20
「そこで何してるの?」
小窓を視界の隅に捉えた時、繁夏の声がした。条件反射で彼女を探す。開け放たれた玄関扉のそばで、仁王立ちで竹子を睨んでいた。
「寮母さん、そういうふざけたことをするのはやめてって言ったはず。言ったわよね?」
「繁夏ちゃん! これには訳があるのよ。あの子がね、見てたの。この子、この子をよ!」
「いい加減にして。今すぐ桔花を離しなさい」
「でもっ、でも……!」
「聞こえなかった? なら、学長を呼びましょうか」
学長、と繁夏がはっきり強調して言うと、竹子は慌て出した。何か弱みでも握られているのだろうか。
「わ、分かった。分かったから、怒らないで」
これでは、どちらが大人か分からない。桔花は呑気にそんなことを考えながら、ふと小窓を見やった。関わってはいけない女の姿は、どこにもない。流石に人が集まりすぎたか。これは桔花のイメージだが、幽霊は割と人目を気にしているんじゃないかと思うことがあった。
怖い話はたくさんある。語る人間によって異なる部分は少なからずあるが、共通するのは人数の少なさ。1人で下校中だったり、仲良し3人組で肝試しだったり。そういうシチュエーションが多い気がする。100人で遊んでいる時に起きた怖い話なんて、聞いたことがない。
きっと、関わってはいけない女も同じだ。人が集まっている場所では、なかなか姿を現せないんだろう。見られすぎると、慣れてしまうから。慣れたら幽霊なんて、生きた人間みたいなものだ。意思疎通ができないくらいの、触れられないくらいの、そんな小さな違いが残るくらいだ。
「桔花さん、平気?」
繁夏の人形のように整った顔が、じっと覗き込んできた。
「平気です。まだ少しフワフワしてますけど」
「無理もないわ。部屋で休みましょ。知里さんもよ、おいで」
寮の外に出ようとしていた知里が足を止める。
「関わってはいけない女なのよ」
改めて強く警告する。逆らおうにも逆らえず、結局、渋々戻ってきた。彼女は関わってはいけない女が怖くないんだろうか。意外だ。人は見かけによらない。
「それでいいの。アレとは嫌でも顔を合わせることになるんだから、わざわざ近寄る必要ないわ」
繁夏の話によると、近年、ここ3年くらいのことだが、関わってはいけない女の動きは活発化しているらしい。見かけたという生徒は後を立たず、当初はかなりの騒ぎになったそうだ。
「今はみんな慣れたものだけど、昔はやれ警察を呼べだの学園を閉鎖しろだの言われたみたいよ。関わらなきゃいいだけの、なんてことない存在なのにね。
アレより人間の方がよっぽど怖いわ。いじめで人を自殺に追い込んで、悲しんでいるフリして、腹ではラッキーくらいにしか思っていない。何食わぬ顔で生きて、幸せになって、自分が傷つけた人間のことなんかすぐに忘れる。
……ごめんなさいね、感情的に。最近、この手のニュースが多いから」
憂いを帯びた表情で、彼女が目を伏せる。長いまつ毛の影ができる。なんて、優しい人なんだろうと桔花は思った。何も考えずに怠惰に生きる、幸せな少女たちとは違う。繁夏もまた、ある種、桔花のように生きづらさを感じている人間だった。
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