閑話 両親を暗殺され、存在が消された貴族 (ルルシーラside)
ルルシーラ・ナイツは子供の頃から優秀だった。
何をさせてもすぐに覚え、それに見合う振る舞いをしていた。
冷静沈着、高嶺の花。
雪のように白い肌、金色の癖のないロングヘア。
顔立ちは非常に整っており、形のいい小顔も相まってまるで人形のようだ。
くりっとした大きな瞳は茜色で、目を見開いて頬を緩めれば大変可愛らしい表情が見られるだろう。
その頃、ナイツ家は社交会でもかなり有名だった。
そんなある日。
父親の部屋を訪れたルルシーラは妙な異変を感じた。
どんよりした空気に、中からは微かに物音。
いつも通り、ノックをする。
返事はない。
「お父様……?」
ルルシーラはゆっくりと扉を開いた。瞬間、むせるような血の臭いに思わず口元をふさぐ。
そして……目の前の凄惨な景色に絶望した。
「っ、お父様! お母様!」
悲痛な叫び。
部屋は至る所に血が飛び散っていた。
父親は机に力尽きたように俯っ伏している。
ぽったりと大きな血塊が、机の上の封筒のまん中に落ち、飛沫がその周囲に霧のように広がる。
床に倒れ込んでいる母親の背中には剣が刺してあった。ドアの方に移動しようとしたのか、血が帯のように流れている。
もしかして私の元に逃げてと伝えようと……
血の具合からしてまだ遠くには行ってないだろうと思ったルルシーラは急いで窓の外を見る。
黒いジャケットにブーツを履いた仮面の集団が闇に消えた。
再び部屋を見渡し、絶望。膝から崩れ落ち、叫ぶ。
「お父様お母様……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それからルルシーラは父親の事業の失敗による膨大な借金の存在を知ることになる。もちろん冤罪だ。
借金のカタとして財産全てを借金取りに奪われ、1人貧乏平民同然の暮らしを強いられていた。
そして、いつしかナイツ家が貴族だったことはなかったように日常は進んでいた。
「っ……っ……」
ルルシーラはその日、四畳半のボロ部屋で震え上がっていた。
殺気立った黒衣の男たちに家の周りを包囲されていたから。
彼らは両親を暗殺した仮面集団だ。
ローブの隙間から見えたロザリオをよく覚えている。
このままでは自分も殺されてしまう。
「でも、そう簡単に捕まらないわよ……」
ルルシーラは敷いてあるマットを捲ると、万が一のための逃げ道である、地下通路の扉を開けた。
ドンドンと乱暴に叩かれるドアの音を聞き流し、入る。地下といっても繋がっているのは下水道。
濁った水が隣を流れる中、人1人が倒れる道幅を小走りで駆けるルルシーラ。
じめじめした空間。生臭い匂い。
地上に出た時は「ぷはぁ」と地下の息苦しさを吐き出した。
街に出たものの、人は私を避けて過ぎる。臭うのだろう。
頼るすべもなく、道半ばで野宿することを決めた。
ルルシーラは路地裏でうずくまる。
「……どうしてこんな目に」
両親を暗殺され、自分まで命の危機。
思わず涙が溢れ出る。
一筋の涙が頬をつたい、慌ててゴシゴシと服の袖で目を拭う。
「……泣かない。もう、泣かない……泣いたって戻ってこないんだから」
ポツ、ポツポツ
そんなルルシーラの顔に水滴が。
空から降ってきた雨だ。
横を見ると、皆、駆け足で通り過ぎていく。
帰る家がある。家族や仲間がいる。
……私には何もない。
何もかも濡らすまで、雨がいつまでも降り続く。
……このまま衰弱して死んだ方が幸せなのかな。
そう思うほど、落ち込んでいた時、足音が近づいてきた。
「……まさか追手ッ」
傍に置いてあったガラスの破片を握る。こんなもの、なんの武器にもならないが。
そして……
「こんなところで何してるの?」
足音の正体が現れた。
仮面を付けた少年。ローブを身に纏っている。
「アイツらの手先なのねッ!」
「うおっ、ちょっと待って待って!」
ルルシーラはガラスの破片を振りかざしたが、あっさり躱された。
「危なかった……落ち着いて。僕はただの冒険者だよ」
「嘘ばっかり! お父様とお母様を返して!」
「ええ……」
泣きながらポカポカと叩いてくるルルシーラに仮面の少年は苦笑を浮かべる。
——これがクロウとルルシーラの出会い。
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