15. 正しくなれない③:キャットファイト
砂と岩と煉瓦の街の中、まずは水色と紫色、二人それぞれの光が二人を包んだ。
弓と槍もしくは拳ゆえ、間合いの奪い合いとなる。
「ポルカ・ドット!」
「アクティベート、フリーズ!」
跳ねる飛沫はローナの直前で凍り、射砕かれ、それを合図にしたかのようにステゴロのアクラが襲来した。
「サークルドーム!」
「何よそれっ!」
アクラは直感に沿い従って後ろ跳びをした。その甲斐あってローナを中心に展開した十数個の魔法陣は、掠るほどのすんでのところになる。
「一、二……十八って」
魔法陣十八種、半球面上に衛星の如く走りながら、それを以て一分の隙もなくローナを守護している。紫光の目映さたるや鋭く、しかし無用に溢れることなく、精密制御の閾値を見せる。かつローナはまたあの澄み様で弓を引き絞り、伴って魔法陣のひとつが矢先に走り来、その中心を重ねた。
解き放たれる。
同時にして矢は魔法陣をくぐり、鏃から矢羽まで満遍なく光の円と文字を吸った。コンマ一秒を切る刹那のことである。
「あぶなっ」
身を捩り避け、一瞬それた視線をローナに戻せば、先刻吸収された魔法陣は回復している。未だ隙がない。並行制御・高速付与・高速展開その他諸々の高等技術が群を成して成るそれは、かつ間合いの制御を完全にした。
「アクティベート、ステッチ」
「は――」
振り返るけれど一瞬以上遅く、煉瓦に突き刺さった先刻の矢が、壁の影を縫い付けたために足は一厘も動かなくなった。もう一度前に向き直ればまた、鏃とローナの冷視が真っ直ぐにアクラを捉えている。
第二射はより鋭く、その上に四本連ねて放たれた。
「ふっ」
一本を取る、
「ほっ!」
一本を避ける、
「はっ、と」
両利き器用でもう一本取り、
「いっ」
最後の一本は口で取った。
「
「アクティベート、バイブレート」
「っ!」
ローナは冷たい声音で言った。アクラは瞠目して、それもやはり遅く、咥え取った矢が一瞬間激しく震えた。落とすより早く振動は、浸透勁の要領を以て光の鎧を抜け、軽度脳震盪を免れない。ただでさえジネイの熱に侵されていた脳は、幻想制御の根本にあたる。
無論矢先が再度向き、放たれた。
かつ、矢が空にあるままローナは口を開いた。
「アクティベート、スラスト」
かつて虎の脚を膝皿ごと割いたのはこの技だった。
視界の歪みと動かぬ両足と脅威の矢速がすべてアクラを殺しにきた、それに冷めた目が添えられる。
アクラは訓練された反射で、強く口端を噛み切った。
「スプラッシュ!」
左手の平を砂漠に突き出し叫ぶ。そこに間を置かず間欠泉が噴出し、矢を突き上げた。
ローナの動揺の数拍に硬直が解け、アクラは脱力感をせっついて、後ろに突き立てたオムニスに手を伸ばし、後退とともに投擲した。
されども失敗する。例の魔法陣十八個がすべて重なり、割れながらも受け止めた。
突き返すその刹那にローナはまた呟いた。
「エンチャント、ディスペル」
しかしローナも失敗をした。蛇の如く紫の光鎖が絡みつくけれど、それを神与の槍は受け容れず、水色の光で押し離してからアクラの手に帰っていく。
「……」
「……」
状況は睨み合いにかえった。
「ねえ、さっきの話、もう少しちゃんとしない?」
「いいですよ。もうちょっとちゃんと言ってあげます」
長弓をバットよろしく担ぐ有様が彼女にしては行儀悪く、鋭い目つきも相まって冷酷を感じさせた。顎の引けていない軽蔑の態度が生々しく、より睨み合いじみていく。
「家事をするって言ってくれなかったのはアクラくらいです。ルークはお洗濯を手伝ってくれました、トウカはお片付けを手伝ってくれました、でもアクラは何も言いませんでした。お台所が残ってるでしょう?」
アクラは握り拳を歪めた。目立たぬようにしたつもりでも、穂先の傾きにあらわれる。
その間の己が何をしていたかといえば、失望と絶望と虚無感に浸り精神自傷の独り言をして、冷めた心持ちに安楽を覚え、最終的には無気力のまま惰眠し、それらすべてを毎日反復した。
ツインベッドの都合、ローナは種々の家事を終えてから、そうやって眠るアクラの横に横たわる。
「最近自分のことしか考えてないでしょう、アクラ」
「……」
「黙ってたら過ぎていくわけじゃないんですよ。馬鹿にしないで下さい」
「それってローナも」
「昨日リシオンさんが料理してくれた理由、わからないでしょう? 私にすごく気を遣ってくれたんです。一人でやって全部我慢して、これ以上ややこしくしないように自分のことを言わないでいる私が……私が心配で…………それで、私の……私の好きなものを」
「……」
伏せた顔、アクラはその隙を突けなかった。彼女の頬に走る水分を、アクラの感度が見落とさなかった。熱砂の陽炎もそれを隠すに至らない。
「情けないですよ。先生が何も言わないのもそうですし、リシオンさんに、あのリシオンさんに私たちは気を遣わせたんです」
「……そうね。ごめん」
「そうねじゃないです。全然わかってないです。近所のおじさんにどうこうしてもらうのとは全く違うんですよ。世界のために動くべき人の時間を私たちのために割いてもらうなんて、本当はどうかしてます」
このときアクラの目元が、やはりヒクつく。
「世界のために動くべき、ってのはわからないけどね」
「……アクラは先生みたいなことを言いますね」
「そう?」
「そうですよ。理想的な在り方があるって考えをしないんです」
「ないもの。所謂、人によりけりじゃない」
「そうやって他人と自分を全く別々にして……そういうドライなところ本当にいやです」
アクラは一瞬「狭いな」と思ってから、「お互いか」と思い直し、結局冷感を抱く。それを勢い扱いにして、上体を前に倒した。
「ローナ、何もしなくてごめん。自分が悲しいことだけ考えて、他の人が辛いことをまったく考えてなかった」
「……」
「でも私はすごい問題に突き当たってて、周りのことを考えて居られなかったのは分かって欲しい」
彼女の脳裏に『accurate』がよぎる、悪寒が発せられた。
裏切った自分と、裏切られた彼女と、その二人の目が合う一秒と、その一秒に充満する失望と、そして気遣う優しさが痛みに転換された。すべて想像であるけれど、強烈なフラッシュバックじみて心臓を鷲づかみにされた。
「アクラ……アクラっ!」
「あ」
「……またですか?」
嘆息が聞こえる。
ハラワタが再度煮えくりかえった。
「……そんなにいけない?」
「何がですか」
「自分のことしか考えられなくなるのって、そんなにいけないことなの?」
「いけないですよ」
「無茶言わないでよ。人には限界や弱点があるってわからない?」
「開き直ってるんですか?」
「そう取ればいいわ」
「呆れました」
アクラは刺したくなった。アクラの痛みを知らぬ女を口から尻まで刺し抜き、熱砂で干物にしてやりたくなった。それはよぎるような誘惑程度でなくて、長々と、進行形である。いいことに手元にはオムニスがあって、ローナはそれほど大きくないので丁度いい。
構えた。
「ローナ、もうひとつ、私が物を言わないって言ってたわよね。それについさっきも、黙ってれば過ぎてくと思ってるとかなんとか」
「はい」
「あんたに言われたくない。自分のこと差し置くとかなんとか言って、結局今爆発するなんて、迷惑じゃなきゃなんなの? さっさとハッキリ口にすればよかったのよ」
「……アクラには分かりませんよ」
「ローナ、私はあんたが嫌い。いっつも卑屈だし、被害者の立場に甘んじて、本当は楽してるんでしょ。それが当たり前だと思ってる」
「っ……私もアクラが嫌いです。自己中心的っていうか、愛情に欠けますよね。家族愛とか分からない人種なんでしょ。悲しい人です」
互いが互いの言葉に息を呑んで、心持ちは怒髪天し、刮目して形相は般若の如くなり、きりきりと熱をあげながら息を吸う。
踏み込みは踏み抜くより強かった。
「リキッドブレイク!」
「サモン・スレイヤーアロー!」
跳躍し水の穂先を振り上げ、有言実行でローナの上方から突き下ろすアクラと、弓を
再度集結し重なった魔法陣は守りでなく、細粒化ののち巨大な矢となる。尖端と尖端の衝突が高い金属音をあげた。
「何も知らないくせに、何も知らないくせに、何も知らないくせに!」
「ブツブツ五月蠅いんですよ、いっつも!」
感情の丈に従って、ローナの一矢は推進力を増してアクラを押し返そうとした。
けれど相対する女は、ことエネルギー量において競うべき相手でなかった。何せ砂漠にいてなお無限の水を扱う、そういう恩恵が彼女の持ち物である。
「リキッド、ブレイク!」
殆ど無限の威力をもって貫通される。
「きゃっ!」
果たして、槍撃はローナの脇腹を掠るに留まる。アクラは素早く見切りをつけて降下の勢いで彼女を押し倒し、マウントポジションを得た。
「この距離なら、どうよ!」
上から一撃、鼻柱を穿つように殴る。
「アク、ラぁ!」
背後で地を蹴る音がする。
直後烈風の勢いで以て、アクラの脊髄を膝が打った。
「がっ……!」
ローナは滑っていくアクラを冷淡に見流し、立ち上がり、這いつくばるアクラの背を踏んだ。先刻ローナが蹴った土には、『I`ll get even, m×ther f×ckers.』の焼印が刻まれている。所謂反動技ゆえ、膝の痛みに若干ふらつくけれど、ローナはその背を逃さなかった。
強く踏みしめ、再びあの烈風が撃つ。
「ギッ」
骨粉砕音が響いた。
周囲半径三メートルは砂を抉り、ローナは反動分仰け反り、アクラの背にも焼印がされた。
「もう一回……」
もう一度踏みつけ、ローナは仰け反る、けれどアクラは体をビクンと跳ねさせるだけで声をあげない。やはり骨粉砕音が、しかしより激しくする。
「もう一回……」
さらに地をくぼます。同じ事が起こる。
「もう一回!」
同じ事が起こる、けれど込めた気勢分威力が増し、アクラはそうして動かなくなった。
息を荒げてしばらく。
「……死にました?」
ローナは翻って冷淡になった。もう一度踏んでおこうかと、見下しながら足を上げ、無感情に踏みつける。拍動があった。
再度同様にする。
「……」
拍動が停止した。
「ふふっ」
彼女はそうして愛らしい声で笑う。一度に留めず二度、三度笑う。
「ふふふっ……ははぁっ!」
動かなくなった体を、されどなおも踏んだ。
踏む、踏みつける、踏み下ろす、反動でグラつくのを踊るように流しながら衝撃音を繰り返した。どうやったところでそれは動かない。
ローナはそれを足でひっくり返し、今度は頭を踏みつけ、笑いながら同じ事をした。反復は二度三度に終わらない。
「……あー、楽しかったぁ」
それでいて飽きが早い。ローナはその遊びに飽きてしまった。
そうしてくるりと回り、歌い始めた。
「せーのっ」
「いえぇーい!」
にこやかに拍手を始めるその姿は、高気温ゆえ汗をかきながら、日頃と同じ可憐さだった。振り向き様も野花の如く、無邪気がそのままだった。
「……あれ?」
振り向きそこに誰もいないと気付き、首を傾げるその様も常通りにして、最後まで気付かなかった。
その背に熱と圧がかかる。
「あっ!」
「どっせぇい!」
膝で背撃し、アクラは今度こそ上を取った。ローナは手足で騒ぎ立てるけれど、どうにもあと少し足が届かずにいる。
僥倖だった。またやられる前にどうこうと焦る理由がない。
「なんで」
「危なかった……でもまさか、ローナがメンヘラサイコパス女だなんて思わなかったわ。気持ち悪い!」
「メンヘラ!? ……そんなこと言ったらアクラはヤンデレヒステリー女ですよ! 何でしたっけ、『私とルークの分かりあい方は』」
「いやぁぁ言うなぁぁっ!」
ヘッドロックが心情のまま力む。組み伏せられたローナは為す術なく、砂を飲みながらアクラの尋常でない怪力に締め上げられた。
だからといって降参をしなかった。首元の光をより強く、絞められぬよう硬化するのは基本的方法にあたる。むろんアクラの回避も同様の要領で行われ、原理だけ見れば消音器に等しい。振動は逆位相の振動で打ち消すものと相場が決まっていて、死んだふりの粉砕音演出までするのだから手が込んでいる。
ローナ・マルセランは、つまり、己の使う武器を相手が使うと考えなかった。
「『私のルーク』とか人生で一度くらい言ってみたいですねぇ!」
「うるさい! あと私のジャケット、焼印のせいで痛い感じになっちゃったじゃない! お気に入りだったのに……弁償してよね!」
「どうせお洒落なんかしなくたって美人なんだからいいでしょ、憎たらしいっ」
「憎たらしいとか言われても知らないわよ!」
「アクラは自分の憎たらしさを自覚すべきですっ」
魔力は理論通り感情に従って増大し、アクラの拘束を突き放そうとする。
「憎たらしさって何が!?」
「こんな時に言いたくないですけど、アクラは美人で才能があります。そんな人に卑屈なこと言われたら、周りは『じゃあ私って何なの』とか考えるんですよ!」
「知らないわよ。どうして他人に気を遣って自己評価しないといけないの、自信は自分で持ちなさい……まさか誰かに与えてもらえるとでも思ってるの? 愛されるのが当たり前なの?」
「そんなこと」
「思ってるのよ! 妬むってことはね、与えられることが当然で妥当とでも思ってる証拠なんだから!」
「無条件の愛なんて、本当ならありふれてるじゃないですか……家族、とか」
「そんなのわかんないわよ。私には最初からいないんだもの」
「ぇっ」
その反発力が緩んだ。攻勢優勢と相成る。
「ぐぇッ! ……ア、クラ。それって、どういう」
「親とか兄弟とか、私にはそういうの最初からいなかった。グレイス様だって無条件に愛してくれたわけじゃない」
「ぎッ!」
「ローナにはちゃんとそういう人、たくさん……たくさん、居るでしょうが!」
「全然、そんなのじゃ」
「幼稚なこと言ってんなバカ!」
首の軋む音がする。ローナはそろそろ目眩がし出した。
そうして走馬灯は始まる。
森林区画でのこと、ルークに守られるアクラ、ルークに探されるアクラ。ロードに助けられるアクラ、ロードと話が合って楽しげなアクラ。ルークに自分が射損じたときの指示を出すアクラ、ロードを何も出来ない自分のすぐ側で助けるアクラ。
愛されるアクラ、愛され得ない自分。
「嘘つきぃぃッ!」
「っ!?」
そのとき魔力の光が著しく体積を増した。
吹き飛ばされるアクラはしかし、体制をすぐ立て直す、けれど眼前の紫が冷や汗を止めさせなかった。
「サークルドーム、スクエア!」
半径が二倍され、ドーム表面積はその
七十二という数字がまたそれらしく、アクラは怖気を催した。
「私は全部努力なのに……努力して得られないものが沢山あったのに……」
憤激する光の波が止まない。想いの質量分だった。
「無条件で愛されないことが納得出来ない? ……なんて我儘な」
「我儘?」
「当たり前じゃないんだから、所詮偶然でしかないだから、努力すればいいじゃない。得意なんでしょ?」
「したい努力じゃないですよ、こんなのっ」
吹き荒れる力に両腕を交差して、全身を前に傾けて踏みとどまり、けれど一歩を得るに及ばない。
「アクラは無条件で持ってるものがあるのに……愛じゃなくても、才能が、綺麗さが……私にだって何か一つくらい、偶然で与えられたっていいじゃないですか」
「偶然は当たり前で、世界が守ってくれるとでも思ってる? 甘っちょろいのよ」
「そういうものじゃないんですか」
「なわけないでしょ。三年前、先生たちに助けられて味をしめたの?」
「……よくそんな酷いこと言えますね」
「ほら。誰かに気遣ってもらうことを当然とでも思ってる」
「駄目だって言うんですか」
「馬鹿だって言ってるのよ。見えてないのかって言ってるの。私が無条件に色々持ってるとかなんとか、その代わりに持ってないものを想像もしないあたりが馬鹿なのよね」
「それってアクラも、想像して、気遣ってもらうのを当然だと思ってるじゃないですか」
「馬鹿だって言っただけよ。別に、馬鹿でいたいならそういればいいじゃない」
気遣われたいなら頼みなさい、という言葉をアクラは飲み込んだ。続く言葉か枕詞が「私みたいに」となるであろうと、羞恥心を理由に口をつぐんだ。
「……だから、そういうドライなのが嫌なんです」
「話が通じないわね」
「どっちが!」
失敗したと思った。
「そんな考え方で生きていけるわけないです。誰とも関わりなんて持てなくなりますよ。だから結局、アクラの言ってることだって夢物語じゃないですか」
「っ……お互い様ね」
「そうですよ。だから殺し合いましょう。わかり合えないんですから、仕方ありません」
「まあ、お互い無視しあえる関係じゃないしね」
「そういう想定が出るところから嫌いなんです」
「私はその嫌い方が嫌い。自分と他人が同じ考えだと思わないでくれる?」
共通の行き先を期待したことを、アクラは胸中に思い出す。万人が目指すべき理想的で完璧な位置を期待し、裏切られたと喚き、つい先日やっとのことで覚悟したものは冷たかった。世界は何も決めないらしく、よって出来ることは個人的な特別扱いしかない。
けれどローナ・マルセランは夢物語を貫徹したいらしく、つまりそれがあると信じたいらしい。
勝手にすればと言わなかったのは何故だ。その問いは問いにするのが誤魔化しじみているほど自明な問いで、結局アクラ・トルワナも、或いはアクラ・トルワナこそが我儘に違いなかった。
『そんな考え方で生きていけるわけないです』
己もまた、現実的なつもりでいて非現実的だと、覚悟するまで三秒。
「じゃ、殺すから」
そういう挨拶をした。
「アイスバレッツ」
「アクティベート、オールシフト!」
魔法陣は防御特化のそれに変化し、アクラの頭上で肥大化されていく氷塊に準備する。
「あっ、これっ」
しかしローナはこの籠城を決めた次の瞬間、すなわち一足遅くその無意味に気付いた。無限が有限と拮抗することはない、よって単純な断続的攻撃に付き合うべきでなく、狙い所は技巧・制御の限界であることを失念したが最後だった。
「ブレイク」
最後というのはもちろんのこと、七十二の盾がすべて突破されたことで、地熱に熱せられた肌を氷塊流が冷やしていく、肌を切る痛みも氷っていく。砂漠であることを忘失させる冷気だった。
ローナが目を覚ましたとき、涼しいどころかやけに寒く、あのタクシーの中かと思ったけれどそうではなかった。
氷の円錐に彼女ともう一人、アクラが三角座りをしている。
「……腕輪、取らないんですか」
「話をしてから」
ローナは唇を噛んだ。
「私たち、すごいチームになるはずでしたよね」
そうやって絞り出した。
「みんなすごくて、私たち、きっとかっこいいチームになるんだなって思って……なのになんで」
「……現実はそんな甘くないって、そういうことでしょ」
「もっと上手く出来たはずなんです」
「でも上手く出来なかった」
「出来たはずなんです!」
「出来なかったって言ってるでしょ」
「でも……」
ローナも頭が文字通り冷えて、激することが出来ず、それでいてアクラの歯ぎしりを理解することが出来た。
「そういう凄いものを守るためなら、私の気持ちくらい我慢しようって……」
「誰かがそんな考え方をしなきゃいけない時点で、全然凄くないのよ」
冷えた熱が目元に再来するのも、やはり気温とは別問題によってすうと引き、だめになった。
「私たち、だめなんですかね」
「……ごめん」
「止めて下さいよ。結局、皆悪くないんですよ」
そのとき圧壊音がした。
「そういえばこれ、実地試験だったわね」
氷の天幕を打ち破って、見上げれば土塊の人形が日光の影で黒々としている。
角張った岩を河原の石の塔のごとく積み上げたフォルムは、さらにくぼみだけで表現された目を含めて異様である。縦に二メートル・横に零コンマ六メートル、アクラたちは氷の破片から立ち上がるや、それを数十体見つけた。三百六十度を取り囲みリンチの準備をしている。
「悔しいです」
「うん、超悔しい」
やっと二人は心を同じくして、見合わせ、苦笑した。
ローナには撃退をするだけの魔力が足りず、アクラには制御をするだけの糖分が足りなかった。
「でも訓練で死ぬって、狩人だから仕方ないかな」
「そうですよね」
岩の巨体は影を濃くしながら接近し、密になり、砂を蹴り上げ視界をくらます。彼らの関節となる岩がファニーにクルクルと回るのは、シルエットだけでも分かる。無機質を必要以上に強調するような振る舞いで、二人にはそれが心地よかった。感情が痛痒だった。
「私たち、だめみたいね」
「だめなんですね」
二人で目を閉じた。生きようとしないので走馬灯がない。眠るような心地らしい。
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