記録:私、型1
むあっとくる熱気が暑苦しい。
このような日は珍しい。
物置の奥からとっておきを持ってくる。
扇風機。
普段使ってないので動くかどうか心配だったが、無事回り出したので一台ずつ部屋に持ってく。
日中は風もあり、庭先の水辺の日陰で優雅に過ごす。
日が沈みだしてから、部屋に引きこもり、扇風機を回し出す。
ふぃぃぃぃん
人工の風は本物と比べると味気ない。
窓に網戸がしてあるので、開けているとちょうどいいのが入ってくるから、あくまでも補助だな。
それでも感覚としては面白い。
前で手をゆらゆらさせて、当たる風が遮られて感じたことのない質感を受け止める。
顔を前に座ってみる。
より涼しいので、寒いぐらいだ。
思いついて、ああーと声を出してみる。
震えているのか、ビブラートした声が聞こえてくる。
聞こところによると、温度調節するための装置、エアコンの類があれば、超快適に過ごせるらしい。空には荒れているところもあるので、設置しているところもあるという。
天候はコントロールされている、地上からAIによって指示が出され、制御衛星でという話もあるくらいだ。今の空の快適性はそこからかも、だとすると贅沢もいってられない。
扇風機と外の風が攪拌されて部屋の中に気流が生じる。
空の中にいる。
久しぶりの。
研ぎ澄まされていく。
懐かしい。
このような中で書いていると、書いている内容は変わらないかもしれないが、筆のノリが違う。
仮想現実のインクに量子結合された紙へと相転移しまくっている物語が創発を起こしている。
雲の歌は流れの物語。よるべなき漂白の自由でおおらかな抱擁の詩。風の音のようで、旋律だけが乗っていて、感情がこもっている。ときに紫電の龍翔る。わがままに振る舞う一面はひとつに過ぎない。もっと込み入って訳もわからずゆり動いている。
旅人は知る。雲は密かに帝国をつくっていた。
空に広がる絶対の国。
そこでは、悲しみも、憤りも、やるせなさもない。
全てが雲によって許されている。
雲は綾をとりなす。
その微妙な差が、物言いとなって漏れ出しているのだ。
それだけでは足りない。
溜めて、集めて、育てなければならない。
それぞれに枝を伸ばした物語は欠けらから断片へ、そしてエピソードへと伸びていく。
丁寧に囲んでやらなければ、すぐにバラバラになってしまう。
羊飼いのようなものだ。
相棒の犬がいればさらに仕事はやりやすくなら。
雪かきでしかないと嘯く少女もいる。
それでもいい。
そうしてなった物語はようやくよめる。
よめるようになって歌に交換できるのではない。ノイズが、空白が歌を色めき出す。
物語はそのままでは歌にはならない。
よんでいると頭の中がいくつものレイヤーになって層をなしている。
情報がめぐるましく行き来し、アナロジー、アブダクションやアフォーダンスによって編集が行われる。
このときなんらかの跳躍、飛躍、勇躍が起こっている。
変移している。
唸りをあげる。
一雫の結晶化された歌が零れ落ちる。
一生懸命かき集めて、拾い上げて。
おぼろげながら歌が姿を現し出す。
けれども、うまくいかない。
何処かで滞っているのか。
方法自体がまずいのか。
歌が降りてこない。
交換が難しい。
同じく悩んでいる子がいる。
といっても、その子は人形。
ふとしたことで知り合った。
黙っていれば人間と変わらない。
きめ細やかで、人間離れした美しさ。
おどおどしていて、離れたところから伺うように見ていた。
興味を持った小動物のように、警戒しながらも徐々に近づいてきて。
些細なことで声がけしたのがきっかけだった。
話してみると気さくで。
気安くて、みるみるうちに親しくなった。
人形は人形。
話しかけていると、元に戻っている時がある。
がらんどうの、空気の抜けた、空虚なただのモノ。
また動き出すまで待つことになるのだが、中でコトコト音がするのだ。
なんだろう。
気になってちょんと、触ってみる。
ちょろちょろちょろと、流れる音。
もっと気になり、大胆にも、身体に耳をつける。
ザザーン。
波飛沫の波濤だ。
海の只中にいるようなのだ。
ごぼごぼ。
キュイキュイ。
カァーカァー
音の湧出。
いつまでも聴いていたかった。
いつまでもは叶わない。
話しかけてくれる状態に戻るのだから。
それでもいい。
人形は一緒になって考えてくれた。
自分には心が灯っていないと悩んでいると言うのに。
健気で一途で、ひたむきで。
雲歌つくりは人形のことをたちまちのうちに好きになった。
友達だ。
この世に無二の魂のともがらだ。
互いが互いを認めていた。
高めあって補い合いたいと切に願っていた。
人形は、相手を思う心が交換を強くすると、信じていたので、いつまでも友達でいようと誓っていたのだが、状況がそれを許さなかった。
雲の物語なのだ。
積乱雲の化け物のような物語にぶち当たり、2人はあっという間に引き裂かれてしまった。
どうすることもできない。
この雲は猛り狂う激情そのものだった。
あまりにも振り切れているために己が狂っているとは気づきもしない。
今にもハレーションを起こして大爆発を起こしそう。
雲は混乱してちぎれ散りかけていた。
超新星。
その中で、脱出劇が繰り広げられていた。
黒の魔女姫と少女騎士は崩壊する城から脱出路を探っていた。
どちらも狂いかけていた。
繋ぎ止めていたのは憎み合う心のみ。
殺し合いも幾度と交わされたが、どうしたことか、最後まで踏み込めない。
少女騎士は思う。
心の奥底に、相手がいる。
住み着いているように、こびりついている。
何度も消そうとした。
塗りつぶした。
それでも、沸いてくる。どこからともなくそこにいる。
相手を好きなのか。
だから現れて、居座っているのか。
どうして好きなのかがわからない。
親の仇みたいな同士なのに。
どこまで思い返しても、1ミリたりとも理由が見つからない。
聖女の少女は言っていた。
掴み取れないから、愛なのだ、と。
ならばこれはそういう感情だからなのか。
けれども相手をどうこうしたいとは出てこない。
それもおかしいではないか。
解消不能の思いを秘めて、2人は協力し、ときに反目し合いながら死地となった城内を抜けていく。
最強と誉れ高い2人、越えて行くのに難はなかった。
ときおり冗談を交わしたぐらいだ。
このような状況にあって、気持ちはリラックスしていた。
それが思いがけない問いかけを産んだ。
私のことって好き?
はじめははあ?って聞き返して。
無言の時間が流れていた。
ちらちら相手のことを気にして。
その、とどちらからともなく。
満更でもないよ。
それだけだったが、それは変える言葉。
あらゆるそれまでを薙ぎ払い、無かったことにしてしまう魔力の言霊。
それから。
互いは、相手を意識し始めてしまった。
禁断だ。
でも、何が?
漠然とした、どっちつかずの宙ぶらりんのまま、抜け出す直前までたどり着いてしまう。
敵らしい敵もいないまま、出ようとすると。
闇が声をかけてきた。
お嬢さんたち、そのままでいいのかい?
2人連れ立っても、いいことないよ。
属性自体が違うのだから、混じり合わないのは当たり前。
ささくれだって、ツンケンして衝突する。
どこかで炸裂して、悲劇的な別れを迎えてしまうだろう。
今度こそ殺し合ってしまうかもしれない。
黒の魔女姫はためらった。そうかもしれない。
このままいくべきではないかもしれない。
少女騎士は違っていた。
逆に確信に似た考えを得た。
この想いは偽物なんかじゃない。
訳の分からないものなんかに分かり合えようとはしない感情で間違いない。
だから、魔女姫の手を取り、行こう、と。
ふつふつと燃える官能が高波となって流れていった。
更なる畳み掛けのささやきもよそに、荒波を越えた。
それでも不安は晴れない。
それを消す必要はないよ。
そう思って、いつも確かめていることが何よりもの証明となる。
あなたは違うの?
私は、信じた。
この身を預けられる。
根拠はないけど、死んでもいい。
私も信じる。
根拠はないけど、死にたくはないねけどね。
あなたの思いに、応えてみたい。
いつまでもは思ってられないけれど、その度毎にあなたを見据えている。
雲が四方八方から結集した。
スコアがあと残りとなって刻まれていた。
人形の目から涙がこぼれた。
こぼれた涙は水溜りとなり、たちまちのうちに沼となって、川の流れとなった。
悲しみがスパイスとなり、荒波となるが、雲歌つくりの歌は悲しみを和らげる。
何が悲しいかわからなかった。
自分だけ置いてけぼり?
そこまでかいて、大きな音で現実に帰る。
何か起こった。
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