記録:エンヘドウアンナ、数学の箱

 風の複雑怪奇な吹き込みが小さなタービュランスとなりてくるくるとすぐ横でこじんまりだがキレのいい舞を見せた。髪のリボンが弾けて踊る。

 くきゅるる、とお腹の虫がなく。

 やたらめっぽうに組み合わさる天井の隙間からから光が入り込み、隠されている部分を容赦なく照らすこの場所の構造を見て、くたびれたあくびをする。

 …眠るには、苦労しそうだな。

 雲の子が4つか5つ、コガモの親子を真似てちょこちょこ、テンション高め、元気いっぱい、ステップ、ステップ、よっとっとと、コケる。

 後ろからついていく。

 ところで私は幽霊なのだけれども。

 "ある"はどこまでついてきてくれるのだろうか。

 非在のかなしみがブワッと襲ってきた。

 瞬間的に結晶化して、ひとりで閉じこもっていた。

 裏の世界にもうっちゃってた。

 裏といっても、左右対称の反転世界だ。幽霊たちがいることを除けば。

 物寂しいけれど考え込むには静かすぎていい世界だ。彼ら彼女らはやや情緒不安定だけど哲学的なのでぼやきを聞いているとなかなかの時間潰しになる。

 おもいがあっちゃこっちゃ、段差を避けたり、穴ぼこをギリギリ迂回、行けるのは限られているも、ちびちびついていくと小部屋ほどの大きさでつっかえ、そこで何かを避けるようにぐるぐる回っている。

 目の高さぐらいに浮く下着。パンツだ。

 めぐるましく色彩が移り変わっている。

 黄金に輝く間は思わず手を合わせそうになるくらい神々しい。派手だとは思うが。

 見ていると立体感が違う。見え方が一律でないのだ。どういうことだろうとぼーっとしていると、ハッと、思いついていた。

 次元が重なり合っているのだ。いや、折り畳まれている?

 ぴらぴら〜と紙切れ、描きこまれた絵画のよう。

 ありえない多面体の様相も呈している。

 いずれも肌触りは滑らか、艶やかで極上だった、ように感じた。

 履いてみたい。

 フィット感は最高だろう。

 それだけで天にも昇る幸せ感が襲ってきたが、雲の子をぐにゃりと握りつぶしてなんとか堪えた。

 どのように履こうか思案して、手では直接触れない、つくりやまいも影響を及ぼそうとしていない、この建造物はその最たる権化なのに。

 ええぃ、履きたいったら履きたいんだ!と、えいやっ、と、脱ぎ脱ぎして飛び込んだ、意識が量子ドット単位で揺さぶられた。

 境界が開け、重ね合わせと臨界点が突破される。

 ぶるんぶるんと身体がひしゃげ、左右に激しくしなった。リボンがメビウスの輪になり、プシュケーの蝶結びが花開いた。

 あまりの履き心地に脱力しかけた。

 裏の幽霊のひとりがポーズとって見せてよ、とボソッとだが念のこもった一言を発した。

 こういうのは三角をつくるんだ、足や腕に三角部分をパージし、頑張ってみた。

 ずらっと幽霊、雲の子たちに囲まれている。

 羨望の眼差しが注がれる。

 花道のアーチ。

 くぐると、落ち葉が敷き詰められていた。

 もう森は秋になっていたのだ。

 実りは雫と滴りて。

 寂寞と暮れなずむ香りを運び。

 はしゃいでひとりかくれんぼを楽しんだ。

 樹木の根のうねりに歪みを見つける。

 中は入れて、くねくねとトンネルで、出ていった先はさっきの空間とさほど変わらない。

 雲の子がよっちよっち行進していた。

 ?

 ムムムがある。

 なんだろうと、胡座をかいて時間をかけた。

 そうだ、さっきの行進だ。

 前にしていた行進と同じなのだ。

 機械のように繰り返している?

 時間が遡行している?

 確認のために前の場所へと戻る。

 グラスの時間を確認する。

 さっきの場所へと舞い戻る。

 グラスの時間が戻っているのを確認して、わかっていたが、驚いた。

 使いようがないな。

 ざっと考え巡らせてみても、使い道があり得ようがない。

 ナイショのこそこそにしてしまおう。

 そういう秘境があっていい。

 秘境で幽霊だから幽境、なんかありそう。

 ミステリの成立可能にほくそ笑んだが、ここだけにとっておこう。

 そもそも私はここに死ににきたのだ。

 幽霊だから死ねない?

 誰からも認識されず、存在の消滅を図ろうとしたのだ。

 時間は非常にゆっくりとだが、空虚へとなっていくはずだ。

 そもそも淡い恋心を抱いてしまったのが運の尽き。

 こんな少女しかいない世界で、恋は劇薬だ。

 対象が女の子しかいないんだよ、そうなるのは自然じゃない?と憤るも、高揚に浸ってそれも正義と、正当化してみる。

 別に構わない、そう言っていた。

 そう言われれば言われるほどドキドキする。

 思い浮かべるともうダメだ。

 あー、幽霊なのに気分がアガるのはこれ如何に?

 薄暗い、霧がかった先が見える。

 隅っこで雲の子がひしめき合って隣り合って、そこで小刻みに揺れていた。

 そばでは、45つつままさってタワーになってる。

 もうひとつ無理くり乗ろうとしてンググと踏ん張ったが、あっさりガラッと崩れた。

 笑いが出た。

 他の雲の子たちも、壁にぶつかっては一生懸命乗り越えられないのに向かっていってる。

 私もそうだ。

 どこまでいっても抜けられそうにない。

 幽霊は諦めてしまうとどんどんできなくなるものなのだ。

 ああ、あの子がいれば。

 その思いは狂おしいばかり、アタマがこちゃこちゃになってきた。

 目の前のくものこもこちゃこちゃで、もこもこと外面を変えている。

 変化が収まった。

 思い焦がれてきた子だ。

 そこに、キョトンとした表情で立っている。

 抱きつこうとして、ためらった。

 しょせん、ガワだけのものなんだろう?

「あなたなの?」

 彼女は例えようのない笑みを浮かべた。

 私そっくりの顔をして。

 そうなのだ。

 私が恋したのは自分ーーー

 すぐに理想のあなたに変じてゆく。

 顔が同じでない。

 どちらが好きなの?

 鼓動が大きく振れる。

 どちらも好き。

 でもどちらにもにはなれない。

 量子の重ね合わせだったならよかったのに。

 私が2人いたらよかったのに。

 だからといって雲の子を利用しても、なんの解決にもならないだろう。

 決めなければ、いけない。

 目を閉じる。

 何も考えない。

 次に目を開け、その姿のあなたを受け入れよう。

 運頼りだけれど、納得はできそうだ。

 果たして、瞳を開いた先にあったものは

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