第165話 発売記念 商人の知られざる苦労

 私は城に出入りできる城下の商人だ。城下でも上から数えられるほどの商会であると自負している。そんな私でも最近苦労している事がある、それは離宮の姫様のお望みの品を探し出す事だ。




 姫様はしっかりとされた方で、お優しい方だ。身分を嵩に着て、我々に無理難題を言われるような方ではない。そんな方だからこそ、お願いされたものは頑張って探そうと思うものである。


 姫様がお探しの品は多岐にわたる。調味料、食材、香辛料、海藻や加工品、乳製品、どうしてこんなものを知っているのだろうかと思うほど、多くの物を求められている。商人として求められたものは探し出したいと思うのは当然の事だ。私は情報を求めながら、目ぼしい品を見つけると直接買い付けに行く事にしている。




 私は手広く交易を行っている。各地に支店があり、そこを拠点に交易を行っているのだ。今までは決まりきった商品を扱うだけだったが、現在は新しいものを扱う事から、わが商会は売り上げが伸びている。これは間違いなく姫様の影響だ。姫様のお求めの商品を仕入れ、料理をしていただき、それを私が売る。と言う形が出来上がった。今までは不良在庫だったものが確実に売り上げを伸ばし、今ではメインの商品に食い込もうかと言う勢いだ。使いやすく美味しいものが作れると、売り上げは伸びていくものだ。姫様との約束は、始めのころは売り上げから商品をお渡しするという契約になっていた。だが現実として、それではとても追いつかない。今ではお渡しする不足分は現金としてお渡ししている。離宮に住まわれていたころは、離宮の侍女たちが信用できなかったので私や管理番がお預かりしていたが、今では隊長殿にお預けしている。隊長殿は護衛と言う職務だが実際は違うようだ。筆頭殿と同じように教育係も兼ねている様子。陛下のお考えもあるのだろう、後々は後ろ盾になると勝手に予想している。




 離宮に移られてから姫様の周囲は騒がしくなっていた。離れにおられたころとは環境が大きく変わられてしまい、私や管理番は姫様は遠くに行ってしまわれたのだと思っていた。だが姫様は姫様だった。離宮への招待状が届いたときの喜びと衝撃は忘れられない。


 この国では私のような商人は離宮のような場所へは通してもらえない。客室にすら案内されない事もある。商談をするような部屋が別室にあり、そこへ通されるのが一般的だ。それが食事会のお誘いだ。舞い上がらないはずがない。招待状をもらってからはソワソワして、右腕の店長からもからかわれるくらいだ。隊長殿や管理番には言えないが、内緒で服も新調してしまった。管理番も新しそうな服を着ていたから同じようなものかもしれない。隊長殿は変わりない様子だった。まあ、あの方は陛下の親戚だ。私たちのような衝撃を味わう事はないのだろう。




 離宮に移られても姫様自身は変わらない、食事会も回数が月に一回に減ったが再開された。なんでもデビューに向けてダンスの特訓があるから時間がないとの事。姫様が泣く泣く話してくださった。姫様にできない事があったのかと驚いたが、姫様はまだ10歳なのだ。できない事も多くあるだろう。私は頑張る姫様のために新しい食材を探すことを約束した。それを聞いた姫様は花が咲いたような笑顔を見せてくださったが、そのすぐ後に今までも頑張ってもらっているから、無理のない範囲で良いからと訂正されていた。そう言われると私の商人魂に火が付いた。絶対姫様が喜ぶようなものを探してこようと決意したのだ。




 食事会が終わると次の食事会まで時間が空く。私はその間を使って食材を直接確認しに行く事にしている。先々月の事だった。部下の一人が地面から甘いものが収穫されるという情報をもらっていた。土の中から甘いもの、という事に店の者たちはざわめいていた。以前なら一蹴されている話だが、今では姫様の事がある。ありえるかも、と皆が思っていた。


 情報と共に食材と食べ方聞いて来るのがわが商会のルールだ。それに乗っ取り部下も食材を持ち込んでいた。食べ方は焼いて食べるのだそうだ。


 切ってその中を見ると白色。焼いて食べると言うので、オーブンで焼いてみる。焼いてみると白かった中は、黄金色をした甘い物になった。その甘さは驚くほどだ。


 姫様から食材は【火を通せば大体のものは美味しくなる】と聞いていていたが本当だった。私はその場でこの甘いものを仕入れることを決め、翌日には交渉に出向く事にした。




 取引はその地方の商人や農家と行う事になる。現地の農家は自分で作って自己消費している事が多い。そのため他の地域に出回らない事が多いのだ。商人も品そのものが多くないため積極的に他所へ売ろうとする事は少ない。それを説得し取引を行う様にするのが私の役目だ。今までは部下に任せている事が多かったが、姫様の依頼の物だけは私が直接行う事にしている。権限がないものが行うと仕入れ額や条件の確認で時間がかかることが多い。他の物ならそれでも良いのだが、姫様の事に関してだけは条件を緩和する事も辞さないので、私が直接行った方が早いのだ。商会の規模から考えると責任者月に一回不在なのは珍しいと思っているが、辞めるつもりもなかった。




 「本当、これを売るつもりなんですか?」


 「売れる。売れるようにする。だから私を信じて任せて欲しい。と言っても初対面で信じられないと思う。今ある分と来年の分は私の商会で必ず購入する。その約束として半金を今払ってもいい。どうだろうか? 販売してもらえないか?」


 農家の者は私の勢いに押されていた。今までは地元の商会に少ししか降ろしていなかった言う。それがいきなり城下で販売するから売ってくれ、と言われても信じられないのは無理がないだろう。信じてもらうために手付を打つのは当然だと思っていた。渋っていたが来年の分までの手付は大きかっただろう。地元の商会では他の農家も売るので買いたたかれるし、多くは買ってもらえない。それを半金は今払うのだ。農家は頷いていくれた。上手くいけば作付面積も増やしてくれるという。それはこれからの相談になるだろう。私は笑みが止まらなかった。




 仕入れは上手くいったが次の難関がある。それは城下までの運搬に領主の許可が必要な事だ。今までの商品なら不要なのだが、新しいものを運ぶときは新たに許可を必要とするのだ。よその国の品なら輸入という事で問題なかったし、他の品物は城下近くだったので領主の許可は必要なかった。城の管理番に許可を取れば良かったのだが、今回はそうはいかなかった。どう頑張ても領主の許可は必要だった。しかも、あの隊長殿の領地を通る必要があったのだ。隊長殿の許可をもらうのは何となく面白くないのだが、誤魔化す事もできないので、渋々隊長殿のに書類の書き方から確認すると【私の権限で許可を出そう】と言うのだ。私にも商人としてのプライドもあるし、こんな事で借りを作る気もない、借りを作ると後々面倒なことになるのだ。そう言って断るとそれ以上何も言われることは無かったが、書類は驚くほどスムーズに進んだ。私に黙って融通を聞かせてくれたのかもしれない。そこは隊長殿の考えなので追及するつもりない。




 隊長殿はあまり好きではないが、貴族の割には良いところもあるとは思っている。姫様が隊長さん、と言って頼る事は仕方がないと思うが、少し面白くないのは本当だ。姫様がお望みの物を仕入れることが出来るのは私だけなので、それで良しとしている。




 この新しい商品を姫様は喜んでくださるだろうか?


 気が早いのは理解しているが、今からそのお顔を想像すると私は笑いを辞めることは出来なかった。


 ダンスの特訓でお疲れな姫様が、喜んでくださることを願っている。


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