第15話
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015_カシマ古流
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首無騎士と対峙するロドニーは、緊張感から喉がカラカラに乾いていた。首から上がないのに、その威圧感は3層までのセルバヌイとは一線を画す。
「相手に飲まれてはいけません」
「そ、そうだな」
ユーリンの言葉でなんとか我を取り戻したロドニーは、一気に首無騎士との間合いを詰めた。
騎士というだけあって、首無騎士の剣は王道の騎士の剣であった。ユーリンのキリサム流豪剣術やエミリアのメリリス流細剣術とは違う、王家の騎士団で最も多いであろうドリュウト騎士剣闘術に非常によく似ていた。
受け流されて体勢を崩したロドニーを、首無騎士の剣が捉えようとする。鋭く伸びてくる剣を避けきれないと思ったロドニーは、『堅牢』を発動させたが間に合いそうにない。このままでは殺られると死を覚悟したロドニーだったっが、ユーリンがその剣を受けてくれたので体勢を立て直す時間ができた。
「ユーリン、助かった」
「気を緩めないでください」
「おう」
ユーリンの補助を得て、ロドニーはなんとか首無騎士を倒した。鎧をザックリと切り裂いたのだが、それさえも手応えがなかったのには驚きだった。
「お兄ちゃんとユーリンは息がピッタリだね。さすがは長年付き合っているだけあるよ」
「お、俺たちは付き合ってないぞ!」
「そ、そうです!」
「そんなに全力で否定すると、逆に怪しいよね」
エミリアに弄られたが、ロドニーはユーリンの補助を得て首無騎士を倒していく。
一方、エミリアは最初の1体はこそ苦労したようだが、その天性の剣の才能によって2体目以降はまったく苦労していない。さらに3体目になると、かなり余裕をもって倒せるようになっていた。
「やっぱり天才って居るんだよな……」
ロドニーは良い武器を持った腕力があるだけの素人だが、エミリアは普通の武器を持った天才だった。
「同じ両親の血が流れているとは、とても思えないよ」
「このままでは、私もすぐにエミリア様に追い越されてしまいそうです」
首無騎士の剣を軽やかなステップで躱してカウンターの刺突を放ったエミリアを見て、ロドニーには才能の塊にしか見えなかった。
「俺の剣よりも、エミリアの剣を造ったほうがよかったかな……」
選択を誤ったかと、ロドニーの脳裏を後悔が駆け巡る。
この4層では真鉱石が採掘できる。そのポイントを探しつつ3人は首無騎士を倒していった。
たまに廃屋の中で首無騎士が待ち構えているので、『鋭敏』を駆使して探索した。
「なかなか真鉱石は見つからないね」
「簡単に見つかったらありがたみがないからな」
真鉱石はかなり低い確率で発見される。それこそ数年に1回発見されればいいほうだ。それほど珍しいのが真鉱石だった。その原因は廃屋の迷宮の探索をするのが、領兵しかしないためだ。ハンターが廃屋の迷宮の探索をすれば、真鉱石の発見頻度はそれだけ増えるだろう。
最北のデデル領のラビリンスに入ろうというハンターは少ない。知られていないことが原因なのだが、それ以上にラビリンスで稼いでも酒場や娼館などの歓楽街がないためだ。ロドニーもそのことには気づいているが、歓楽街を増やすとそれだけ治安が悪くなる。頭の痛い問題だ。
その日、ロドニーは首無騎士と互角には戦えなかった。ユーリンの補助がなければ、勝てないほど首無騎士は強かったのだ。
「まあ、いいんじゃないの。お兄ちゃんには『高熱弾』とかあるんだから」
ロドニーには特殊系中位根源力がある。今回のように接近戦で戦わなくても、戦いようはあるとエミリアは言う。たしかにそうだとロドニーも思うのだが、それだけでは弱いままなんだと思ってしまう。
「ほら、そんなに落ちこまないの。これでも食べて、機嫌を直して」
エミリアは首無騎士の生命光石を差し出してきた。これを食べれば新しい根源力を得られるだろうが、かなりの苦痛を伴う。それで機嫌を直せと言うのはエミリアらしいと思った。
ロドニーは首無騎士の生命光石を口に放り込み、噛み砕いた。
「がっ……」
苦痛に喘ぐロドニーの姿は、もはやお馴染みとなった。ユーリンも最近はただ見守るだけになった。エミリアに至ってはのた打ち回りそうなくらいの痛みで苦しむロドニーを見物しながらお茶をしているのだから、ロドニーからしたら納得いかないものだった。
「お兄ちゃん、どんな根源力を得たの?」
痛みが治まったロドニーへ、エミリアが最初にかけた言葉がこれだ。ロドニーはお茶で喉を潤して、エミリアを睨んだ。
「もう少しは心配してくれてもいいだろ」
「その痛みの先に、強力な根源力があるんだよ。私だって欲しいのに、お兄ちゃんだけ卑怯だと思わない?」
「それとこれとは、別の話だろ」
「悔しいから、ダメ」
エミリアの態度は納得いかないが、得た根源力がその不満を打ち消した。
「『覇気』を得たぞ、ユーリン」
「おめでとうございます。ロドニー様」
「いいな~、私も『覇気』が欲しい~」
エミリアは通常の取得方法なので、『覇気』の下位互換である『鋭気』を覚えることだろう。
時間を空けて念のためもう1つ生命光石を経口摂取した。苦しみの中でロドニーは違和感を感じた。まるで無重力の中に放り出された感じだった。もちろん、無重力でも痛いものは痛い。
「こ、これは……」
「ロドニー様、どうかされましたか?」
「首無騎士の根源力は『鋭気』だけだから、『覇気』以外に得られる根源力はないはずよ。どうせ私を羨ましがらせようとして、お芝居をしてるんでしょ」
「お前なぁ……俺がそんな奴だと思っているのか?」
「うん」
「………」
いくら兄妹でも礼儀というものがあるだろうと、ロドニーは嘆息する。だが、それだけ気安い兄妹の関係だと、前向きにとらえることにした。
「残念ながらエミリアの期待には応えられないな」
「どういうこと?」
「今のも根源力を得たんだよ」
「なんで!? なんで根源力を覚えられるの? 首無騎士が持っているのは『鋭気』だけじゃないの? ねぇ、ユーリン、そうでしょ?」
「私も『鋭気』だけしか存じません。いったいどういった根源力を得られたのですか?」
今回のロドニーは、これまでの経口摂取の苦痛の他に、得も言われぬ不思議な感覚を味わった。そのせいか、ロドニーも聞いたことのない根源力を得た。その根源力がジワジワと自分の躰に馴染んでいき、血肉になっていく感じがして心が震えそうだ。
「ねえ、早く教えて! どんな根源力なの!?」
エミリアがすがるように頼み込んでくるのが、ロドニーは少しだけ気持ちよかった。
「俺が得たのは、『カシマ古流』だ」
「カシマ古流? 何それ?」
「聞いたことがない根源力ですね。特殊系根源力ですか?」
「ある意味、このカシマ古流は特殊かもしれない。だが、カシマ古流は俺が知っているどの根源力にも当てはまらないものだ」
「もったいぶらないで教えてよ、お兄ちゃん」
カシマ古流は武術の流派である。それは剣術と柔術を中心に、抜刀術、薙刀術、懐剣術、杖術、槍術、棒術などを含む総合武術であった。ロドニーは2人にそう教えた。
「「なっ……」」
2人は絶句して、しばらく動かなかった。
ロドニーは白真鋼剣を握り絞めて裏庭に出た。2人もそれについていく。
白真鋼剣を腰に佩き、ロドニーは腰を落とした。
「何をするの?」
「分かりません」
エミリアがユーリンに聞くが、ユーリンに分かるわけがなかった。その言葉の後に一陣の風が吹いた。
砂埃が巻き上がったその時、ロドニーの剣が鞘から抜かれた。それはまるで風だった。目にも止まれぬ速さで抜かれた白真鋼剣は、大きな岩をすり抜け、鞘へと戻った。
「今のは……」
「まさか……お兄ちゃん……?」
その剣筋は熟練の戦士に匹敵すると2人は感じた。それはカシマ古流の抜刀術だった。
石に一筋の線ができ、上部がずるりと落ちる。
「おおおっ! お兄ちゃん、やる~」
「これがカシマ古流なのですか……素晴らしい剣筋でした、ロドニー様」
「まだダメだ。イメージには程遠いよ」
根源力『カシマ古流』もまた訓練を積まなければならない。それは他の根源力と同じだ。『カシマ古流』を得たことで、ユーリンやエミリアと並ぶ才能を得た。その片鱗が今の抜刀術だった。
「やっとだ……やっと俺にも……」
どれだけ努力しても届かなかったものに、手が届きそうになった。もっと努力すれば、きっと手が届く。
「掴んでみせる……きっと俺は……掴み取ってみせる!」
ロドニーは高揚感で全身が震えた。
「お兄ちゃん、お祝いね!」
以前に較べると、フォルバス家の食卓は豪華になった。これは健康と体づくりを考えてのことだ。それでも過剰な食事をするつもりはないので、ガリムシロップのような甘いものは滅多に出ない。
柔らかいザライテッコは毎日出るようになったが、糖質の過剰摂取は病気を引き起こす原因なので産地の領主であり、生産者でもあるロドニーであってもガリムシロップをあまり食べていないのだ。
ロドニーの考えでは、ガリムシロップは売ったり贈ったりするものなのだ。
そんなガリムシロップを大量にかけられると思ったエミリアは、お祝いを強調した。
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