12
深くため息をついたところで、関わってはいけない女について話が移った。担任の自己紹介よりも興味をそそられる。目に見えてワクワクし始めた少女たちに、蘭子は複雑そうな顔をした。
「あのねえ、楽しい話じゃないよ?」
「分かってますって。学園七不思議みたいなもんでしょ?」
「うーん。まあ、そんなところね。ちなみに、先生はまだ会ったことないんだけど」
「マジかよ、つまんな」
「そんなこと言わないの。そもそも、関わっちゃいけない女なんだからね。会わない方がいいでしょ」
「私は会ってみたいわ。で、声をかける」
摩喜が冗談めかして言うと、
「バカなこと言わないで! そんなこと言う子はね、危ない目に遭って死んじゃうんだから!」
ヒステリックに蘭子が叫んだことで、おちゃらけていた少女たちも流石に笑えなくなった。
『死』という強い言葉に、恐怖を感じたんだろう。クラスメイトたちの顔が真っ青になった中で、桔花は別のことを考えていた。
学園七不思議 関わってはいけない女
この2つの言葉がどうしても引っかかる。うんうん唸っていると、ふと、ある人物の姿が思い浮かんだ。寮に荷物を運び入れた日に出会った人。鳥海渓等、だったか。都市伝説などを集めていると言っていた。確か、財布に名刺を入れておいたはずだ。後で連絡してみよう。桔花は彼が嬉しそうに話を聞いている様子を想像して、頬が緩んだ。
「あっ」
その時だ。パズルのピースがはまるように、導かれるように、重要なことを思い出した。
彼に貰った名刺の裏に、3つの言葉が書かれていた。その中の1つに、関わってはいけない女とあったことを。
なぜ、彼が知っていたんだろう。この町の人間ではなさそうだったのに。それとも、この話は有名なのか。ああいう、都市伝説を集める人間の間では。色々な考えが浮かんで、頭が混乱してきた。桔花は一度思考を放棄して、蘭子の話に集中することにした。ここで詳しい情報を得て、鳥海との会話に役立てたかった。
壇上で荒い息を繰り返していた蘭子は、立っていられなくなったのか、その場にへたり込んだ。
「先生、大丈夫?」
「とりあえず、椅子に座りなよ」
摩喜が駆け寄り、手を貸す。身体を支えられて、そばにあった椅子に座った。
「ごめんなさい。ありがと」
弱々しく呟くと、彼女はほんの数秒、目を閉じた。昂った感情が、まだおさまらないらしい。
少女たちは静かに、きたるその瞬間を待った。
「うん、うん。もう大丈夫。話、続けるよ」
フラフラしながらも立ち上がり、教卓に手をついた。一人ひとりの顔を見ながら、真剣に訴える。
「いい? もう二度とふざけたことを言わないで。学長が、どうしてあの場で話題にしたのか分かる? 保護者にまで説明してさ、そこまでした理由が分かる?」
「関わってはいけない女が、危険だから?」
「そう、本当に危険なの。過去には亡くなった生徒もいるって」
「亡くなったって……」
「キャアッ!」
誰かが短い悲鳴をあげて、机に突っ伏した。窓際の1番後ろの席の子だ。相当のショックを受けている。小刻みに震え、何やらブツブツと唱えている。その異常とも言える様子に、蘭子が素早く動いた。
「保健室行こうね。ちょっと横になろう」
「イヤ、イヤッ」
首を横に振る彼女を、蘭子は力づくで立ち上がらせた。引きずるように、教室を出て行く。
「みんなは静かに待ってて。すぐ戻るから」
「イヤ、やめて。誰か助けてよ!」
「うん、うん。大丈夫だからね」
廊下から、今度は長い悲鳴が聞こえてきた。耳をつんざくほどの、痛ましさに満ちた悲鳴。
あの子は、この学園で生活できるんだろうか。
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