第57話

 ■■■■■■■■■■

 057_噂の男

 ■■■■■■■■■■



『最北領の怪物』の噂を知っているだろうか。最近の王都はこの噂で持ち切りだ。

 噂の出どころは北部貴族軍に従軍した軍監だった。彼は圧倒的な戦闘力を誇る獣人たちを、汗1つ流さないで蹂躙したロドニーのことを王都で吹聴して回った。それほど衝撃的だったのだ。


 王国軍も他の貴族軍も獣人には酷い目に遭っていた。そんな化け物かと思われた獣人たちを、ロドニーはこともなく屠った。

 極めつけは獣人の族長との一騎討ちだ。あれは人間の戦いではない。まるで軍神が宿ったかと錯覚するほどの光景だった。


 その噂を聞きつけた者が居た。王都の店に詰めていたハックルホフだ。ハックルホフはその噂に尾ひれをつけて広めた。王都だけではなく、中部、西部、南部、東部と王国中に広めたのだ。北部は目撃者が多いので、勝手に噂が広がるだろう。


 そんな噂が広まっているなどとは知らないロドニーが待っていたものが、雪が積もるデデル領のベック港に届いた。

 それはジャガイモ。この世界ではボルシと言われている芋だ。

 以前から最北領であるデデル領でも育つ植物を捜していたが、このボルシはサルジャン帝国のある大陸から持ち込まれた植物だ。これを育てれば、デデル領の食糧事情が変わるだろう。

 もう1つ、持ち込まれた植物がある。大豆だ。この世界ではバンバロと呼ばれている。バンバロは栄養価が高く油も採れる。


 領地を富ませるためには、まず食料から。ロドニーはクオード王国にはなかったこういった植物を他の大陸から取り寄せた。


「マナス、よくやってくれた」

「これもビールがあればこそです」


 ビールは別の大陸でも珍しい酒で、よく売れている。そのビールをほしがる商人は多い。そういった商人のネットワークで、ロドニーがほしがるものを入手してくる。


「これでデデル領は豊かになる」

「ようございました」


 青狼族という力自慢の労働力も増えた。雪が融けたら開墾も進む。

 このルルデ領は森林が6割、山が3割、平地は1割ほどしかない。他の領地よりも面積は広いのに、貧しかったのは平地が少ないからだ。


 森林からはガリムの樹液が採れる。ロドニーは他の領地のことはあまり詳しくないが、ガリムの群生地としては最大規模だろう。つまり、ガリムシロップの生産地としてはそれなりのアドバンテージがある。


 では山はどうかというと、今のところ目立ったものはない。山には高木がなく春になると雑草が生い茂るのみの場所が多い。

 そこでロドニーは畜産を考えている。春になったら羊を買いつけてほしいと、祖母のアマンに頼んでいる。

 羊なら羊毛が毎年得られるし、肉にもなる。羊の畜産が軌道に乗ったら、牛なども飼いたいなどと考えていた。


 さて、現在のデデル領はシシカム(大麦)とザライ(ライ麦)を作付けしているが、どうしても連作障害が発生する。そのため、隔年で作付けをしているのが現状である。

 そこで今回の2つの作物だ。ボルシとバンバロを含めた輪作によって、連作障害を抑えることができる。しかも、どれも主食にできるものなので、食料の収穫量は上昇するものと考えている。


 ・

 ・

 ・


 これまでのデデル領では、冬の間はラビリンスに入らなかった。雪で入り口が塞がるし、そこまでの道も同様だからだ。

 最近では森に入ってガリムの樹液を採取する領兵たちだが、この冬は廃屋の迷宮に入っていた。青狼族が雪かきしてくれるからできることだ。


 そこで問題になるのが、ガリムの樹液の採取だ。冬でなければ工房で働く者が集めるのだが、高齢の女性が多いので雪の中の採取は厳しい。

 ロドニーは農家や大工などを集めた。冬の間はほとんどやることがない彼らに、日銭が稼げるとガリムの樹液を採取させたのだ。彼らは喜んでガリムの樹液を採取した。


「ロドニー様。『氷球』所持者が20名になりました」

「そうか。よくやってくれた」


 ロドメルの報告に、ロドニーは破顔した。

 当初の予定では1部隊に3名、4部隊に12名の予定だったが、その予定を大幅に上回る人員が確保できた。


「青狼族は雪の中でも戦闘力が落ちません。獣人というのは本当に、身体能力に優れた種族ですな」

「女性でも優れた戦士だからな、青狼族は」

「現在は7層の奥を探索しております。そこで、新しいセルバヌイを発見しました。これがその生命光石です」


 そのセルバヌイはクマ型で、2ロム(4メートル)もある巨体らしい。全身が白い毛に覆われているため、スノーマン同様に雪の中では見つけづらい。

 だが、青狼族は違った。彼らはそのセルバヌイの気配を正確に把握し、連携して倒しているらしい。


「某もフェルドに負けぬように、気合を入れなければと思っています」


 ロドメルがやる気になっているのはいいが、元々戦闘バカなのでこれ以上やる気にならなくてもいいとロドニーは思った。


「やる気になるのはいいが、ロドメルは後進の育成に力を注いでくれよ」

「承知しております。息子共を始め、領兵を厳しく育成しておりますので、ご安心ください」


 厳しく育成と聞いて、逆に不安になってしまう。

 不安を胸に、そのクマ型のセルバヌイのことを調べた。どうやら白熊と言われるセルバヌイのようだ。

 書物によれば、雪国や寒冷地のラビリンスに居るセルバヌイで、王国では確認されていない。得られる根源力は上級の『吹雪』なので、最低でも同じ根源力を得ることができるはずだ。


「ロドニー。エンデバー殿がお越しです」

「通してくれ」


 ユーリンがエンデバーを通した。


「どうしたんだ、エンデバー」

「ロドニー様にお会いしたいと言う者がやって来ました」

「またか。で、どんな奴だ」


 王国中でロドニーの武勇伝が噂になっていることで、ロドニーと戦いたいと言うものから、士官したいと言う者まで色々の者がやって来るようになった。

 戦いたいと言う者は最初青狼族の戦士に手合わせを任せたが、青狼族は手加減が苦手で危うく殺しそうになった。それ以降は、騎士や従士たちに任せることにした。

 騎士たちが認めた者なら登用してもいいと思っているのだが、まだそういった者は現れていない。


 今のデデル領は雪によって陸路が閉ざされているため、どうしても船でやってくることになる。そのため、港の管理を任せているエンデバーが、窓口になっている。


「どうも賢者様の紹介らしいのですが……」


 妙に歯切れが悪い。


「お師匠様の紹介なら、会わないわけにはいかないだろ」

「そうなのですが……女性なのです」


 ピキッ。一瞬、部屋の中の温度が外気温と同じような極寒に感じた。

 笑みを浮かべているユーリンなのだが、その笑顔がとてもぎこちない。


「エンデバー殿。その方は美人なのですか?」

「……いや、某はそうはおもわ(ゴニョゴニョ)」

「ゆ、ユーリン。殺気を抑えてくれるかな」

「殺気なんて出してませんよ」


 うふふふと笑うが、目がいつも以上に鋭い。


「とにかくだ……その人物は今どこに居るんだ?」

「某の家に留めおいております」

「連れて来てくれ。いや、俺が会いに行こう」

「ロドニー様がわざわざ向かわれることはないでしょう。屋敷に連れて来ます」

「書類仕事も終わったし、気分転換に外に出るのもいいさ」

「それなら、私もついて行きますね」

「ユーリンも行くのか?」

「久しぶりにパステルにも会いたいので」


 パステルというのは、エンデバーの娘のことだ。この時10歳で、ユーリンによく懐いている少女である。

 ロドニーはエンデバーの家へ向かった。もちろん、ユーリンもついていく。エンデバーの家で待っていたのは、15歳くらいの少女だった。愛嬌のあるクリクリの瞳とふわりとウエーブのかかった赤毛が目を引く美少女である。


「待たせたな。俺が領主のロドニーだ」

「妻のユーリンです。よろしくね」


 ユーリンはロドニーの右腕に抱き着きながら挨拶をした。ロドニーはユーリンがこんなに嫉妬深いとは思ってもいなかった。


「あ、あの……わたし……あの……ぴ、ピニカっていいます」


 声が小さくて聞き取りにくい。


「ユーリン、そんなに睨むな。萎縮してるだろ」

「睨んでなんてないわ」


 プイッとそっぽ向いたユーリンが可愛らしいと思ってしまい、ロドニーはユーリンの頭をつい撫でてしまった。


「な、何をしているのですか?」

「ユーリンは可愛いな」

「かかかか、可愛い!?」


 ユーリンが真っ赤になった。それがまた可愛くて、構ってしまう。


「ゴホンッ。ロドニー様、話を進めてください」


 冷めた目をしたエンデバーが、2人を見つめていた。


「す、すまん。それでピニカといったか。君は、俺にどんな用があるんだ?」

「あ、はい……これを」


 手紙を受け取る。蜜蝋の封は賢者ダグルドールのものだ。賢者ダグルドールの紹介というのは、間違いない。

 丁寧に封を開け、手紙を読む。手紙には、ピニカをロドニーのところで働かせろという旨のことが書かれていた。しかも、それ以外は特に何もない短い文章だった。


「お師匠様は君を俺のところで働かせてほしいと言ってきている。君もそのつもりで来たということでいいのかな?」

「は、はい。よ、よろしくお願いします」


(貴族の俺を前にしておどおどしたところはあるが、あのお師匠様が何の意図もなくこの少女を紹介するとは思えない。いったい、この少女に何があるんだ?)


「君は何ができるんだ?」

「あの、わたしは、あの、『創造錬成』という根源力を持っています」


(『創造錬成』? 俺の『造形加工』と同じような根源力か?)


「その年で根源力を持っているのか。裕福な家のお嬢さんかな?」

「あの……わたし、施設で育ちました」

「施設って……孤児とかの?」

「は、はい。こ、孤児を引き取って育てる施設です」


(孤児なのに根源力を持っている? まさか……)


「わ、私、う、生まれた時から、こ、根源力を持っているんです」

「「「先駆者!?」」」


 ロドニー、ユーリン、エンデバーの驚きの声が揃った。先駆者というのは、生まれつき根源力を持っている者の総称だ。普通は根源力を持って生まれてくることはない。彼女のような先駆者は、この王国でも数人しかいない珍しい存在だ。


 先駆者は生まれながらに根源力を持っているため、他の人よりもアドバンテージがあると言えるかもしれない。

 根源力を得られない貧乏人からすれば羨ましい限りだが、それなりの貴族か富裕層の子弟であれば根源力を複数所持することができるので、すぐに追い越せる存在でもある。


「先駆者とは珍しいな。王国の者で初めて会ったぞ」


 では、王国以外なら先駆者に会ったことがあるのか。答えは「ある」である。

 それは青狼族だ。青狼族の中には、種族特有の『青狼化』という先天的な根源力を持って生まれる者がいる。種族の特徴なので人間の先駆者とはやや意味合いが違うかもしれないが、青狼族だと3割ほどが『青狼化』を生まれながらに持っている。フェルドもその1人である。


「で、その『創造錬成』というのは、何ができるんだ?」

「あの……、ぶ、物質を創り出せます」


 ピニカが持つ『創造錬成』は、物質を創造できる根源力。鉄のようなありふれた金属は問題なく創り出せるが、金や銀、真鋼のような貴重な物質は創り出せない。宝石も創り出せないため、あまり良い根源力とは思われていなかった。


 中途半端な根源力だと思えるが、この『創造錬成』は創り出した物質を好きな形にすることができる付帯効果がある。

 つまり、『創造錬成』は何もないところから鉄の剣を創り出すことはできる。ロドニーはそれだけでもかなり貴重な根源力だと思ったが、施設の人はそう思わなかったようだ。


「君の根源力のことは、よく分かった。ところで、お師匠様とはどこで知り合ったんだ?」


 ピニカは賢者ダグルドールの妻のメリッサが、施設のボランティアをしていた縁だと言った。メリッサ経由でピニカのことを知っていた賢者ダグルドールは、密かにピニカを見守っていた。

 そのピニカが15歳になって施設を出なくてはいけなくなった。そこで賢者ダグルドールからロドニーの下に行けば、仕事を与えてくれると聞いたのだ。


「ユーリン。彼女を雇うけど、いいよな?」

「なぜ私に聞くのですか?」


 剣呑な雰囲気だったから聞いたのに、まるで私は最初から雇うつもりでしたとばかりのユーリン。


「ピニカには俺の研究を手伝ってもらう。いいな」

「あの、わ、私、が、がんばります」


 おどおどしたところは終始変わりなかったが、雇うことが決まってホッとした表情をした。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る