23

案の定、クッキーが2つなくなっていることに繁夏は気がついた。個数の書いてあった箱も、それを意識させる仕切りも捨てたのに、無駄な足掻きだったようだ。


「変な工作しなくても。元々、みんなで食べようと思ってたんだから」

「だよね! では、もう1枚……」

「そう言いながら、ちゃっかり3枚取るとはね」


悪びれもせず、鳴見はペロッと舌を出した。口では、「戻した方がいいかなぁ、さっきも1枚食べちゃったし」と言うが、本当に思っているようには見えない。繁夏が無言で首を振ると、嬉しそうに自身のスペースに持って行った。


「それじゃあ、みなさん。あたしは昼寝するからよろしくね!」

「はいはい。夕食前に起こせばいいのね、いつも通り」

「そそそ。ありがたやありがたやー」


心のこもっていないお礼を、形式的に言う鳴見。壁に立てかけてあった白いパーテーションを設置しながら、大きなあくびをする。こんな真っ昼間から寝たことがない桔花からすれば、その行動は不思議でならなかった。鳴見はこう見えて、吸血鬼の子孫なのかもしれない。なんて妄想をしてすぐに、それならあんな日当たりの良い場所を寝床にはしないだろうと思い立つ。1番大きな、両開きの窓の下。目立つ家具といえばベッドだけだが、洋服や教科書などはどこに閉まっているんだろう。どんな休みを過ごしているんだろう。まさか、1日中寝ているわけじゃないだろうし。明日は、その生態を観察してみてもいいかもしれない。桔花はそう決めると、スマホを取り出し、昨夜ダウンロードしたカレンダーアプリを起動した。入学式とだけ入力された4月に、新たな予定ができた。

こんな風に、これからたくさんのイベントや予定が入っていくことを願いながら、そっとスマホの電源を落とす。


「私は荷物を片付けてこようかな。まだ散乱してるし」


知里は独りごちると、繁夏をちらりと見て席を立った。2人が目配せしてうなずき合ったのを、桔花は見逃さない。彼女たちが企んでいることはなんとなく分かった。繁夏は関わってはいけない女の件で、2人きりで話がしたかったのだろう。知里はそのために、わざわざ無難な予定を作ったのだ。嘘っぱちの。

なぜ、それが分かったのか。

彼女のスペースは既に整理整頓されていたからだ。誰が見たって明らかなほど。仮に片付けるとしたら、ベッド上に脱ぎ捨てられた制服をハンガーにかけるくらいだろう。それにしたって、散乱なんて言葉を使うほどじゃない。

一体、どこに、何が、散乱しているんだろう。

わざわざ聞くのは意地が悪いか。


「桔花さんはこの後、何か予定あるの? 空いていたらでいいんだけど、私に時間をくれない?」


やはり、2人は繋がっていたか。全てが自分の予想通りに進み、桔花はおかしな気持ちになった。笑いそうになるのを堪えて、知里のように見え透いた嘘を言わないよう気をつけて、慎重に答えた。


「すみません、繁夏さん。母に電話するように言われていたことを思い出しまして。話し出すと長いので、今日は」

「いいわ、待ってる。長いと言っても、夕食前には終わるでしょう?」

「でも、ギリギリになりますから。また日を改めてもらった方が……」

「時間は取らせないから。どうしても、今日がいいの。よろしくね」


繁夏は断固として引かず、一方的に約束を取り付ける。後は何を言ったって無駄だろう。


「ほら、電話しておいで。関わってはいけない女に会ったら逃げてきなさいね」

「……あ、ありがとうございます。失礼します」


嘘をついた手前、外に出るしか選択肢が無い。

桔花はスマホの入った鞄を肩に下げて、廊下に出た。

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