第133話

私と陛下は入り口で話し始めていた。今日は非公式の昼食会だ。それがわかっているからだろう、宰相から声がかかる。その声のかけ方も少し気楽な話し方だった。




「いつまでも入り口で話し込んでいるつもりですか?話をするなら座ってからでもできますよ?」


「確かにそうだな」


それに同意した陛下は宰相と部屋の中に入っていく。ホスト側の私と隊長さんが置いてけぼりだ。


それに戸惑い隊長さんと顔を見合わせる。隊長さんが呆れたのか肩をすくめ両手を天井に向けていた。私もそれに頷きを返す。同じことをしたかったが立場上、さすがにそこまでは出来なかった。顔を見合わせながら噴き出すのをこらえる。隊長さんが笑いをこらえる変顔しながら陛下たちを追いかける。




「ホストの案内もなしにどこに行く気ですか?」


「なかなか案内してもらえないので、先に座らせて頂きました」


「珍しいこともあるものだな」


宰相の反応に陛下が珍しいものを見るように宰相を眺めていた。その宰相はすました顔で大したことのないように言い募る。


「今日休日ですので」


「そうだったな」


陛下は宰相のスケジュールを思い浮かべたのか。同意するように頷いていた。


私は二人のやり取りを見ながら、宰相の休みはこんな感じなのかと眺めていた。私がいるせいなのか寛いでいる感じはないが、仕事中よりは少し気を抜いているような感じはしている。


私がいなければもう少し寛げているのではないのだろうか?そんな事を思ってしまうが、今日の発案は陛下なので私に責任はないはずだ。


さっきまで私の印象の話をしていたが何となくなし崩しになっていた。今更話を元に戻すのもおかしな雰囲気だったので、話を切り上げ昼食会をスタートさせる事にした。




「では、今日は陛下のリクエストに沿った内容にさせていただきました」


「ああ、楽しみだよ。何を作ってもらえたのかな?」


陛下は相好を崩す。


こんな様子を見せるから近所のおじさんにしか見えないんだよね。


私は陛下への感想を胸の内に秘めながら今日のメニューを発表する。といってもメインだけだ。副菜はそこまで気にしていないと思うので、味変えになるように数種類用意しただけだ。メインに集中したので、どちらかと言えば簡単一品メニューの取り合わせになっている。あとは初めて出すメニューもあるので、前回に出したものも含め馴染みがあるようにしていた。


慣れたものを作る方が楽だから、という理由は私一人の胸のうちにしまっておきたいと思う。


こんな事を聞けば手抜きと思われてしまうので、そんなリスクは冒せない。


メニューの発表を楽しみにしているだろう陛下のために早々に発表する。


試食も試作も繰り返した内容だ。


「卵料理はチーズオムレツ、肉料理は豚骨スペアリブの味噌煮込み、魚料理は白身魚のフライになります。副菜はいくつか用意していますので、お好きなものをそれぞれ選んでいただけたらと思います。後、主食としてはご飯を用意しています。味噌煮込みはご飯と食べて頂きたいと思います。私の主観ですが一番美味しく食べて頂けるはずです」


メニューの説明をしながら自分の一押しを勧めていた。やはり人間は好きなものを一番に勧めたいものだと思ってしまう。


陛下は興味深そうに私の話を聞いていた。知っている料理があるのだろうか?


「陛下、ご存知のものがありますか?陛下の期待に応えられていればよいのですが」


「私の知っているものはないな。私はあまり料理の事を気にしたことはないからな。食事の内容よりも相手との話の中身の方が重要だからな」


陛下は笑いながら否定されていた。


陛下の返答に私はウッと詰まってしまう。以前隊長さんから聞いた話だ。陛下は食事のときも会食だったり、ランチミーティングだったりで食事を楽しむ事がないと言っていた。それを思うと食事の内容を気にすることは無いのは当然な気がする。


どう考えても食事よりも仕事の方が優先だ。仕事中心なら食事内容を気にするはずがない。


陛下の発言に納得できた私は素直に最後の仕上げに移ることにした。これ以上の説明に時間を割く必要はないだろう。




ダイニングに座った陛下たちは料理を待ってくれている。今回は食事的な内容なのでお酒は出さないことにした。この後に仕事があるとは思わないが、いつでもお酒が飲めると思われるのは遠慮したい。それに場に慣れて頻繁に何かを作れと言われるのは遠慮したい、という思いもあった。


忘れてもらっては困るのだ。


あくまでもこのキッチンは私のための場所であって、陛下たちの食事を作るための場所ではないのだから。

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