最終話 ダンスの誘い
ノアは処刑された。
魔王軍の幹部が全員倒されたことで、大陸では魔物の勢力が減退。少しずつ確実に平和が近づいている。
その後はかなり忙しくなった。伯爵が多額の報酬をくれると、同時にレグザ国王への謁見を進めてきたからだ。ろくに正装を準備していなかった俺達は、伯爵に助けてもらいながら大急ぎで身なりを整え、すぐに国王に会いに行くことになった。
初めてお会いする国王は、俺達のことを救世主だと褒め称え、お礼としての報酬と称号を付与してくれることになった。
ロブロイとモニカは浮かれたが、俺はいきなりの出世話にすっかり呑まれてしまう。そんな勇者を見て賢者はクスクスと笑うだけだった。
しかし、報酬のことだけで終わりではなかった。更には国王が主催となって祝勝パーティを開き、そちらにも出席することになってしまったんだ。
本当にいいのかなと思いつつ、俺達は夜開かれた特別なパーティに出席した。会場である城の広間は、赤い絨毯に黄金色のシャンデリアが空間に華を添えている。最高級の酒や、レグザの郷土料理がお腹を満たしてくれる夢みたいな空間だった。
俺は圧倒されて佇んでいたが、ロブロイは男女問わずその風貌を面白がられ、とにかく必死で応対しているようだった。剣の扱いを教えてほしいなんて貴族もいたみたいで、満更でもない様子だ。
モニカは赤いドレスがとても様になっている。彼女のためにあのドレスは生まれたんじゃないか、なんて考えてしまうほどに。ちょっと姉御肌なところに憧れるのか、とにかく女性陣に囲まれている。
でも、ロブロイやモニカはまあ予想の範疇だった。なかでも特に驚いたのがルーだった。青空みたいに爽やかな色合いのドレスで会場入りした時、俺はしばらく彼女だとは気づかなかったほどだ。普段は子供っぽいのに、ここまで変わるとは。
それからしばらく、みんなは貴族の人達や王様、ベルクト伯爵と交流を深めていた。俺は最初こそ話をしていたんだけど、頃合いを見計らってバルコニーに出る。
「綺麗だ」
ここはお城の四階なんだけど、そのバルコニーから見える夜景は心を揺さぶるほど見事だった。レンガの街並みが森や小山に囲まれ、遠くには果てしない海が広がっている。
「よう! どうしたぁ。呑まねえのかよ」
酒癖の悪い酔っ払いが絡んできたのかと思ったら、うちの仲間だった。
「少し休憩だよ。俺にとっては疲れるんだ。こういう世界は」
「意外じゃねえかよ。俺もだ」
「おいおいロブ。酔いすぎてないか」
「いーや素面だぜ。こういう場は確かに嫌いじゃねえ。だがな、やっぱりダンジョンがいい。戦いの中にいる時、そん時だけ実感できるんだ。俺の居場所って奴をな」
「驚いた。奥さんと子供といる時じゃないのか」
ロブロイは妻子持ちで、たまに連休になるとすぐ大陸南の故郷に帰っていたものだ。一度は俺も奥さんと娘さんに会ったことがあるが、あれには本当に驚いた。どうしてこんな美人の奥さんが、なんて失礼なことが頭を過ったし、娘もお父さんには全然似てない。
「尻に敷かれてるからな、俺」
「え? 嘘だろ」
「ははは! 冗談だ。勿論家が一番だぜ。だが、もう一つ必要だったんだよ」
その後、ロブロイは急に黙り込んだ。しばらくして頭を掻きながら、
「感謝してるんだぜ、お前には」
なんてことを言ったものだから、俺は本気で心配してしまう。
「大丈夫か!? 酔いすぎて頭おかしくなってないか」
「う、うるせーな。大丈夫だっつーの。俺はなぁリック。こんな見かけと性格だろ。だからいつも仲間になってくれる奴がいなくてよ。同期の連中が華々しく活躍していく中で、一人だけ落ちぶれていたんだ。そして気がついたら三十が目前だった。戦士の寿命なんざ短いもんでな。内心焦ってた。……心細かったんだよ。でも、お前に会えた」
「……」
「最初は甘い奴だと思った。こいつにリーダーなんてやれるのかってな。でも違った。俺の間違いだった。お前は見かけはおとなしいが、心に炎がある。どんな嵐でも消えねえような、そんなもんがある。だから俺は、お前についていこうと決めた」
「ロブ……」
俺は正直戸惑っていた。いつの間にか勇者を買い被っていた戦士に。返す言葉に悩んでいると、広間のほうからモニカがひょこっと顔を出して手を振っていることに気づいた。
「おーい! そこのモヒカン! ちょっと来なさいよ」
「あー! なんか痒くなってきたな。とにかくよ、ありがとよ。それと、これからも宜しくな! ちょっくら飲んでくるわ」
「ああ。それと……俺も感謝してる」
酔っていたからか。俺も普段は言えないことを伝えてみた。しかし最後はぼそっとした口調になり、去り際の背中に届いたかは分からない。でも、届いていなかったにしても、これから伝えていけばいい。
しかし、あいつが尻に敷かれてるのはきっと本当だなと思った。なぜか広間に戻りぎわに、モニカに叩かれていたからだ。いったい何をしたのかは知らないが。
その後も俺は結局一人にはならなかった。入れ違いのようにルーがこちらに来る……と思ったら戻って、また来る……と思ったら戻る。なんだ? どうした?
戸惑っていると、いきなりモニカが彼女の背中を押したらしい。
「きゃっ!」と悲鳴を上げつつ、ようやくこっちまで来た賢者は、見かけこそ美しいが出会った時とそう変わっていないような気がした。
「パーティは楽しいか?」
「え!? あ、うん。凄く、楽しいよ。リックは?」
「俺も。でもそろそろ眠くなってきたかも」
「あ……あの。リック!」
「うお!? ど、どうした?」
ガバッと胴体に頭突きするような勢いで突っ込むルーに、俺はビックリしてのけぞってしまった。
「あ! ごめんなさい。その、実はね。これからダンスが始まるの」
「そうだったのか。やらないのかと思ってたよ」
「それでね……私と、踊ってくれない?」
「え」
まさかの誘いだ。あの大人しくて引っ込み思案なルーが、自分から人にダンスを誘うなんて。
「あの……公園の時の続き。ダメかな?」
しばらくぼーっとしていたが、その一言でハッとする。そうだった。確かにあの時のダンスは、中断されたままだった。
「いいや。是非、ご一緒させてくれ」
俺の返事に、ルーは城から見える夜景よりもキラキラした笑顔になる。そうか、彼女もまた変わった。
ルーの手を取り広間に戻ると、なぜかロブロイとモニカがじっとこちらを見ていた。ニヤニヤしている。
「やっとかあ? お前らいよいよ——ほげっ!?」
「よっけいなこと言うなハゲ」
「ハゲじゃねえよ野蛮女。何度も説明してるが、俺のこの頭はなぁ」
なんかよく分からない言い合いをしている仲間はとりあえず放置だ。俺達は広間の中央近くまでくると、演奏の音色に合わせて踊り始めた。
ルーの踊りはやっぱり上手くはないが、俺はなんとかそれをカバーする。こうやって支えるのも楽しいものだし、俺もまた支えられている。今にして思えば、あの時踊ったダンスがきっかけで、三年後にお揃いの指輪を買うことになったのかもしれない。
パーティが終わった後、俺達は踊り疲れてすぐに眠ったけれど、次の日はみんな早起きをしていた。休みだっていうのに、まったく習慣ってやつは嫌なものだ。
でも、朝日の眩しい輝きに、妙に感動したことを覚えている。きっと心が晴れたからなのか。
あの時仲間達と見上げた太陽の眩しさを、俺はきっとこれからも忘れることはないだろう。
俺が追放した元仲間が魔王になったので……ああ、やっぱりそうだったのかと討伐に向かうことにした コータ @asadakota
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