで不満がやり口振る舞いになって生きようの汚さになって現実様に迷惑掛けて、それでも夢見てんなら、世の中から……出て行け!!」

「しっ、ね!!」


 蜘蛛の糸ほども緩まない。


「おまえはその程度なんだろ!? リシオンさんになんかなれない!! そんなやつが夢見て、だめで、ごたごた言う未来が透けて見える!!

 叶えられなかったやつはいっつもそうだ、自分は叶えられなくっても後悔しないとか大嘘ぬかして、はた迷惑なルサンチマンは絶対に隠せないんだよ!!

 だからデキソコ野郎が、夢見てんな!! それは悪いことで、殺されても文句が言えない悪だ!!」

「しねっ、しねっ!!」

「ひどいこと言われてるとでも思ってんだろ!? 当然のことしてねーのはおまえだ!」

「~~~~~~!! ~~~~~~!!」

「こんのっ……よっわ……魔力一辺倒とかよくリシオンさんに弟子入りしようと思ったな! 腕力才能以前に練習不そ」

「~~~~~~!!」

「……あーはい! もう、まじで、さっさとしてくれ!」

「僕の魔法だ僕が決める!」

「おまえは俺に恩があるよな!?」

「押し付けがましい! 恥ずかしくないのか!」


 結局ひどい訣別感がクレモントの停止にあらわれた。


「おうおうじゃあそうやって生きてろ!! どうせしょォもなく死ぬだろうよ!! 他のヤツに迷惑かけながら独りで死ぬだろうよ!!」


 もう息が尽き、ふたり、静かになった。


 天景はもはや赤白と青黒の混ざるころ、黎明、彼誰時かはたれどきというけれどロードは瞭然と、焼き付いた彼の人の像を、静電気が襲うように思い出していた。

 彼誰、まさか問わない、紛いようなく見たものを、実の見えない影法師であっても問いようなく見たはずなのだった。


「自分は出来るとか正しいとか……過信して、陶酔してるやつは、恥ずかしいんだよ」

「自信くらい持ったっていいじゃない」

「信じるもん何もないもんが持つもんじゃねーだろ。一つでも信じたら、それで過信だ」

「なんでそんなに強く言うの。そんなに、強く、言わなくてもいいでしょ?」

「人が嫌がることしちゃ駄目だよってか? ……自分がして欲しくないことだからって、しないでいてもらえると思うなよ。王様か、クソ思い上がり、押し付けがましい、他人のエゴに物言ってんな愚図」


 震えがわかって、クレモントは締めをもぞもぞ解いた。ロードが冷たい前腕で両目をおさえたとき、そっぽして息を吐くと久方ぶりに白い。「俺もか、じゃあ何も言わね」と、白の昇り消えるまで見届けていた。


「……そんなひどいことを受け容れなきゃいけないの」

「人として最低限だろ」

「痛いのに」

「周りの全員が迷惑するからな。『嫌だ』なんて、残念だけど人道に悖るね」


 じゃりといって、


「くっ…………そ!!」


 握り拳が腐葉土をぶった。


「どうにもならねーよ」


 ――いつか、たしか。黎明の、彼誰時の光。


 風止んで、白金色の髪の左になびいていたのが真ん中に戻った。

 すこし彼女はこちらを向いて、確か、こう。


『できる限り、小さく丸くうずくまって、目立たないようにしてください』


 あの隠者たちみたいにすればいいんでしょうか。


 小さくなって、曲がった背中で、中身の醜悪を悟られぬよう隠れて。同じようなつまらない理屈を堂々巡りで言って事々を誤魔化して、つまり、本当はそれでいいと思っていないことをそれでいいのだ捉えようだと嘯けばいいんでしょうか。

 独りで練り上げて腐り上がらせたほんとうにつまらない考えで隠れながら、腐臭を纏い、気付かないふりのためにつまらない考えをもっとつまらなくするんですか。

 そうして末に、顔を伏せ見ないようにしていた輝きを、一番正しい人に一番強くつきつけられればいいんでしょうか。僕はきっと挑み、ずるいことだってして、それでもあしらうみたいに成敗されるひどい引き立て小物役でしょう。

 そうやって僕みたいな若者が立派な人に憧れて、倒れ伏す隠者なんて端でボロボロになっているだけで、舞台演出じみて消されてなかったことにされるんですよね。


 父さんはいつかそうやって、邪神の手下である隠者のことを教えてくれました。そういう一番格好悪い連中が隠者だと。

 そんなものになることだけはどうか許してください。そんな醜い生き物、生き物と呼ぶには命に失礼な、あらゆる活性の権利を捨てた人たちと同じにはなりたくない。


「――くそくらえ」

「なんだよ」

「くそくらえ。くそっ、くらえ!」


 もうほんとうに何もかも嫌だと腕を伸ばした。1分ない。朝と夜のあわいの光色が、潤みに矯められて寒と暖と混濁した。

 そのロードに気付いたとき、クレモントは、まったく己と逆方向に気力が行く彼のことをわけがわからなくなった。


「ロード」

「くそくらえッイャルーテ避けて下され!!」


 黒い籠は歪み大口を開けた。


「あ、おまえ」

リトレンありがとうリトレン幸あれ


 落下物を先に見た。


 クレモントにしてみればただ明るくてよくなっただけの空色の、まったく真ん中を黒い甲冑の塊が落下し体勢に迷っていて、いま、クレモント・アーラが何をすることがいいのかをそもそも考えなくなったとき鎧の彼が叫んだ。


「やりやがったっバカタレが!」


 途端ロードはやけくそを掲げ、走ろうとして、むろん動くことがなく、よろけた先クレモントがおぶる。


「魔力欠乏だアホ垂れ! 一体これでどうすんだよおま」

「わかったもうわかったからもう知らないよ!!」

「思考制御出来なくなるほど使うな、馬鹿!! 意味ないだろ!!」


 リシオンに引っ付くもう一個の落下物を見た。


「ロードやったロード! やった!! タイミングすごい!!」


 空で、胸にきゅうと来る声だった。


「レシーちゃん――」

「いける! 大丈夫! すんごいビックリした!!」

「この女神うるっせえな!」

「この人もう無敵モード終わるから!! ウルト〇マン弱だからぁー!!」

「チクショウ旧世界の亡霊が!!」


 クレモントが足になって何故か走った。ロードがほんとうに何もかも放棄的な頭なので、まったく寄りかかってくるのを無理強い引いて、落下地点へ彼をずりゆきながら辺りの連中が気付き出すので蒼白する。


「どうすんだよ!!」

「ぜったい止まるな!!」

「いンだなもうぜったい止まらんからな!!」


 このとき二人着地した、乞食学生どもが寄り走る、けれど彼は巧妙軽々と避けてひと触れもさせず、息み具合で軽くなり、亡者のように上に伸びる学生の腕々を掴みすらしていなした。


「っと、やべぃ」


 なおも人が集まりすぎた。


「ロード間に合わ――」


 このとき、



VOOOOOOOOOヴゥゥゥーーーーーー!!」



 すべて視線が彼を見た。


「おま……は、いや、おま、ロード君……!?」


 学生は止まり、レシーも止まり、リシオンこそが余計硬直し、見えるみな止まって、クレモントは心うち「巧っ」と叫ぶのをこらえた。


 ぜったい止まるな。

 心身何事にもいま無理強いする。


 ロードの腕が前に伸びようとしてへたる、それを腕に乗せ支えクレモントは頭がすっきりと空になった。頭上でしゃがれ尽きた声が、「イャルーテ避けて下され」とない余滴を絞り落とす。

 居並ぶ者どもの居場所に大穴があいた。


「どうすんだこれは!!」

「~~~~~~!!」

「クッソコイツ!!」


 ぜったい止まるな。


「ピンポイント・アクセル!」


 縮地じみた跳躍を、最も驚然として呆ける彼の背中に向かってつきこんだ。


「アクティ」

「っけおらァァァァ――!!」


 腱の痛みが責め、黎明光が眩ませ、夜の明けるとき最も闇が近い。


 不明に沈んだ姿がしかし、影法師だった。彼誰などと決して問わない焼き付いた背の色、一瞬嫌気に焼けてから口腔肉を噛み出血した。


リトレンありがとうリトレン幸あれ……!」


 身体の警告と影法師の不明の裏と、甚だ身に染みて、けれど既にクレモントが止まらなくなっている。


 打ち付ける手のひらは腐葉土を握っていた。

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