第176話

 陛下の執務室は沈黙に包まれている。


 私は予告されていたので、心境的には(服装は別にして)慌てることなく陛下の前に座っている。


 だが、目の前に鎮座している陛下はいささか不愉快そうだ。当然とは思う。人質の小娘から息子のエスコートを断られたのだ。私に対して【何様?】と思う気持ちもあるだろう。話の切り出し方が分からずに私は沈黙してしまっていた。それが、執務室を静かにさせている原因になっていた。


 こんな時の宰相だ。話を切り出してくれないかな?


 チラッと宰相を見るが宰相はすまし顔で反応はしてくれなかった。陛下の後ろに立っているが、黙って壁を見つめている。このままでは埒が明かない。時間が過ぎるばかりだ。時間を有効に使いたい私は意を決して口火を切る。


 


「陛下、私から話しかける失礼をお許しください。今回の件お断りする事は大変失礼と承知いたしておりますが、どうにも殿下とはお話が合いそうにもありません。お互いに良い時間を過ごせないのであれば無理をする必要は何のではないかと考えました。その判断が今回の結果となります。ご理解いただけませんでしょうか?」


「姫。言いたいことは分からないでもないが、今回の判断はどうかと思うが?」


 「陛下の言われる理解はできるのですが」


 「認めたくないという事か。姫の言わんとすることも分かる。あの息子でな。姫とは話が合わないだろう。いや、姫の話す内容が理解できない、と言う方が正しいだろう」


 陛下の言い方だと殿下に対していい印象を持っていないようだ。自分の子供なのにとも思うが、あの様子では陛下にも思うところがあるのだろう。なら話は早い。


 私の判断に否定をされているが理解はしてくれている様子、その辺で納得していただきたい。と言うか、息子の事を理解しているのなら何とか手を打てばいいのに、思ってしまう。


 


 「陛下。では今回の件はご理解いただけますと幸いです」


 「そうだな、でも姫にはパートナーガ必要だろう。そこで、私に考えがある」 


  私の発言を遮り配下から提案があるとの事。その言葉に宰相が反応する。壁に向けていた視線を陛下の向けた。鉄壁の表情は何一つ崩れる事もなく動くのは視線だけ。陛下は宰相の視線を気が付いているはずなのに、動じる様子なかった。私の後ろにいる隊長さんと筆頭さんが身じろいたのが感じられる。陛下の発言に警戒心が働いたのだろう。何を言い出すのかと発言に耳を澄ましている様子。それは私も同じだ。


 無茶な事を言い出さなければいいのだけど。固唾をのんで陛下を見守る中、なんてことないように陛下は言い出した。


 


 「姫。せっかくのデビューだ。私がパートナーを務めよう」


 「「「・・・・」」」


 陛下以外の全員が沈黙に包まれる。全員の言葉を文字に表すならこの一言に尽きる。


 何言ってるの?? この人?


 である。どこの世界に人質(名目・交換留学生)のデビューのパートナーを務める国王がいるのだ。


 この人の頭の中はどうなっているんだろう?? 理解が出来ない。


 私は呆けた顔を取り繕う事も出来ず、陛下の申し出を理解しようと努めていた。しかし、私も意表を突かれたのでどう反応せるべきか分からない。


 いや、断る、という一択しかないのだがどう断るかが問題だ。ここは直球勝負で行くべきか。




 「陛下。お申し出はありがたいのですが、前代未聞かと。学校に行くにあったってのお披露目も兼ねていると聞いております。その場に陛下がいらしては皆様、緊張してお話もできません。付け加えさせていただけるのなら、私は小国の者です。陛下が付き添ってくださるにはあまりにも不釣り合いかと」


 取りあえずは丁寧にお断りをする。気持ち的にはお断り、絶対、だ。


 だが、陛下もただでは引っ込まない。どういうつもりなのだろう。


 「言いたいことはわかるが、他にはいないだろう? 息子を断った後だ。それなりの者でなければっ体裁もつかないしな」


 「陛下。宰相では不足と仰るのですか?」


 陛下の涼しい顔に負けないように、笑顔を浮かべながら対抗してみる。陛下は気にしていないようだ。これは決定事項と言わんばかりに内容を変える様子はない。宰相も陛下が付き添うくらいなら自分が、と言い出した。宰相の気持ちもわかる。


 説得工作が始まった。


 「姫。宰相も言いたいことは分かるが、先ほども言ったように息子の後に付き添うものを選ぶのだ。姫は息子よりもその者を選んだことになる。意味が分からないわけではないだろう?」


 


 陛下の雰囲気が一瞬で変化した。今までは普段と変わらに穏やかな感じだった。だが、今は穏やかさのかけらも残っていない。不機嫌さも混ざっているが他を圧倒する空気をまとっている。


 その瞬間に地雷を踏んだことを察した。私は虎の尾を踏んだのだ。


 背中に冷たいものが流れる。殿下の事もあるのだろうが、自分の申し出を断った私にお怒りの様だ。


 私自身の事もあるが国元の事も頭をよぎった。最近ストレスはあるが、基本的には問題なく生活できていたので危機感が薄くなっていたらしい。息を呑み、陛下の対応に思考を巡らせる。


 エスコートは断りたい。しかし、陛下のいう事ももっともだ。殿下を断った後に頼めば、殿下よりもその人を選んだことになる。殿下がその人より見劣りすると私が判断したことになるのだ。それなりの方でなければ、どちらにも迷惑が掛かる。殿下より見劣りしない人と言えば、陛下か、隊長さんか。どちらかだ。宰相では身分が問題になるだろう。宰相と言う選択肢は切られたも同然だ。だが、隊長さんでは違う意味で申し訳ない。申し訳ないが、陛下たちの関係性と私の身近な人と言う意味で、問題ない気がする。今までさんざんな事を言ってきて申し訳ないが、隊長さんの頼もう。私がそう決めたとき、陛下からの先制攻撃入る。威圧感を発しながら言ったきた。


 


 「姫。まさかと思うが、私では不足とは言うまいな?」


 

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