08 閉じ込められたのは、彼女か、彼か


 ランズデール少佐はウェイの駆逐艦の艦長に就任し、それと同時にあるを受けた。

 ランズデールは妻と死別し、娘のパルテルミットだけの二人きりの家族であり、彼には娘の行く末だけが心配であり、生前の妻の治療でたくわえが少なく、それゆえ、そのの報酬は願ってもないことだった。


「パルテルミット、父さんはこれから出張に出るけど、ひとりで大丈夫だね?」


「分かってるわ、父さん」


 娘のキスを受けて旅立つランズデールだったが、これが彼と娘の永遠の別れ、否、愛すべき娘を地獄へと叩き落とす瞬間であったことは知るよしもない。


 ――惑星カルパチアはウェイの領土であるべき星である。それを不当にも占領している輩をせよ。


 当初、ランズデールは敵はピアチェンツァの軍人か軍人であろうと判じていたが、実際にカルパチアの上空で接敵すると、それがちがっていたことが判明した。


「やめろ! やめてくれ! 妻が……ああヴェスパシア、どうか目を開いて……」


 繋がった回線を通じて飛び込んでくる画像は、どう見ても開拓者然とした民間人の夫婦であり、ランズデールからの初撃で、その妻は息絶えてしまったようだ。

 軍人として恥ずべき、民間人への襲撃。

 ランズデールは身悶えた。

 そして。


 ショックにより恐慌状態に陥ったランズデールか。

 妻を失い己を見失ったシュミットか。


 ……どちらが原因かは分からないが、両者、両方の艦は衝突する。

 爆発四散するふたつのふね

 それが、ランズデールとシュミット、それぞれの子にとって、悲劇の始まりとなった。


 ウェイは、ランズデールの死を「人事不省による操船ミス」と断じ、当然ながら戦死扱いとはせず、軍から除籍した上で、一般人として死んだとして、遺族であるパルテルミットに少しの金銭かねも出すことは無かった。

 失意のパルテルミットが、ふと立体TVを見ると、空っぽの棺ふたつを前に泣きじゃくる男の子の映像が映った。


 以来、パルテルミットは立体TVを見るのを止めた。


 やがて親戚と称する何者かたちが、少ない貯金や家財すら奪って行って……最後にやって来た者が、当時の王太子が後宮ハレムにこれぐらいの少女を望んでいるということを思い出し、下卑た笑いを浮かべ、役人にパルテルミットを売り飛ばした……。



 ヴェスパー・ファン・シュミット少年は、両親から惑星カルパチアの「留守を頼む」と言われて、旅立つその姿を見送った。

 初めて任される、ひとりでの留守番であり、少年は張り切って、両親に代わって星の気候を観察し、それを終えると、菜園や農場に向かって、ある程度の収穫を得た。

 そして、夜には戻ると言った両親のために、これもまた初めての料理に挑戦した。


「できた!」


 何回目かの挑戦、何回目かの「再収穫」を経て、少年は何とか食べられる状態となった目玉焼きとスープとサラダをテーブルに置いた。

 あとは両親が帰ってくるのを待つだけだ、と、暇つぶしに立体TVをオンにした。


「……嘘?」


 画面上に、緊急速報のテロップが出て、ピアチェンツァの辺境に位置する惑星カルパチア上空にて、シュミットという夫妻の運転する宇宙船が、国籍不明の(実際はウェイだが、国際問題のため伏せられていた)駆逐艦と衝突して、お互いに爆散して生存者不明の状態に陥っている、と報道されていた。

 それと同時に、カルパチアの(当時の)ささやかな宙港スペースポートに、緊急着陸のアラートが発せられ、ヴェスパーはのろのろとそちらへと向かった。


「……大丈夫?」


 カテリーナ・ヴィネッティと名乗ったその護衛艦の艦長は、血の気を失って立ち尽くす少年を抱きすくめた。


 ……当時、ピアチェンツァはウェイと事を構えるのを嫌い、ウェイはこの問題を顕示化するというのなら直接対決も辞さないという強硬姿勢を取った。

 そのため、少年の親類は、無用なトラブルを嫌い、少年を引き取ることを拒んだ。

 少年はそのことについて恨むつもりはなかった。


 誰だって、面倒事は避けたい。

 それをわざわざ敢えて受け止めようとする、酔狂な者は、いるものか。


 少年はいつしか――空っぽの棺ふたつを埋めた惑星へと戻っていた。

 どうせ死ぬならせめてこの星で、と思ったからだ。


 頬がこけ、ぼろぼろになった服を身にまとった少年が、何度目かの失神で目を閉じようとしたその時、いつかの護衛艦の艦長の姿が飛び込んで来た。

 こうしてヴェスパー・ファン・シュミットは、カテリーナ・ヴィネッティのとなった。

 彼は――事情が事情なので、カテリーナの家に引き取られ、直接的な意味でもとなった。


 そして成長した彼は、ウェイとの問題に思い悩む元首ドゥージェを務めるカテリーナの心中を察し、ノイエ・アップフェルラントへと向けて、旅立って行った……。



「いくら何でも激しく言い過ぎだろう、ヴェスパー」


 ピアチェンツァ共和国連合艦隊旗艦、ヴェットール・ピサーニの指揮官シートにて。

 連合艦隊司令官ポデスタヴェスパー・ファン・シュミットは、ウェイに大使として派遣されている、義兄のヴィットーリオ・エマヌエーレ・ヴィネッティ(彼はカテリーナの実子である)から、秘匿回線により連絡を受けていた。

 ヴィットーリオは、義弟のシギディン艦隊へのを非難していた。


「しかし義兄にいさん」


 ヴェスパーはモニタ上に写る、義兄の秀麗な顔を見つめた。


「ああ言うことにより、おれが個人的にウェイに意趣返しをしている、と捉えられるようにしておけば、最悪、ピアチェンツァはおれを切り捨てれば済む」


 ヴィットーリオはその秀麗な顔を歪めた。


「……その程度にしておけよ、ヴェスパー。お前のその勝手な言い様……僕は許さん。というか、母さんにそれ、言えるのか?」


「…………」


「まったく……ウェイの航路局潜入と航路図強奪も、を言い訳として使う気だったな? 白状しろ」


「……降参」


 ヴェスパーは両手を上げた。この秀麗な兄には、むかしからかなわない。職業柄、家を空けがちなカテリーナに代わって、並みいる兄弟姉妹たちを長兄として仕切ってきた年季は、伊達ではないといったところか。


「……まあ、お前の事情は分かる。母さんが何も言ってこない以上、僕もこれ以上は言わん。それよりお前、今後はどうするつもりなんだ? 僕に何をして欲しい?」


 感情に任せて叱りつけたと思った次の瞬間には、これだ。お互いに感情を爆発させ、冷静になったところで、こうして話を持ちかけてくる。

 カテリーナ・ヴィネッティ政権の、事実上の「宰相」と言われる所以ゆえんである。


「義兄さん、おれはこれからこの星に、ウェイのエースとも言うべき、シギディン艦隊を閉じ込めておく。だからその間に……」


ウェイとの講和交渉だな? それならもう詰めているが、お前ならそれ、分かっているだろう?」


「王妃の動向は?」


「王妃?」


 たしか、ウェイの王妃は、美女であるパルテルミット・シギディンが現在のウェイ王の後宮に入れられるのを厭い、このような――パルテルミットが不利益な状態になって、快哉を叫び、彼女を切り捨て、戦争を続行しろと声高に主張している。


「相も変わらずだ。やんごとなきウェイ王は、まだシギディン提督にご執心らしく、講和に前向きなんだがな……王妃のその辟易へきえきとしながらも尊重せざるを得ない、といったところだ」


 おかげで、ウェイ王の酒量は増すばかりである、との情報も得ている。

 ヴェスパーは、モニタを通して苦笑するヴィットーリオを見ながら、言った。


「では、王妃の父親は? たしか、ウェイの丞相だったはずだけど……まだ罷免されてないだろ?」


「父親? 丞相?」


 ウェイ王の正妻である王妃は、御多分に漏れず、外戚としてバックに権臣である父親がおり、彼は現在、丞相の地位にいた。

 娘である王妃とちがい、彼は王に逆らうことを良しとしなかった。ウェイの先王の粛清の嵐がトラウマになっている、という噂もある。

 いずれにせよ、丞相は、娘が正妻として妬心を抱くのは仕方ないとしているが、それ以上の、国の政治や軍事に口出しするのに、戦々恐々としているらしい。


「なるほど――そっちの線から攻めるか」


 ヴィットーリオはヴェスパーに謝意を示し、早速に丞相に会って来ると告げ、通話を切った。

 そして丞相とのアポイントメントを取り付け、出かけるといった段に、義弟にパルテルミット・シギディンのを伝えるのを忘れたことに気がついた。


「しまった……けれど、やめておくか」


 ヴェスパー・ファン・シュミットは、面倒事を嫌う性格である。

 しかし、人が面倒事を抱えていると知った時、その性格がたまに反転することを、ヴィットーリオは小さい頃から彼を見ていたので、分かっていた。


「変にシギディン提督との因縁を知ってしまったら……」


 そもそも、母である元首ドゥージェカテリーナがを伝えていないらしい。

 では、自分もまた母にならうか、とヴィットーリオはを黙っておくことに決めた。



 数日後。

 惑星カルパチア。


 パルテルミット・シギディン提督は個人の感傷は措いておいて、少なくとも指揮官としての責任を果たすことにしたらしく、カルパチアからの「脱出」を試みた。

 だが、その試みは困難を極めた。

 ウェイとしては、データはある程度知っていても、未踏の地であるカルパチアは、やはり分からないことだらけだった。

 そして、時折、乱気流の渦が発生し、それ以上の上昇を諦めざるを得ない日が多かった。

 また、その乱気流の「隙間」を発見したが、その「隙間」には抜け目なく衛星からのビームが待ち構えていた。

 惑星カルパチアの特性を十二分に心得ている者でないと、これほどのまで「包囲」は、できはしない。

 カルパチアの開拓者の子であるヴェスパー・ファン・シュミットならではの巧妙な包囲戦であり、だからこそ、元首ドゥージェカテリーナ・ヴィネッティは彼を連合艦隊司令官ポデスタに任命したのだ。

 むろん、彼女自身のであるという、無形の効果に期待するという、政治家らしい心算もあった。


 ……このような状況の中、パルテルミットとしても手をつかねていたわけではなく、対策を講じた。


「無人の艦を作れ。それを『隙間』に突っ込ませろ。衛星が無人艦にビームを撃ってきたら、そのあとの『溜め』の時に、一気に突破する!」


 パルテルミットは古代の覇王のごとく、自ら旗艦マンネルハイムを駆って、強引に確保した『突破口』へ突っ込んだ。

 だがその先に、やはりヴェスパーが旗艦ヴェットール・ピサーニを陣頭に立たせており、マンネルハイムとヴェットール・ピサーニは、あわや衝突か、と思えるまで接近した。


「回頭せよ!」


「……回避!」


 パルテルミットとヴェスパーは、期せずして同時に衝突を避けた。

 両名とも、惑星カルパチア上空における艦船の衝突という事態に、何か思うところがあるらしく、ウェイ、ピアチェンツァ双方とも、その時は互いに攻撃を取りやめ、互いに退いていった。


 ……その後も、一進一退の攻防がつづいたが、シギディン艦隊が脱出することは無く、包囲戦は百日間にも及び、このゼピュロス星域会戦は、カルパチア戦役という名と共に、百日戦争という異称を持つことになった。

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