48
今すぐ戻って、聞き出したかった。フヨウツミとは何なのか。夏休みが明けたら、自ずと分かるものなんだろうか。
いつまでも立ち止まってはいられない。帰ろう。後ろ髪を引かれながら、桔花は寮を後にした。
寮母に挨拶を済ませて、門までの道を歩く。相変わらず、蝉の声が煩わしい。暑さで苛立っているところに、情け容赦なく追い討ちをかけてくる。母はもう来ているのだろうか。連絡を取ろうにも、スマホは鞄の中だ。いちいち、荷物を下ろしたくないし、既に来ているものと信じよう。
「お帰りですか」
真横から声をかけられた。あの警備員だ。気味の悪い笑顔は健在で、嫌な視線もそのままだ。照りつける太陽の下、玉のような汗を拭いもせず立っている。水分はとっているんだろうか。
寮内にいる人も限られているし、ここで倒れたら、見つかるまでに時間がかかりそうだ。
こんな日くらい、休んだらいいのに。それも難しいか。
「お帰りですか」
返事が無かったのを気にしてか、警備員は再度同じことを聞いた。それくらい悟ってよ。見れば分かるじゃない。桔花はそう言いかけて、口をつぐんだ。ちゃんと答えるまで、この男はしつこく聞いてくるだろう。
「帰ります」
やましいことは何もないのに、なぜか小声で答えてしまった。彼は聞こえなかったのか、首を捻っている。また無視されたと思っているのかもしれない。
「お帰りですか」
「帰ります、帰ります!」
帰るから何なんだ!
怒鳴りつけたくなる気持ちを堪えて、桔花は足早に門をくぐった。後ろから「お気をつけて」と聞こえたが、返事はしなかった。まさか、外までは追いかけてこないだろう。
どいつもこいつも、一体何がしたいんだ。
怒りに身を任せて歩いていると、
「桔花! どこ行くのよ。こっちこっち」
母のいる駐車場を通り過ぎてしまっていたようだ。
「久しぶり。元気そうね」
「そう見える? 疲れた。早く帰ろう」
「もっと再会を喜んでくれないの?」
母は桔花の腕をとって、ぴたりとくっついてきた。暑い。鬱陶しい。振り払いたい気持ちでいっぱいだったが、こんな小さなことで険悪な雰囲気にしたくない。母の言う通り、久しぶりの再会なのだ。
桔花は自分の態度を見直して、母と楽しい時間が過ごせるよう努めることにした。
荷物をトランクに押し込んで、車に乗り込む。外の温度が嘘のように、車内は涼しかった。
「狭くてごめんね。ゲームセンター帰りなの」
「また行ったの?」
通りで、見慣れないぬいぐるみがあると思ったら。母は暇さえあれば、クレーンゲームをプレイしにゲームセンターをハシゴするのだ。
その度に、大量の戦利品が家に運ばれる。飾っても飾っても、新しい子がやって来るのだ。
同じものは売ったらいいのにと言っても、顔が少し違うとかで許可がおりない。勝手に処分するわけにもいかず、自分の部屋がファンシーなぬいぐるみで埋まる様を見ていることしかできない。学園に行っていた間にも、その数は着実に増えているはずだ。桔花が家に着いて最初にすることは、自分の寝床の確保になるだろう。
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