記録:私、飛行船1

 ちいさきものは、貴きもの。

 翁の切った竹からうまれたかぐや姫は、つくりやまいを患っていた。ときに人として、ときに小人として。姫はつくった。物語を織った。苦しみを楽しみに変えたお話をうった。人の結びつきは薄いようでどこかで手を繋いでいるもの、すれ違っているようでもらったりあげたりしているけど、風のようにとりとめのないもの。どこかにあればめっけもの。強くて弱く、可愛く醜い。いられない。止まることを知らず、かぐや姫は言い寄ってきたものにじぶんのつくった架空のものを探せさせ、感極まってここではないどこか、月なんぞにいってしまった。

「わたしはなりとうございます」

 私は涙を流していた。

 悲しいからではない。

 かぐや姫に境遇を重ねていた。

 ここではないどこか。

 行けるわけではない、のぼれるわけではない、それでも。

 私は叶えたいのだ。

 物語が、ひらいていた。

 無明の薄霧、靄がかるそのうちで、私は立ち尽くしていた。

 まだ何もできていない。

 示されてもいない。

 何かがなされようとしている。

 それは身体を通り、つかみかけた、そのまさに、本当に覚醒してしてしまった。

 夢はうつつか、去ってしまっている。

 コーヒーをちびる。

 すぐさま手帳に書きつけながら、これは今日は眠れないかな、と半ばあきらめ。

 作り話はつくれない。

 我が身に起こっている現状をモニターする。

 興奮している。

 つくりやまいは蠢動していない。

 何かしたいわけではないけど頭に注がなくては満たされない。

 心臓の音がするだけ。

 静かがうるさい。

 どのような物語も今の私を納得させないだろう。美味しいとは感じる。でもすぐ記憶の奥底へと沈んでしまう。

 こんなときは、ただ書くだけ。

 一切の思いを込めて、ただあるをのみ記してゆく。

 そうしても埋められないのは自明すぎてただそのまま。

 星がよぎった。

 傾けると、ようやく眠気がやってくる。

 眠れそうだ。

 グラスをいじりながら、限界が来たら、さあ、おやすみ。


 起きたらメイド服姿のセーヤさんが目の前にいた。

 向かい合ってる。

 セーヤさんは警戒心もなく自然体で、すうすう寝息を立てている。

 私はといえば…裸?

 わっきゃっあったったはぁあ!

 騒ぎそうになるのを慌てて抑え込んだ。

 それほど、セーヤさんの寝顔は、見惚れるのだ。

 ドキドキドキドキドキドキ

 落ち着こうとする。

 すーはーすーはーすーはー

 雲だ、雲の心で

 う…ん…

 乱れかかった着衣が

 動悸が早くなる

 ふーふーふーふー

 こうなったら興奮するだけしてやっちゃえ

 そう構えると、妙に居座ってまあダウンはしてくるもので

 10分くらい、見つめちゃって。

 なんとも言えない、悩ましい時間、

 せーやさん、すうっと、目が開く。

「おはようございます」

「おは、よう」

 あら、とも、取り立てて取り乱しもせず、小さなあくびをして、立ち上がり、身だしなみをササッっと整える。

「失礼します」

 はあ…

 ばたん。扉を閉める。

「なんだったの、今の?!わー!、わー!、」

 それ以上は自分でも何を口走っていたのか。

 すごく恥ずかしかったです。

 でもなんだろー、もっといてくれても良かったのかなー、うーうー

 火照りが覚めるまで、もうめちゃくちゃに絵を描き殴った。発作が置き換わっただけなんだけど、うんうんするより遥かにいい。

 男か女とかじゃない。

 いること自体が、ドキドキなのだ。

 それってもう自分を超えちゃっているので。

 どうしようもないくらいにどうにもできないので。

 私でないことがどれだけこんなにも興味をそそってしまうんだろう。

 せんとはまた違う。

 他者性が強い。

 それだけに、気が抜けなかった。

 息遣いの輪郭をなぞりとってしまっていたのだ。

 この刺激は、後々まで私を揺さぶる。

 そういう今回の出会いだったのだ。

 はあ…起きて、しゃっきり顔洗お

 洗面所へ行って、せんに指摘されるまで、裸のままでした。

 うっひゃあ!


 私がこしらえたつくりやまいの船での収穫という名の狩猟と探検の冒険。

 浮遊街灯、神社山、廃ステーション、謎の巨大立方体、入ることのできない劇場、バス停、ストア、浮島の数々を経て。

 3分の2といったところだろうか。せんと戦利品、獲得物をチェックしていたのだが、やっぱりナマモノは消費しつつストックしていくので少なめで、これは仕方ない。せんからの提案で冷凍庫は大きめのを2つ設置しているので、滅ぶ前はほとんどのものが冷凍できたことを知らされているとパンやスイーツ、スープ類もあるというのが今の私たちからするとありがたい贈り物である。

 当初の目論見よりは早いらしい。またねぐらに戻る日も近い。

 さてどうしようか、とデッキにデカい船影。

 巨大飛空船だ。

 真っ白いフォルムで純真な少女を思わせる。

 鳥がまとわりついて戯れてる。

 雄大だ。

 せんが躊躇いがちに向こうへ光で合図を送る。

 待ってみたが返事が来ない。

 せん、どうしようか。

 きょろきょろ、おおう、よく見てる。

 あそこ。

 出入り口の扉らしき。

 でもさ、どうやっていこうか、雲でつくるにしても小型船で漕ぎ出していく?

 ボクのを使う?

 ?どういうこと?

 ちょっといい、

 そういって私の隣に瞬時に立つ。

 何この反則技。

 瞬間移動?これがせんの移動手段だったの?

 おおもとに違いはあるけれど、瞬間移動と空を飛ぶ、このふたつは少女にはありふれた移動手段なんだよ、覚えといた方がいい

 ええええ、みんななんかつくってあっちこっち行っているのかと思ってたよ

 物語とともに移動する子もいるけどね、そういう重い子は少ないかな

 おおもとって?

 その子を支えている物語さ。信念、おもい、感情、生き方、その子を構成するいろいろ。

 ボクの場合は、ブリンクに近いかな

 飛び飛びってこと?

 まあ、そうなるね

 一緒に行けるの?

 手を繋げば。

 何かありそうだった。

 良い方じゃない。

 ひとりでなら尻込みしていただろう。

 でも2人なら。

 せん、いいよね?

 せんは通常運転だ。

 いや、かたさもある。

 私もできるときは助けるよ、

 声にはしなかったけれど。

 さりげなく込めた。

 行くための準備をした。探検家セットみたいなもの。ロープ、コンパス、メジャー、ナイフ、水筒諸々。サバイバルキットとのちゃんぽんだ。

 こういうのに不慣れなので、せんに任せきり。

 だって今まで行き当たりばったりのその日暮らしだったからね、キチッとしているねー、感心するする。尊敬しちゃうよ。

 つくりやまいには役に立たない、それはわかる。でも自身のつくりやまいに頼っていると、足元を掬われる事態がかなやずややってくる。

 私が今まで生き残ってこれたのは運が良かっただけ。

 考えると、これまでおもいの強さでやって来れてきたかな、はある。こころとこころのぶつかり合い、みたいな。

 もっと物理な手段、モノに訴えかけても良かった気がする。まあ、やまい発動中はそれに集中しちゃうから疎かになるのはやむなしとしても、だ。

 だからせんと出会ってモノを知ると、しっかりとした手触りのが大事に思えてくるのだった。

 私もちゃんと準備する。抜けてるところを指摘されながら。

 甲板に出て、さて、行こうとはならなかった。

 初めてなのだ、飛んでいくのは。

 しっかりとした足場のあるのとは違う。

 落ちてく合間に次へ飛ぶんだろう?

 それって恐怖以外の何者でもないぞ?

 なんで空を飛ぶじゃなかったのさ!

 はいはい、すみません、そっちも自分の位置があやふやでとっても怖いです。

 手を繋がれた。

 準備、準備と思ってる間に、

 空に出ていた。

 そうとしか書きようがない。

 驚いているとか怖がっている暇なんてない。

 次から次へ、身体が宙を舞っている。

 なんというか、落ちていはいない。

 遠くから見たら平行移動しているように見えるだろう。

 最初は戸惑ったが、慣れてくると爽快で、軽快なのだ。

 せんが勝手を知っているからか、リズム良く風景が切り替わってゆく。…雲の位置がずれてるぐらいだけど。

 始まって、ものの10秒も経っていない。

 飛空船の出入り口に立っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る