03. Nihilism のススメ①:神は死んだ、ならば如何する

 バーバラビル地下三階・大訓練場に無慮二百名の新人狩人が集合した。そこはビル全体の白単色基調に逆らう、どころか熱帯雨林を飼っている。しかし彼らの居場所は開けていて、見上げればやはり白の高天井だった。


 号令台で、ひげ面坊主頭の大男がスタンドマイクを握った。


『指導長のブライジンだ、以後よろしく……穏やかにやるのはここまでだ。

 今日から七日間お前たち新人をミッチリ鍛え上げる! 狩場で死なぬよう、ここで死んでおけ! 以上ッ!!』


 彼の印象は非常に激しかった。


 ブライジンという男は現役を退いた後、王国軍部指導教官・バーバラ大学軍事学部教授等々を務め、名指導者として名を馳せる。この企画からして彼の立案であり、初開催年、新人の一年以内死亡率が驚異的減衰を見せて以来八年継続している。


「ほれ、リシオン」

「ういういー」


 傍らで待っていたリシオンは、先ほどの大迫力演説と相反しすぎるくらいな声音で交代を受けた。青年面の彼とブライジンが同期であるという話は、あまりにも有名でネタにならない。


『はい、副指導長のリシオンでーす。

 うちのが怖くて悪いね。ま、楽じゃないのは本当なんで気ぃ引き締めてきましょう、以上……そだ、今年は色々あって特別指導員が数名加わりました。俺が紹介していい?』

「構わん」

『んじゃ、どぞー』


 至極軽い調子で済ませ、余興の司会のように脇へ退く。

 おずおずと二人、壇上に上がった。


『特別指導員のスピナ・アリスです』

『同じく、ロード・マスレイです』


 王都三傑と名高い二人は、おずおずどころか謝罪会見の体だった。つまるところ、本件は罰則による。王都滞留検問を破ったロードは、目覚めるや否やあの公明正大の化身、グリーン・シュトルムから呼び出しを受けた。


 命令違反を看過したリシオン・スピナ共々罰則を受けることと相成ったが、審問会にも温情はあるもので、弟子のためであったこととこれまでの王都への貢献を鑑みて「今年以降の新人狩人錬成において無休無給で指導を務める」という罰則で手打ちとなった。

 無論グリーンやその類いの者は一片も許していない。リシオンはいつも通り「キビシーッ」と茶化したとか。


『……頑張って』

「スピナちゃんもモウ少し頑張れー」

『……最初は、自主練習。色々見る』


 スピナは真顔のまま、気まずさも一切出さない無頓着さで学生達を俯瞰した。

 緊張感はシュールに飲まれて、中年二人は至極当然、頭を抱えることになる。


「ロード」

「はい、ではここらで」


 ロードに立ち位置を譲る彼女の背中はスッと立って、後ろめたげなき後ろ姿というのか、何事にも構うことのない素振りだった。それを学生たちは「王都三傑の気迫」と贔屓目に捉えるので、万事簡単に思われる。


『最後が僕とは、なんとも荷が勝つことだけれど……ここらで無理と失敗の仕方を覚えておくといい。以上』


 結びを綺麗にしておくのが彼の役目だった。




 ルーク・ヒラリオは、新人狩人の中でも一線を画する。


「閣下、お相手宜しくお願いします!」

「よかろう。丁度相手に困っていたところだ」


 直様すぐさまに抜き放つ真白の剣ノンカラーは貴く、開く瞼のはざまから気迫と活気が奔流した。黄金の星々の瞳は、凡人の届かぬ輝きを宿していた。若々しい短髪、銀河の瞳、そして剣がたった今纏う光、すべて黄金にして最も真に迫る。


 規矩不動、剣筋にゆらぎなく、静的で激しい。

 相対する青年は柄の握りを強くし、剣身を横に構えた。


「僕は決して指導者ではないが……ひとついいか」

「はい、ぜ、是非」

「武具は握るものではない。すっぽ抜けるぞ」


 言い切るや肉薄する彼の麗美なこと、ついに青年は見とれて止まった。かつ緊迫ゆえにより握り、ルークがもはや剣を鞘に収め、掌底を柄の底に撃ち込むのを見なかった。


 それで青年の長剣は、至極あっさりと抜けていった。


「あ」

「締めて持つのだ。手の端の指を付け根から使うといい」

「……」

「『はじめ』も言わなかったからな、仕切り直そう」

「い、いえ……」

「おい、まさか」

「はい結構ですっ! ありがとうございましたぁぁぁっ!!」


 剣を拾うや、脱兎もかくや、先ほどまでの硬直が嘘のように逃げていく。


 ルークは長嘆息した。こうして彼は長いこと、相手の居ない手持ち無沙汰に困っているのだった。


「閣下……いや、この場ではルークと呼ばせて貰うかね」

「ブライジンさん」

「どうだ」

「見ての通りです」

「ああ……」


 王都随一の教官が大いに頭を抱えた。

 卓越した生徒というのは困りものでもあって、教導する側はどこに言葉のレベルを合わせるか混迷せねばならない。かつルークは、普段相手にしない誰かと戦いたがっていた。


「スピナ・アリスもそうだった」


 事情を知らぬ彼の言葉だった。


「王都三傑と名高いスピナさんですから……いっそう悩まれたのでしょうね」

「結局リシオンが相手をした。あれは見物だったな。

 そうだもう一人、お前の師匠は寧ろしごきどころが多かった。畑から採ったばかりのジャガイモのようなやつでな」

「ジャガイモですか」

「それも、芽で一杯のな。ほとほと困ったものだ」


 瞳にかかわらず誤魔化し下手な彼は、話題が上手く逸れていったことにしみじみ安心した。先ほど青年に告げた柄の握りについて、彼自身が悖るところだった。


 ところが例の青年の行った方をチラと見て、スピナがいるので抑えられなかった。青年は彼女の視線を浴びながら、またビクビクしていた。


「なるほど、お前もスピナを相手にすればいい。おいスピナ、こっちだ」


 白金の瞳がルークの方に向く。思わず硬直した。

 そこでブライジンは「ホウそんなわけか」と勘違いをして、しかし浮つきを叱るなど彼には必要あるまいと、無言で去った。一方スピナは金髪を見とめるや、若干早足をしたが気付く者はなかった。


 ついに対峙するに、スピナ・アリスの美貌は弟をも見惚れさせた。高くすらりとした背、白金の髪と瞳は照明光を照り返した。ルークは白い肌を最も美しく思うたちで、彼女のそれはその根源だった。


「姉う」

「抜剣を」

「は、はい」


 今度はルークがどもる番だった。硝子の剣ノンフィルタはすでに抜き放たれている。


「お願いし」


 剣閃は瞬時だった。

 直感で身を引いたルークは、立っていた位置に走る横薙ぎを見とめ、一塵の躊躇も排する気合におののいた。


 彼女は「はじめ」も「まった」も知らない。


「っ……!」


 殺す気だと悟ればルークも攻勢に出た。崩れた規矩を改め、腹から踏み込み斬り込む。ところがスピナは先刻の殺気を忘れたかのように、猫じみて軽やかな足運びで拍子を変えるので追いつかない。軽やかだというのに、踏み込みは強い。

 左脇からくる一閃に、すんでのところで合わせた剣は斜め下に流された。受けて流す側だったはずの彼は逆に流されていた。


 瞠目の刹那は致命的らしかった。無表情の麗顔が一気に下がって斬り上げを構えている。すぐ隙に食いついて斬り払うのではなく、重心をいったん低くして威力に賭けるあたり、老獪が滲み出る。


 翻って、表情は絶妙に苛ついている。縁ゆえか瞳ゆえか、ルークにはわかった。


「白磁斬」


 彼は走馬灯を見た。もはや試合と思わなかったため、ひどく本気で見た。


 白金髪の少女の後ろ姿、泣くばかりで何も出来なかった金髪の少年、振り返った少女の「あっ」ともらす悲しげな表情、それがすぐに消える。


 そんな十一年前まで、彼女は表情豊かだったのである。


「ハイストーップ」


 目前すれすれを剣閃が走った。つまり、すれすれで当たらない。

 襟を後ろから掴んで吊られていた。


「リシオンさん」

「ルーク君ごめんなー」


 スピナはいつもの目で、ただし固定されたような注視でリシオンを見つめていた。


「邪魔しないで下さい」

「もうちょい待てって。つまみ食いは損よ」

「……」

「ルーク君、君のやり方はまた別に考えような」


 ルークは小さく「はい」と答えて、下ろされると項垂れた。

 スピナはそのとき、ルークの返事よりもっと小さな声で、「は」ともらした。


 そのうえリシオンが近づいてくるので、少し縮こまった。瞼を閉じて下を向き、ほんの微妙に眉を下げて、身を硬くして唇をしめた。

 ちょうどその、唇をしめた時にポコンと、リシオンの拳骨が見舞われた。


「バーカ」

「ごめ」

「あっち。お前はロードか」

「……」

「もうちょいさァ、フザケたおっさんやらせてくれよ」

「……ごめ」

「だから、あっち」


 顔を上げるスピナ、その先でルークは目を逸らそうとして、それでも合わせた。それから少しも逸らそうとしない。


 相互に三秒待った。


「……申し訳ございませんでした、閣下」

「いえ、僕の力不足です」

「はい、そろそろ強くなって下さい。早く」


 ポコンといわす。


「……」

「はい撤収」


 そうして言葉通り、二人は去って行く。


 一方、ルークは居着いた。思案をした。スピナのはためくような転換、無力なくらいの足捌きが油絵のような力強さで焼き付いていた。それこそ銀河の瞳に宿るほどで、「膝抜き」のかくあるべしと信仰が生まれ、己がそれを未熟とした。


「よし」


 先ず背と首の筋を真っ直ぐ立て、そこから股関節の緊張を解く。骨盤は傾き、重心は落ち、しゃがみかけのように膝が出る。けれど踵は決して浮かず、むしろ足裏が強く地に吸い付いた。此れを膝抜きといい、吸い付きが強いだけ踏み込みが深くなる。


 ひと課題、彼の中に定まった。

 彼女の膝抜きを盗み、咀嚼し、超える。




「ローナちゃん、ちょっといいか」

「はいっ」


 リシオンはまず教育の教育をすることにした。

 スピナ・アリスは弟子を取ったことがない。


「スピナちゃん、そこで見といて」

「はい」


 不満も意欲も感じさせないのが彼女だった。


 対するローナは、リシオンが何かすると分かると、目が大きくなった。彼が服の下から銀色のネックレスをまさぐり出し、通してある小さな弓の飾りを左手で外す、これらは予備動作であるけれど凝視していた。


「じゃ、ちょっくら技を見せるかね……って」


 熱烈に凝視していた。


「熱心だねェ」

「人の話は見るものだって、リシオンさんが言ってたって、先生が言ってました」

「あいつ、わざわざソースまで話しやがったのか」


 彼女の目とはまた別の問題で、リシオンはこそばゆくなった。頬をかいてそっぽを向くも、誤魔化してくれる誰かが居るわけでもないのですぐに止めてしまう。


 飾りを持ち直した。


「アクティベート、星墜としの弓スターペネトレイト


 それがこの呪文に応じて莫大な褐色光を吹き上げ、纏わせ、構造を成した。その形成は末に長大な鋼の弓体を編んだ。


 星墜としの弓は「しなる鋼の弓」とも呼ばれ、今日まで大英雄リシオンを支え続けている名作である。へたることなく、折れることなく、気候の影響をとことんまで受けない特異な素材で出来ている。但し書きを付けるなら、しなるとは言え鋼であるため、単なる腕力では扱いきれない。


 彼はそれに褐色の魔力で弦を張って、矢を五本ほど構築した。


「あれだな」


 リシオンの睨む先に一本、熱帯雨林にしては葉の小さなものが揺れていた。

 矢を番え、ふいと引いて待つ。


「……」


 チラリと、葉が落ちるとき放った。


「あ」


 ローナの漏らした声よりはやく、空中の的をスパンと射貫く。葉脈をつぶさぬよう、中心すれすれに丸い穴が開いた。


 そのとき彼はもう一本番えていて、放てばまた射通す。「通す」としたのは、二本目の矢が一本目の矢で空いた穴を追うように駆けたからである。

 さらに三本目、四本目、穴は少しも広がらず、葉を揺らすことすらない。


 ついに五本を射通してしまった。


「おし、今日も完璧ィ」


 ローナは意識的な凝視ではなく、無意識の刮目とともに棒立ちしていた。

 薄茶の腐葉土に落ちる葉、それをそのまま見ていた。


 しかし大名人を見せつけておきながら、いつものアッケラカンぶりなのだから、ローナの驚嘆も弱々しく解け消えていく。


「これ、次の宿題ですか?」

「わからん」

「わからんって」


 続きを言う前に、両肩を軽く掴んで目の高さを合わせる。立派に子供扱いだった。


「もう自分の行き先は自分で決めようや」


 それは相応だったと、ローナは自覚した。唇を引き結ぶと、締めた分だけ横に広がる。


「どっちでもいいけどな。これをやるんでも、忘れるんでも、こねくり回すんでも……どうする?」

「考えます、たくさん」

「うい、困ったら相談な」

「はいっ」


 スピナは一連の流れを微動だにせず見ていた。


 そこでリシオンが振り返っても同様にして不動のまま、視線だけ合わせ直して、例の無表情をじぃっと据え置いた。


「スピナちゃんはどうする」

「どう?」

「そ。どういう風になって欲しい」


 リシオンは諭す人のようにニッコリして、スピナは沈黙のまま、まずルークのことを回想した。


 剣筋は期待通り。足腰はマアマア程度。気迫は期待以上。戦略思考は期待の半ばをも下回り、誠実じみた思考停止を度々やらかす。よく考えれば気迫も眼光・表情頼りであって、冷静になれば少女のようなひょろさをしている。

 才能と比するに、怠慢にもほどがある。恐らくは修羅の道など知らず、そろそろ絶望のひとつ、させねばならない。もしくは先日のサンダータイガー狩りでやっと絶望したかもしれない。


 とかく結局とどのつまり、万事不足している。強くない。これではスピナ・アリスの希求は永遠に果たされない。


「強くなって欲しいです」

「ほお。じゃ、教えられる相手はどうなりたいんだろうな。誰とは言わねーけど」


 もう一度、念じるような思案を始めた。「姉上、ヒラリオに戻って下さい」と、十一年ぶりに会った弟の「望む言葉」はそれしか聞いていない。「戻って下さい、姉上」と、繰り返していた。


「……」

「どっちかだけが絶対大事、とかじゃない。擦り合わせよ、擦り合わせ」


 彼の後ろでローナは、例の落葉通しを試していた。


 割合、すぐにそれらしくなる。三本目までは、彼女もやってのけた。大の大人でも人の胸ほど広い狙いをよく外す中、ローナの技量は卓越していた。けれど四と五は上手くいかずに、葉を揺らしたり穴を広げたりする。


「ローナちゃんならじき出来るよ」

「頑張ります」

「んで、出来たらどうする?」

「……えっと」

「ちょいちょい……ローナちゃん、横に退けて」


 また構え、番えるリシオン。風格は威風堂々として抜群に優れ、武人の先の更に先で遊興する仙人にも見える。


 しゃそくしゃそくしゃのリズムで射る。


 人ならざる連射速度で落ちていく葉を捉え、そのどれもが精確に一点を通り、揺らすことなく破り割くことなく、自然に落ちていくのを妨げず射続けた。神速のリシオンと呼び声高い所以は矢の勢いに限らず、弓の動きを完全に把握し制御することで速射を極める。


 都合七十射で葉は落ちた。


「出来るか? これ」


 余裕綽々小僧たらしく笑うリシオン、むっとするローナ、まず番え落ちそうな葉を見つけ、零れ落ちるや穿つ。


 続けざまに数本飛ばす。不思議なことに、五連程度はあっさりと、どころか七連まで達成した。しかし八本以降がまったく通らず、ついにはあらぬ方へ飛んでいく。


「俺すげえだろ」

「ムゥッカムカします……けど、はい。カッコよかったです」

「はい、カッコイイいただきました~」

「……」

「人を食っても食われるなって、そういう話よ」

「はい」


 ローナはシュンとしてしまって、けれど頭を回し始めた。ついに弓を取ることをやめてしまって、けれど何か魔法を編み始めた。


 リシオンの技と一切関係ないことが始まっていた。


「……リシオンさん」


 スピナがついに、自ら口を開いた。


「なぁんだいっ」


 得意げに、悪ガキのようにお調子者を続けるリシオン。スピナは真顔の構えを続けた。


「リシオンさんは、どうなって欲しいんですか」

「そりゃもちろん強くなって欲しいわなァ。そんで自分の満足いくようにしてほしい」

「……」

「ん? これ?」


 スピナが見つめる星墜としの弓の中央には、「吾唯足知われただたるをしる」の刻印がある。工夫があって、「口」の一字の上下左右に、時計回りで「五」「隹」「疋」「矢」と配置されている。それぞれ「口」と組み合わせて読むことで、「吾唯足知」となる。


 意する所は「不平不満を持つなかれ、現状を十分とせよ」と、このように説明される。


「大昔の寺にあったんだってよ……矛盾してるっぽいか?」

「……」

「『満足を自分で決めろ』って話だよ、だからいいの。あとまあ、色々あるけどやってけるじゃんって話だ」


 言い終えたところで、そこら中からサイレンが鳴り出した。


「お。一日目はこんなもんか」


 彼は弓を元に戻そうと、何がしか唱えようとして、刻印の横の焼印を見つめた。下手糞な平仮名で「ふゆ」と焼き込みされていて、刻印が達筆であるよりもいっそう下手糞極まる、不均整極まりない。これを誰も言わなかった。


「理屈分かってんだから。伝え方よ、伝え方」

「……はい」

「えーとな、別に俺が正義じゃないんよ。つか、教育とかマジで駄目。弟子九人取ったけど、独立から五年生きてる奴いねーし」


 星墜としの弓は飾りに還ってしまって、ネックレスに付け直してしまって、彼は首を回しながら集合場所の方に帰っていく。スピナは追随しなかった。情緒の薄い彼女なりに、今、追随という行為を恥じた。


 その彼女の傍らにローナが立って、「帰らないんですか」と聞くので我に返る。


 縋るように柄を撫でようとして、いったん止めて、しかし撫でた。ある人に反逆することと服従することと、その間に少しの乖離もあるようには思えなかったのである。

 結局歩き出した。かつこの一連の行動こそ、己が忌避し嫌った「弱さ」の芯と気付く、立ち所に奥歯が軋む。


「スピナさん」

「……何?」


 平常の調子を装いながらも、焦った。覗き込まれた表情を必死に取り繕い、ローナはそれを見ていないらしかった。けれどなおも、一息つくほど休まらない。


「これからも、リシオンさんに色々教わりながら新人を見たりします?」

「多分、そう」

「その時アクラのところも回りましょって、リシオンさんにお願いしてくれませんか?」

「アクラちゃん?」


 そこでスピナにとってまったく別の、しかし重大な案件が急襲するので困った。


「はい、最近ずっと苦しそうで。みんなおいそれと何か言えないっていうか……困ったらリシオンさんに頼るの、ホントによくないんですけど」

「うん、わかった」

「ありがとうございます」


 重大な案件が降ってきた。

 それでも、スピナの悩みは自己に関することだった。


 ローナは自分がどうしようか悩んでいる時に他人の心配が出来る。これは強さか。正確には、これが思いも寄らない自分は弱いのかという命題である。かつ己の懊悩を恥じ、それは結局、こんな相談を受けてなお自分のことで悩む自分を恥じているのだと自覚すれば、先述の強さか・弱いのか議論は終結してしまって、けれど反逆意思が終結していないように見せかける。自分の願いに一本気になることこそ強さであると、そういう思考法が足場になる。


 便乗めいた心持ちでそれに賛同した時、ルーク・ヒラリオの言葉が思い返された。ロードの試験で彼が言ったことを、彼女は伝え聞いていた。


『世間の事物に受動的で居ていいのは餓鬼の内だ!』


 身の回りで起こることに無関心で居て、誰かがどうにかしたことで出来た舗装路を、無遠慮に歩くことが強さなのか。

 どころか、何も背負えず守れもしない、そんな弱さを晒したのではないか。


『もう自分の行き先は自分で決めようや』


 問答は止まず、奥歯が軋んだ。

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