第118話

「よく来たな、姫」


「お待たせして申し訳ございません」


「なに、呼んだのは私だからだな。本当は馬車で迎えを出したかったのだが、大げさにするのは良くない、と言われてな」


「ここまで散歩がてら歩いて来ましたけど、そう遠くはありませんでしたわ」






陛下がボヤいているのでフォローを入れておく。止めたのは恐らく宰相か隊長さんのどちらかだろう。ありがとう、止めてくれて。城内を馬車で移動とか、どこのお姫様かと思うわ。うん。


いや、忘れてた。私はお姫様だった。


一応がつくけど。




にこやかな笑顔を保ちつつ陛下の話を聞いていると、宰相から早速とばかりに声をかけられる。


「陛下、立ち話もなんですので。そろそろ」


「ああ、そうだな。中へ入ろう」




それと同時に陛下が私に手を差し出した。


この手はなんだ?


思わず差し出された手をジッと見て、陛下を見上げる。 


「姫?」




まさかと思うが、私をエスコートする気なのだろうか?


「どうした?」


わたしの前に差し出され手は引っ込むことはなかった。


やはりエスコートしてくれるようだ。


陛下にエスコートされるのは気が引けるが、無言の圧力には勝てないので恐る恐る手を乗せる。指先だけちょこんと乗せてみた。


これが私の限界だ。隊長さんなら慣れてるから平気なのに。


陛下は私の葛藤を感じてくれたのか何も言わずに中へエスコートしてくれた。




中は外と変わらず立派だった。


広いエントランスホール、そこから続く大きな階段と広い廊下、貧弱な庶民、兼小国の姫育ちの私では言い表す言葉が見つからない。貧困なボキャブラリーが恨めしい。


簡単に言えば、中は可愛いらしく優しい感じの雰囲気で、金持ちに有りがちな金ぴかの装飾はなかった。


私は見慣れなさから周囲を見回し、聞きたいことを押さえ込み陛下の横を歩く。


後ろには隊長さんと宰相が続いた。


何処まで歩くのか。この距離だけでも広さが感じられる。離れとは大きな違いだ。




大きな扉が見えてくる。筆頭さんが立っていた。陛下と私に一礼すると扉が開けられ、音もなくスムーズに開いた。


部屋は広く陛下や隊長さんよりも大きな窓が正面に見える。


部屋の大きさも窓の大きさに見合ったものだった。


広い。その単語しか出てこない。


「ここが姫の部屋だ」




ひめのへやだ




今、私の耳にはそう聞こえた。


いや、ここに連れて来られた時点で嫌な予感はしていたが、現実となるとやはり言葉が出ない。


私は口元がひきつるのを感じながら陛下を見上げる。斜め上にしては顔の位置が高かった。




「陛下、今、聞き慣れない言葉が聞こえたような気がしますが。私の気のせいでしょうか?」


「?変な事を言ったかな?」


「ここが私の部屋と?」


「そうだ。ここは姫の部屋だ」




私と陛下の会話が食い違っている気がする。


この部屋だけが私の部屋?


サロンってこと?お茶会を開けと?




「陛下、それでは伝わりませんよ。話を省くのは陛下の悪い癖です」


ありがとう、隊長さん。ぜひ、話を修正してほしい。




「そうか。そうだな。私が悪かったな」


陛下は一人で納得してウンウンと頷いている。




「姫。一日早いが誕生日おめでとう。約束していた誕生日プレゼントだ。この離宮を使ってほしい」




このりきゅうをつかってほしい




うん、感じてた。


ここに来た時点で嫌な予感はしていたから、でもさ、この離宮って、私一人には大きすぎるでしょう?


なんで離宮をプレゼントしようなんて思うかな。権力を持ってる人の考える事はわからない。


わからないけど、どうしよう。


これ(離宮)もらって良いものだろうか?


庶民の感覚ではどうしていいのかわからない。


わからないけど、用意してもらったものを断るのもいかがなものかと思う。誕プレと言われているのだ。


断ると角が立つだろう。うん。揉めるのは一番良くない。


中の新しさを見ると、改めて家具を用意してもらっているようだ。


私が断ればこれが無駄になるという事だ。それは申し訳ない気がする。


ここはありがたく頂いておこう。


それが全てを丸く納める方法だ。


この感じでは新しく建てたのではなく、もともとあった建物に手を入れたみたいだし。確認してないけど。陛下からすれば新しく建てたわけではないみたいだし、有るものの手直しだけみたいだから、痛くも痒くもないのだろう。


私はそこまで考えが纏まると陛下に向き直る。




「ありがとうございます。陛下。初めての事で戸惑ってしまいました。離宮などと本当に私が頂いて問題にはならないでしょうか?」


「私が決めたことだ。誰にも文句は言わせんよ。気にしなくても良い」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


「喜んでもらえて何よりだ。中も姫が気に入るように手を加えてある。案内しよう」




私が素直に喜んだのがお気に召したのか、陛下はウキウキとした様子で中を案内してくれるらしい。その様子を見ていると近所のおじさんにしか見えなくなって来ている。


陛下のイメージはどんどん変わってきていた。




しかし、陛下自ら案内なんて、私不敬罪で捕まらないだろうか?


そっちの方が心配になる案件だ。


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