閑話 ◯⚪︎◯もできない落ちぶれメイド (フェルside)

※ 閲覧注意(抑えているつもりだけど……)



 メイド

 主人に仕え、身の回りのお世話をする役割。


 私の家系は代々、王家や貴族に従えてきた。生まれたその時から厳格な教育を受け、主人に尽くせる優秀なメイドになれるよう躾けられてきた。


 その甲斐あって、私は優秀なメイドになった。表情や感情を操るなんて簡単なこと。

 

 今はバカッテという貴族に仕えている。主権を握る王家と遠い親戚らしい。一応王家でそこそこらしい。

 らしいというのは主人に興味がないから。

 かれこれ勤めて2年ばかりになる。気付いた時にはメイド長補佐になっていて、噂では主人の一番のお気に入りだとか。


 ……嬉しい。


 と聞かれば即答でNO。

 誰だってを見れば絶句するだろう。



 夜10時。奥様方が寝静まる中、私は主人の部屋に呼ばれた。ノックをして入れば瞬間、水音と強烈な匂い。


 目の前に広がるのは、淫乱な行為。


「おー、中々気持ちいなぁ〜」

「はぁー、バカッテ様。このメイドいいですねー」


 優雅に椅子に座り、メイドたちに異物を舐めさせるなどという下品極まりない行為をさせているのは、主人のバカッテ様。

 そして、そのご友人のハゲテール様である。ハゲテール様も屋敷に訪れてはメイドの胸や尻を触る同じセクハラ貴族。


 主人と視線が合う。手招きをされた。


「フェル。早くこちらへきなさい」

 

「ご用件が先かと」


「用件? ああ、お前はコレに参加するのは初めてか。仕方ない、説明してやろう。まずはこちらへこい」


 説明してらっしゃらないじゃないですか、という意見はご機嫌を損ねるので心にしまい、仕方なく近づく。主人と体一つ分の距離で取る。


 そもそも説明などされなくも夜な夜なの淫乱行為は知っているけど。


「おい、お前どけ。ほら、フェル。そのまま屈め」


 先ほどまでいたメイドをどかし、私に指示。仕方ないので言う通りにする。


「ふぅ、フェル。お前はそこにいてくれるだけでいいなぁ。惚れ惚れする身体つきに、いつでも微笑ましいく見守るような笑顔。加えて仕事も完璧とは……はぁ、フェルお前は最高の女だ。メイドにしておくのはもったいない」


 会うたびにそんな台詞を言われるのでさすがの私も聞き飽きたが、いつも通り表情は笑顔を作る。


 主人は機嫌良さそうにパンツを履きブツをしまったと思えば、


「ほら」


 ボロンとその汚物を私の目の前に出してきた。


「……なんの用件でしょうか?」


「しゃぶれ」


 入ってきてからそうなるとは思っていたが、ここまで直球におっしゃるとは。


 水音や生々しい音、喘ぎ声で埋め尽くされていた部屋に緊張感が走る。


 メイドたちは固唾を飲んで私の伺う。

 この屋敷の中のメイドでは1、2を争う私の決断が気になるのだろう。


 この忌々しい、気持ち悪い淫乱な行為。メイドを性処理の道具としか思ってない上の立場の遊び。


 一度やってしまったら、もうダメだろう。ここにいるメイドたちだってそうだ。最初は抵抗していたものの、主人の一度だけという誘惑に乗せられ、今では毎日お呼びがかかっている。快楽と権限から逃れられなくなっている。


 私はこちらのお世話もする予定はない。

 だから……


「主人様」


 私はとびっきりの笑みを浮かべた。

 主人も口角があがる。


 手を伸ばし。

 ……。

 ………。


「フェル? っ!?」


 裾に隠していたナイフで直立になっているブツを——切った。ぼとりと静かに分かれた部分が落ちる。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 股間を押さえ地面で悶える主人。

 周りは突然のことで唖然としている。


 所詮は金を持っているだけの人間。武力となればこちらの方が有利である。


「はッ。アガァ……おお、おい! コイツゥをォォ、どうにかしろっッ。しし、静がぁになぁ!!」


 この淫乱な行為はここにいる者にしかいない。奥様にでもバレたりしたらタダでは済まないだろう。


 主人の命令というのに、誰も動こうとしない。私が強いと分かった上での反応だ。


「ふ、フェル! 貴様どれだけ恐ろしいことをしでかしたか分かっとるのか!!」


 ハゲテール様だけは動いたようだ。


「そのような淫乱な行為は、私の業務の中には入っていませんので。主人様には口で言っても無駄かと思い、切ってしまいました。至急、一流の治癒魔法士に治してもらえばいいかと」


「あが………っっ……」


「ば、バカッテ様! フェル貴様……つまりワタシたちに反抗したのだなッ! ワタシたちが雇ってやらんとそこらへんの平民どもと同じメイドの分際でッ! ワタシたちに逆らえばどうなるかお前なら知っとるだろう!」


「ええ、知ってますよ」


 セクハラはするは、不正はすぐに他人になすりつける極悪なことをする方々と。


「おい、ハゲテール……ふう、ふぅ……」


「バカッテ様! ご無事で!」

 

 ポーションを飲んだことで、少しは痛みがひき、ろれつが回るようになったみたいだ。


、まだ解決の見通しが立たないのか?」


「い、今その話ですか!? まずはご自分のことを……」


「……いい答えろ」


「は、はひ! まだ解決してない……というかそろそろ誤魔化すのも限界かと。なすりつける人材もいませんし……」


「……ふん、ならちょうどいいのが1人できたじゃないか」


「え?」


 主人は私を指差した。


「そいつがしたことにするんだ」


「し、仕返しのつもりですか! で、ですかその程度でよろしいのですか?」


「ああ……こいつを痛めつけるよりなぁ、周りと一緒に世間の目と晒されて一家途方にくれる方がよほど仕返しになる。……ふんっ、貴様がフェラもできない落ちぼれメイドだったのは、ガッカリだよ」


「余計な技術は身につけないようにしていますから」


「フェル! なんだその口の聞き方は!」


「落ちつけハゲテール。俺は心が広い。フェルのいう通り、一流の治癒魔法士なら損失した部分の再生など簡単なことだ。……フェル、さっさと俺の前から、この屋敷から立ち去れ」


 その場は意外とあっさり済んだ。

 その場は。

 その日のうちに屋敷を出た。馬車にのり、2日ほどかけて実家に戻った。

 王家の人間が流したとあって、噂は広がるのが早い。

 

 街に到着くると、皆からの白い視線。

 家に帰ると、母親にビンタを喰らい、両親とは縁を切られた。


 元から私の事を娘としてはなく、家柄のための道具としか思っていない。


 家族にも街の皆にも見捨てられた。

 冤罪なのに、誰も私を信用しなかった。けれど、大丈夫。私は優秀なのだから。


 噂は範囲も広い。故郷も、その隣街もその隣街も私がという冤罪はあっという間に知れ渡った。


 結局、一息つけたのは海を渡って街を抜けた先にある森の中であった。


 メイド服は穴が空き、汚れて、髪もボサボサ。今の私は人生で一番見すぼらしいだろう。


「……これからどうしましょうか」


 メイドとして働くことなんてはできない。雇うほどの財力がある人間には要注意とマークされているだろう。

   

 私は優秀だからどこでも生き延びることはできる。しかし、職には就きたい……。


「メイド?」


 ふと、若い男の人の声が聞こえた。

 ここは誰も立ち入らないのに。

 見ると、細身で仮面をつけている男の人だった。


「え、なんでメイドさんが森の中にいるの?」


 私のことをまるで珍しい存在のようにぐるぐる周り観察してくる。


 やめたと思えば、次に彼は言った。


「こんなところにいたら危ないでしょ。うちくる?」


「……はい?」


 さっきからこの人は何を……。


「そんな捨て猫を拾うみたいな軽い感じで決めたらダメでしょう……」


 後ろからため息が聞こえたと思えば、金髪を靡かせた綺麗な女性がきた。金髪は王族や貴族に多いと言われているが……この人はその家系では違うのだろうか。


「でもここに服が汚れた状態でいるってことは絶対やばい状態でしょ。連れて帰ろうよ。そしてギルドに入れちゃおう」


「はぁ……あのねぇ。赤薔薇ローズを抜けて早々、こんな雑はギルドメンバー集めじゃ先が思いやられるわよ」


 ついには2人で言い合いを始めた。

 本当になんだろう。この方たちは。


「君だってこんなところにいるのは嫌だよね?」


「お気になさらずに。私は大丈夫ですから」


 私は優秀なメイドなのだから。

 あの屋敷に入ってすぐ、お手本とされ20人くらいは教育してきた。


 私は優秀と周囲から言われてきた。だから……


「大丈夫って……結果、大丈夫じゃなかったから今こうやってボロボロでひとりなんだよね?」


「っ……」


 容赦ない言葉が突き刺さる。


「……貴方も直球なのですね」


「?」


 ……私は優秀でいたかっただけ。

 いくら優秀でも権利には勝てなかった事実を認めたくなかった。こんなにもあっさり人の信用がひっくり返るなんて思いたくなかった。所詮武力は権利という名の絶対暴力な前には何もできない。


 私は……ただの人間。今はそれ以下だ。

 

「クロウ、今のは私も言い過ぎかと思うわよ」


「え、あ、ごめん……。じゃあせめてうちにきてよ。お詫びにご飯ご馳走するよ」


「まだ連れて帰るの諦めてなかったのね。それをするなら、まずはちゃんとした人か確かめるのが先で——」


「それでお願いします」


 お2人のとぼけた声が響く。 

 縋れる人がいるなら、縋ろう。この時の私はそれほど弱体化していたらしい。


「私はフェル・ソールズと申します。よろしくお願いしますね」


 私は金髪の女性の方に手を差し握手を求めた。


「あれ? 僕が先に提案したのに?」


 表情は仮面でよく分からないが、彼にも一言言おう。


「どうやら私と貴方とは初対面ですが相性が悪いと感じました」


「ほう。つまり僕のことが早くも嫌いになったってこと?」


「直球な意見で申し訳ありません」


 私は笑みを浮かべた。


 その後、フェルがクロウを崇拝するまで、1ヶ月も掛からなかった。




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