第8話 奴隷と貴族の屋敷へ

 檻のすぐ側まで近づき、その姿をよく観察してみる。

 すると一見人間のようだったが、実はそうではないことに気がつく。


 透き通るような銀髪を長く垂らし、耳はつんと伸びている。きっとエルフか、もしくはハーフエルフと呼ばれる種族だろう。

 人間にしてみれば、十代後半程度の容姿をしていた。


「あははは。そいつが欲しいのか。だが、ちっとばかり値がはるぜ。なんてったって希少なハーフエルフだからな。お前が頼むなら、百万Gあれば売ってやる」


 売人はさっきまでの怯えた姿から立ち直り、太々しいニヤケ顔に戻っている。もう僕はこの男に我慢する必要はないと思った。


「黙れ、このクズが!」


 さっさと詠唱を終え、渾身のファイアボールを作り出し、すぐさま売人めがけて解き放つ。猛烈な炎に包まれ、あっという間に男は黒焦げになっていく。


「ぎゃあああぁああー!」


 アンジェリカとレナは驚いて後ずさったが、売人が焼け粕のような状態になった後、そそくさとこちらに駆け寄ってくる。


「僕を見損なったか?」

「いいえ。このような下劣な男など、焼き払われても致し方ありませんわ」

「お兄ちゃん、カッコいいー」

「ふふ。分かってくれて嬉しいよ。どれ、彼らを開放してあげよう」


 男が倒れた床の近くに鍵が散乱していた。僕はその鍵を拾い、檻から獣人達を開放していく。


 檻はどれもが何か不思議な力で守られているようだった。アンジェリカ達はか弱いせいか、その力に触れることができないらしい。だから鍵は全て僕が開けることにした。


 みんなが涙ながらに感謝の気持ちを述べ、大喜びで外の世界へと飛び出していった。彼らは自由になったんだな。この胸に爽やかな安堵感が広がる。


 そして最後にハーフエルフの少女が囚われていた檻を開き、痩せ細った体を抱き上げる。


「まだ息はあるようだが、かなり衰弱しているようだ」

「馬車に行けば水や食料がありますわ。とにかく連れていくことにしましょう」


 アンジェリカの助言通り、僕たちは彼女を連れて馬車に戻った。どうやら意識はあるようで、水をあげると急いで飲み干し、少しだけ元気を取り戻したようだ。


「あの……すみませんが、あなた達は」


 まだ声は掠れている。可哀想に。


「僕らは貴族街に用事があってね。怪しい者じゃないから心配しなくていい。そして、君はもう自由だ」

「え。自由に、自由になったんですか!」


 ボロ布を纏っていた少女は起き上がり、信じられないという様子で僕らを見つめている。レナはハーフエルフの側でニコニコしていた。


「お姉ちゃん、もう安心していいよ! ねえ、お名前はなんていうの? あたしはレナ、お友達になろっ」

「セフィアといいます。あの、お二人は」


 僕は名乗りつつアンジェリカについても紹介した。セフィアという名前のハーフエルフは、喜びのあまり涙を浮かべ始めていた。


「うう……! 嬉しいです。このまま何処とも知れない所に売り飛ばされてしまうところでした。ノア様、このご恩は生涯忘れません」

「大袈裟だな……まったく」


 セフィアの頭を撫で、気持ちを落ち着かせてやることにする。よく見れば相当な美少女で発育も良い。破れかけた布から垣間見える太もものあたりを見つめそうになり、慌てて目を逸らした。


「ノア様。そろそろ到着しますわ」

「え……ああ! あれが貴族街ヒソップか」


 どうやら、いつの間にか目的の街が見えてきたらしい。幌から身を乗り出すと、確かに前方に街らしきものが見えるのだが、またしても霧に包まれてしまい、全貌がはっきりとしない。


 それにしてもさっきのアンジェリカの言葉。何処かに棘があったような気がするが。もしかして嫉妬しているのだろうか。まったく、困ったな。


 馬車は町の中にすんなりと到着し、後はのんびりと馬を歩かせている。しかし酷い霧だ。これじゃあほとんど街の景色がわからないし、おまけに人も見つからない。


「とても残念ですわ。ノア様に素晴らしき自然と、豪華な屋敷が共存する景色を堪能していただきたかったのに」

「まあ、時期に晴れるだろう。それより伯爵の屋敷は?」

「もうすぐに着きます。あそこです」


 一度聴いたら決して忘れらないような美声の持ち主に促され前を向き、僕は呆気に取られてしまう。巨大、と表現しても大袈裟ではない。もはや城のようですらある。


 僕が焦りすら覚えている時、レナは無邪気に、元気になりつつあるセフィアに戯れついていた。微笑ましい光景にこちらも思わず笑顔になってしまう。


「いやあ、想像していた以上に凄いや。僕を雇ってくれるかな」

「はい。ノア様ほどの素晴らしいお方なら、きっと雇ってくれるに違いありません。私からも口添えしますのでご安心を」

「そうか……頼む」


 馬車から降りて、まるで村一つ入りそうなほど広大な庭を歩く。左右にメイドが並びお辞儀していく。僕らが来ることが分かっていたらしい。それにしても相当な数のメイドを雇っているようだ。


「ねーえお兄ちゃん。お屋敷に入ったら隠れんぼしようね」


 いつの間にか僕の左手を握ってきたレナが、楽しそうにキラキラした瞳を向けてくる。


「ははは。ベルクト伯爵が許可……した……ら」


 どうしたというのだろう。急に気が遠くなるような感じがした。


「大丈夫ですかノア様」今度はセフィアが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れているだけだ」

「辛かったら私にお申し付けください。夜通し看病させていただきますわ」


 アンジェリカが右腕を組んでくる。こんなに僕のことを思ってくれるなんて。しかも全員が美女という、これ以上ない幸せを噛み締めながら、僕はベルクト伯爵の屋敷へとお邪魔することになった。

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