05. 黎明の英雄譚

「リシオンさん、交代です」

「んー……?」


 寝覚め、目端に銀砂の光が舞って、リシオンは見とめた。


 空に馴染んで星に見紛う白金髪をしばしならず見つめた。スピナがその指先で毛先を弄ぶたび、変向する輝きを目で追う。

 『行かないで』と、銀色の記憶が後頭をひりつかせ、彼の意識を最奥に追いやった。あの日、土砂雨の中に彼女を置いていった。晴れ間が泥まみれの顔を照らし、銀髪は白く返照していた。


 そうだった、あの照り返しは白かった、スピナの白金髪はうすら金色に照り返す。


「……リシオンさん」

「あ」


 五、六秒を置きようやっと広まった意識視野の中央で、スピナは片膝を強く抱き、頭を半ば隠していた。


「あまり見ないで下さい」


 五、六秒とは彼の主観に過ぎない。


「悪い……そうだな、スピナちゃんの目は、あんまりな」


 互いに見逸らしなおし、リシオンは口笛でも吹こうかと思ったけれど、泥棒を呼ぶに違いないと考えを改めた。こう言った面倒な理屈に愛着を持つのが彼である。そうやって、額を人差し指で掻き下ろすしかなくなる不器用である。


「なぁ、スピナちゃん」

「はい」

「人間、ちゃんと見て欲しいもんだと思わんか」

「……?」

「誰かと重ねられたり、肩書きで物を言われたりしたらどうだ」


 するとスピナは片膝に縋りなおし、精一杯限悩み出すのでリシオンはしまったと思った。いつもの渦の如き懊悩癖が始まる。

 けれど彼女はそうやって考えるのを、今は楽しそうにしている。笑いはしない、けれど、熱心でいるあたりがそのようだった。


 と頭が上がり、また目を遭わすのでリシオンの方が億かなくなった。


「いいことだと思います」


 答える彼女はいつもの無表情にかえっていた。


「……そうか」

「はい」


 リシオンもそろっと座り、スピナの対面で鏡映し的に膝を抱えた。


「どうして?」

「恥ずかしいからです」

「何が恥ずかしいの」

「自分が、恥ずかしいです」

「肩書きで付き合ってりゃ、それを人に見せないでいいから楽か」

「……いえ」

「言い方が違うんだろうな……肩書きの方しか認めて貰えない気がするのか」

「はい」

「そうか、スピナちゃんはそうなんだな」


 リシオン、片膝をとき、大の字に転がる。無防備・無遠慮な有様だった。

 果たしてスピナもこれに従った。はゥと銀砂の髪がまた風に流れ、藍色の夜天に溶けて、リシオンの目端を惹いた。


「リシオンさんはどうですか」

「俺はイヤなんだよなぁ。立派どうこうはともかく、したくもされたくもないんだわ」

「……そうですか」

「どした」

「違うんですね」

「おう、いいことだな」

「……そうですか」


 この不意にお互い、クッと上体だけ曲げ、そこまで肌触りの良くない芝の上を転がった。そうして互いにズボラで気怠げなまま、幾度目か、両目が遭った。


 彼女の面立ちは、そうそう見ない微弱な笑みと、白ほど白い色づきで彩られていた。彼女がゆらめけば瞳と髪との白金が冷たく、返照をすべらせた。


「綺麗だな」

「――ぃ」


 こうして漏れ出たリシオンの言葉に、スピナは今度こそ、あからさまに驚嘆した。


「……悪い」

「ぃぇっ」


 リシオンは遅れて気を付けた。けれど相手がそれきり顔を伏せてしまうので、彼には確認が出来なかった。という言い訳を立てて、見ぬように気を付けた。そのうえ徐ろに姿勢をなおして、またも頬を掻き下ろしもした。


 少しでない暫くをおき、互いに起き上がった。


「悪い」

「いえ」


 これほど真っ赤色になる彼女を、彼はこの日まで見なかった。膝を狭苦しく抱えてしまい、頭隠して耳隠さず、先の先まで熟している。


 あまりに膠着し、そしてついにリシオンが口笛を吹く。


「あの」

「ん?」

「……」

「……」

「…………すみません」

「いいよ、待つから」

「……」

「……」

「……夜の口笛は、よくないです」

「――ぶふッ」


 噴き出すとスピナは、膝の隙間から彼のことをムッと睨み上げた。あまりないことだった。




「だからきっと僕のせいなんだよ」


 ロードは深まる深夜を、綻びた教会の中で唯一保たれているステンドグラス越しに眺めた。背後でアクラは置き去りになり、長話ゆえ辟易している。


「本題はいつからですか」


 ついに漏らした。


「ふむ。『本題』だとか『山場』だとか、僕はそういう発想が好きじゃないな」

「……というと?」

「尺度は水物さ。正方向も一元性も比例性質も、容易に損なわれるからね」

「だから、どんな話が盛り上がるとか、そんなことは無意味だって言うんですか」

「そうだね。意味づけは聞く君のものだから。合理性というのは、自ら築くべき……いや、自ら築く他ない幻想なんだろう」

「無茶苦茶なこと言いますね……教授、してらっしゃるんですよね?」

「こんなだから教授をしているんだよ」


 座り直してアクラの目を真っ直ぐ揺らぎなく見つめるロードの瞳、その萌葱色は彼に似合わぬ明るい光を湛えている。彼はまだ十八歳である、けれどその、若鮎のゆく川面のような瞳がアクラの瞬きを止めた。


「どうしたの」

「いえ……で、『僕のせい』ってなんですか?」

「スピナさんのことだよ」

「……確かに先生は、スピナさんに対して一定のを取るべきですよね」


 アクラの皮肉目はわざとらしさも極まって、返すロードもいっそうわざとらしくキョトンとした。場が根っこから小芝居じみる。

 根負けはアクラがやった。こうして見てつくづく、彼の物語るロード・マスレイ像が珍妙に映る。穏和でずぼらで巧妙で狡猾で、万事くたびれたような姿を物語の中に見ない。


「さて、続き。

 僕は僕の憧れと行いのために、関わるすべての人を憂鬱にした。スピナさんだけではなくて、リシオンさんは勿論のこと、レシーはいっそう勿論のこと、誰も彼もね。

 例えば昔のスピナさんは、もう少々表情がよかった。リシオンさんはもう少々、自信のある人だった。そしてレシーはそもそも死ぬはずがなかった。すべてあの夜の僕が始めたんだ」




 スピナは彼女特有の感覚でヒクついた。


「どうした」

「……隠者です」


 直後、一帯、顔を隠すローブの軍隊が黒絨毯の如く埋め尽くした。


 見回すに、陰気な土気と蛋白死骸の腐臭をこもらせ、各々鎌や楔を取り回している。闘志的に構えるや霧を発する、その色相は黒よりずっと闇色に近い。

 リシオンは唸った。「口笛がまずかったか」などと冗談めかし、連中の密度たるや、人と言うより極小昆虫に近いことを確かめる。


 隠者曰く。


『神グレイスの命なるぞ』

『神レシーランを吾らに差し出せ』

『神レシーランを彼の方に捧げよ』


 大音声でかくのたまい、振り誘う手は暗霧に馴染んでいく。時折眼光の黒光りを覗かせ、悪鬼の類いに違いない。また、悪臭は移ろい、ひどくじめった靴べら或いはどぎついチーズの如くなる。


「……あ」


 起き上がったスピナがその瞬間、口元を抑えた。


「どした」

「ロード君が今、宿の結界から出ました」

「はぁっ?」


 まるっきりの素で言った。


 かつ大音によって上を向き、今、二階の窓からサスマタ片手の少年が飛び降りるのを見た。


「マスレイさん!?」

「だらあああああああああああああッ!!」


 我武者羅・無駄声・血走った瞳。リシオンはかくも初心者然とした戦士を初めて見た。


 着地した瞬間その力みは足に衝撃し、まるで濡れ犬のように震う。無遠慮に言えば無様だった。八十数もの隠者はかえって和み、汚物の如き嘲り笑いをあげ、各々腹を抱え指をさす。

 リシオンはと言えば、真の馬鹿を見て唖然としたままで居る。この隙をついていたならば、その隠者は歴史に名を遺したに違いない。


「……はぁっ、はぁっ」

『神レシーランの寵愛を、このような愚物が!』

『神グレイスはこのような愚物に妬みを!』

『神レシーランはこのような愚物に寵愛を!』

『神グレイスは居たたまれぬ!』


 ロードは聞かなかった。震えつ、キッと群衆を睨んで叫ぶに、


「レ、レシーは渡さない。出て行け!」


 大爆笑を誘った。


「何だ、何が、何がおかしい!」


 その首根っこを掴む手。


「え」

「お客さん……いやもういい、坊主、こっち来いや」

「え!? いやでも、レシーが」


 その真横を隠者のナイフが走った。


「……あ」

「逃げるぞ」

「わッ」


 彼の跳躍は長く、軽く、高かった。バッタじみて長く、ウサギじみて軽く、ネコじみて高い。先刻の無様者とは比較にならぬ英雄の跳躍動であり、当人は「うわっ!」などと洒落臭く漏らした。


 隠者が叫びを大いにあげる。


「あの!」

「ちょい黙ってろ、お説教だわ」

「あの! ……お説教?」

「スピナちゃんもこっち」

「はい」


 隠者は歩みが遅い。彼らには追いつかなかった。


 そして岩陰に隠れ、


「……で、だ」


 ロードがリシオンに説教をされたのは、これが初回になる。


「坊主よぉ」

「は、はい」

「なんで、飛び出してきた」

「……戦わなきゃいけないと思って」

「足手まといだ。俺たちを誰だと思ってる?」

「でも、でも、女の子は男の僕が守らないと」

「それで一人置いてきたのか?」

「……レシーが、私は別に護衛とか大丈夫って」

「矛盾してるじゃねえか」

「……」

「だいいちな、男は女を守らなきゃじゃない。ロード・マスレイ君が、レシーラン様を守りたいんだろ。意志の形はハッキリしろ」

「……」

「黙りこっくりで通す歳か? 十五だろ。ロード君、もう成人すんだろ」

「……」

「……君、二階の窓で聞き耳立ててたよな」

「ぁ」

「分かるんだよ、そういうの。俺もありゃ悪かったけどな……それが悔しくて言い訳並べながら出て来るってのはどうなんだ」

「……」

「おい、ちょっと楽そうな顔すんな。俺が非を認めるや否や、ソコをより所にして聞く耳シャットアウトした顔だぞ」

「いゃ、そんなこと」

「だから分かるんだよ、そういうの。大体世のおっさんにはそういうスキルがあってな、お利口のフリは通じないんだわ」

「……」

「何とか言え」

「……僕も戦わないといけな」

「話が回ってる。頭のほうを回せ」

「でも」

「『でも』ってのはな、解釈の幅をいいことに都合を付ける小癪な小技だ。お前の道理は独り善がりしかないのか」

「……」

「どうやらマトモに考えたことのねー餓鬼みたいだな。人に教えられた道理を全部ごっちゃまぜにしながら鵜呑みしてやがる。そりゃ成人の考え方じゃねーわ」

「……」

「社会法規によく則るのが大人か? 何となく空気に合わせて動くのが大人か?

 なわけねーだろ、そりゃよく教育されてるだけで、この時代なら大人じみてるってだけだ。大人ってのは自分で決めて自分で負うやつのことであってな、流されてんなら寧ろ餓鬼でしかない。いいな」

「……」


 リシオンは強い舌打ちをした。


 ロードはもうシュンとしてしまって、雑多な溜息(或いは呻き)が追って吐き出される。リシオンは改めてスピナと見合わせた。

 彼女は何も言わずにいる、けれど少しロードに寄り、やはり黙りこっくりのまま、俯く彼の頭をゆるりと撫でた。少年の視線はしかし上がらなかった。


「……スピナちゃん、こいつ守っといて」

「はい」

「そだ、レシーラン様無事?」

「はい」

「おっけ、ありがと」


 小説教の末に物々しく押し寄す音がする。激しい雑踏だった。リシオンはそちらに見向いて、後頭をガリガリと削るほど掻きつつ岩陰から立ち上がった。「かーっ」と、本気の苛立ちを唸らす唸り声まで出して、歯噛みまでした。


 隠者が嘲笑を続けていた。


「増えてらっしゃるわ……スピナちゃん、あいつらの恩恵で視野が悪くなったりしてないな」

「はい。あの人たちは、あまり愛されていないみたいです」

「うわ、辛辣な言い回し」

「……?」

「それ天然なの? すっげ」


 ロードはその二人の背後でただ守られていた。


 けれど彼は、よく見ていた。


「ロード君、ちょっと仕事してくるからそこにいろ。絶対動くなよ」


 茶髪をたなびかす夜風が薄い昇陽に照り、長身でがたいのある彼の影をさらに長く広くした。

 ロードはその背を真っ直ぐ見て、決して目を離すことが出来ず、彼の道徳に語りかける何かゆえ身じろぎも出来なくなった。叱られてムキになるな、寧ろ見て学んで目標を見つけろ、常に向上心を持て、云々。


「あー……ま、男は背中よな」


 リシオンはひとまず低く構えた。英雄の妙な動作であるから、否応なしに動揺を誘う。


「なぁ、神グレイスってあれか。あの根暗邪神ねーちゃんか」


 みな波立った。


『神グレイスが邪神だと!?』

『神を愚弄したか! 吾らが神を!』


 リシオンは「しめた」と、目つきにも出さず俯瞰を続けた。


「デブもそうだけどさ、あのひとアレなんだよなぁ」

『神を……神を!』

「青春拗らせてるっつーか。話しててダルい」


 っと波立ち、罵倒が幾重にもなった。怨嗟と執着と無念とおタメごかしの義憤を最もひどいやり方で混ぜ交ぜ、ナンセンスな凡愚の語彙・幼稚な口調を以てしてそこかしこに満ちる。

 聞いていられない醜悪だった。この世の落伍者たちが冒涜的に叫ぶ、リシオンはやつれ顔で呆れ返った。曰く「隠者が叫ぶなよな」と。


『神罰を! 天誅を!』

『神意に従い貴様を罰する!』

「神、々ってうるせえな。しかし、知らんってのはナンとまあ気楽なこったよ」


 金音も無遠慮にたて、隠者は隠者の特性をまったく殺してしまいながら構えた。馬の啼くような呻きをあげつ、蠢く様は邪神徒らしい。


「……リシオンさん」

「ん? スピナちゃんは索敵と、守ンのと、あとはレシーラン様を見といてくれりゃいいよ」

「一人で大丈夫ですか」

「誰に物を言ってんだよぃ」


 以降、ロード・マスレイ少年が目撃した英雄譚である。








「アクティベート、星呼びの杖スターコール


 鋼の弓飾りが暴風を迸らせた。


 一帯裂き食らうほどの猛威を誰もが両腕で受け止め、身を低くし畏怖を自発する。恐れ隠れる隠者すら、これほどの恐怖を感じたことはない。スピナはロードの背を支えもって、解放圧に両膝をついた。

 ひとつの信仰を捧げるに相応しい圧力である。その変形をみな腕の隙間から見つめ、吹き荒びに恐れをなしてまた目を逸らし、されど再び見つめた。


「へい、待ってくれてありがとさん」


 鋼の杖が編まれた。


『……神意のために』

「おん?」

『神意のためにーッ!』


 ひとり狂人が集団を駆け出した。我武者羅・無駄声・血走った瞳である。


「そりゃ坊主シロートと変わらんだろ」


 リシオンは杖を水平に振り上げた。非常に軽くさりげない。

 そのために愚者は気付かず、自ら喉仏を潰しにいった。


『あ、ああああああああああっ!!』

「――よっ」


 その脇を水平蹴りにすれば、大気の弾ける音、隠者は超えてはならない壁を超えながら吹き飛んだ。ソニックブームで宿の窓が幾枚か割れ裂ける。リシオンは「あちゃあ」と漏らした。

 その隙をつく若干の賢者数名、しかしそれほど速くはなかった。


「クリスタライズ」


 杖で地を突いた。するや否や、そこら一帯の芝が一斉に鏡面の如くなる。


 土と隠者の女神に恩恵を与えられた隠者たちが、その小細工をどうこうしようとするも、彼のクリスタライズはびくともしない。

 リシオンはもう一度地を突いた。その前にスピナは、ロードの両目をしかと覆った。


「日輪光」


 その激しい光は彼の頭上に出でた。


 となれば大鏡面が跳ね返し、大地は燦然と輝いて眩しくなった。


『ぐぅぅぅぅっ!! ……神よ、ああっ! 神よ!』

「効くだろ。自分で自分を認めもしねー、前隠して下向いて、延々蛆々ウジウジしてるだけのお前らにはテキメンなはずだ」


 怒る、突撃する、その瞬間彼の杖はまた形を変えた。曰く『星引きの綱スタードラッグ』。

 縛鎖は無限長に伸び上がり、隠者共の周囲を三周半してから強烈に縮まりだした。逃げるに逃げ切れず、締め上げられる。


 大方気をやる中、しかし跳び上がる数名があった。


「アクティベート、星斬りの剣スターディゼクト


 短剣六人分、一斉に受ける。鋼の音が豪快に弾け、打ち返す膂力は圧倒的だった。


 かつ刃の滑りは直角動なく、軌道すべて一枚布となり、力は少しも無駄にならず捌かれる。滑らかさは威力になって、ローブごと肉を斬り裂いても減速がなかった。斬撃それぞれを技と称するには一体が過ぎ、一戦は一個の技であり、剣舞とするほうが過不足ない。

 アクロバティック・俊敏から最も遠く、速くも遅くもなく、下半身などはただただ歩くように悠・雄然としている。ロードにはそれがひどく簡単に見え、それゆえ大名人の技だろうと確信した。


「……」


 スピナ・アリスは、最強・剣豪の名をほしいままにするというあの才媛は小さな握り拳をザリと鳴らした。


「スピナちゃん、そっち四人!」

「……はい」


 一気呵成に立ち上がった。


 隠者のがりャンと鏡面地を抉る一跳躍を真正面から受ける、弾き返すや、カタパルト射出のように零速度から音速を超えた。


「白磁突」


 背後からの刺突、即死、悲鳴もあがらなかった。


「……あ」

「できる限り、小さく丸くうずくまって、目立たないようにしてください」


 直後、加速はもう一段階なされた。彼女の剣技は直角動・高速を極めて、人間らしさがない。噂に聞く剣豪はやはり超人で、ロードはただ、理外の天才に茫然とした。

 そして対照の体現に、リシオンとスピナの背がひたりと合う。畏怖ゆえ、戦場は停止した。


「……」

「スピナちゃん。俺の剣技、ちょっと真似したろ」

「……はい」

「正直で結構。けど若いんだから、若さを生かさにゃ損だろ。

 身体に優しい武技だの、無駄のない洗練された技術だの、そういうのを使う歳じゃない。若い内は無茶してナンボ、やばいとこのブレーキは大人がかけるモンだ」

「大は、小を兼ねます」

「兼ねません。長所は様々。人とおんなじ」

「……」

「悪い、説教くさいな。ちょっと苛ついてるわ」

「……いえ」


 隠者はもう、散らほら程度だった。けれど思考が『神』であるため退却を選ばぬ、そうして正面特攻が選ばれた。


 駆けてくるので後頭を掻いて、リシオンはついに星墜としの弓スターペネトレイトを担ぎ出した。誰も彼も大いに恐れさせた。


『神意は吾らにあり! 怯むな――ッ!!』

「……」


 その切り札を、彼はほン投げる。


『!?』


 全視線が空舞う名弓に、武人の命に注がれた。

 何をするのか分からない。

 リシオンという男は常に巧妙で狡猾で斜め上で、これが何を意するか分かったものではない。

 注意せねばならない。


「はい、」


 パンッ。


 という計算で、所謂猫騙しだった。

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