第24話 魔法のお肉やわやわステーキ


 冷蔵庫から取り出したるは……玉ねぎ漬けのステーキ肉ー!


 人数分あるので大きめのボールで山盛り三個分位はあります。騎士達の人数は正確には分からないけど、ここだけじゃなく部隊ごとに宿舎がある。しかも討伐行ってたりで入れ代わり立ち代わりだから全員居なかったりする。

 ちなみにここは基本団長さんの部隊だから30人前くらいは作らなきゃならない。なので必然的に多くなる。

 ライオネルはまた別の宿舎の部隊担当で基本はそこで食べるんだけど、副団長なのでこの宿舎の食堂へも時々見回りで来るみたい。


 だからカレースープの時にライオネルが来たのか、と納得した。


「これが、ステーキ肉……なのか?」

「そうだよ!何の肉かは知らないけど、これであの硬い肉が柔らかくなるんだよー?」

「肉とは固いものでは?」

「そうそう、焼いたら固くなっちゃうんだよ?」


 わらわらと三人組が集まってきては有り得ないとばかりに言う。

 

「今回も、かがく、というものですか?」


 ルーは私が突拍子も無いことをやり出したら化学と思っているみたいだ。

 まあ、実際そうだけどね!


「そうだね、これは化学。お肉はタンパク質だから、それを分解する酵素が入ってる玉ねぎに長時間マリネすることによって柔らかくなる……て言う理屈だよ」

「マリネとはなんですか?」

「マリネってのは漬け込むって意味!」


 今回は基本のシャリアピンステーキを作ろうと思う。玉ねぎにニンニクを混ぜたものに漬け込んでからバターで肉を焼いておく。

 焦げないように漬け込んで置いた玉ねぎはなるべく取り除いてから焼くのがポイント。


 他にもタンパク質分解酵素が入ってるパイナップル、キウイ、イチヂク……などの果物でも柔らかくなるし、キノコでも柔らかくはなるけど、お昼に玉ねぎ切ったついでなのとまずは基本のものを作りたかった。


 お肉を焼いたらそのまま使ったフライパンに漬け込み液(マリネにつかった玉ねぎ)を煮詰める。この時に赤ワイン、隠し味のみりん……砂糖でもいいんだけど、りんご酢で更に香りと旨みを加えようと言う魂胆だ。

 ある程度アルコールが飛んだら塩コショウで味を整えて完成!


 添える野菜は適当に、人参と緑色の豆にした。多分、この緑色の豆はグリーンピースかな?という味だ。聞き取れない名前を言われたからちょっと不安だったけど、美味しかったからおっけーです!


 そして蒸かした芋とサラダを付ければ今日のメニューが出来あがり。


「ね?準備さえしてれば後は簡単でしょ?」

「うわー!いつもの半分の時間で出来上がっちゃいました!」

「騎士達が来るまで時間あるし、先に食べちゃおうか!」


 ルーが感動したとばかりに喜んでいますがズボラ料理なのでね。焼くだけ茹でるだけ切るだけ混ぜるだけのオンパレードでーす。


 今日も色々あったし戦争になる前に五人で先に夕食を食べることにした。


「コレが、本当にいつものステーキ肉なのか!?」

「中までちゃんと火が通ってるのに硬くないです!」

「ソースも甘辛くっておいっしーい!」


 先にステーキ肉を食べた三人組がナイフを入れてびっくりしている。

 そりゃそうだ、この前食べたステーキ肉は筋張ってて焼き過ぎて硬くて顎が破壊されるかと思ったからね。

 あれが普通ならこのステーキ肉は彼等にとってやわやわのやわであろう!


 シャリアピンステーキの由来はシャリアピンというオペラ歌手が歯が痛くて柔らかいものを食べたい、と日本のシェフにお願いして作られた、日本生まれのソースなのだ。


 基本の作り方はこの世界にあるもので作れるからいいけど、醤油があればもっと美味しくなっていたと思う。


 幸い豆はあるのは確認したのでいつか作りたい、醤油……!

 まあ、醤油作りたきゃその前に味噌なんだけどね!

 新鮮な魚があれば魚醤がつくれる。

 そうだ、ここには肉が大量にあったはず。肉醤が作れるじゃないか!


 そうと決まれば肉醤作りをしなければ。


 私が未来を想像してにやけていると、ルーが訝しげにこちらを見ていた。

 いけない、妄想の世界にトリップしていた。


「昼の残りのサワークリームも、ドレッシングに再利用して無駄がありませんね」

「酸っぱいのに後味がこってりで……ぼくこのドレッシングだぁいすき」


 ルーがサラダを一口食べて、ニコニコしながらの食リポです。ふむ、野菜が好きなんだな……ルーは。

 そしてマヨラー……もとい、ポールのお口にもあったようでもりもり野菜を食べている。

(が、ドレッシングは多め)

 

 そう、サワークリームは攻めすぎた味だからなのか好き嫌いが出たので少し余ったのだ。

 なので、牛乳で伸ばしてマヨネーズと粉チーズ、コショウを足してシーザーサラダドレッシングもどきにしてみた。


 ニンニクは肉に入ってるのでこっちにはニンニクは入れてない。


 シャリアピンステーキのソースは甘辛なので、サラダはこってりの味にしてバランスをとってみた。甘辛酸っぱい、完璧な味のバランスだ!


「これぞ、回し!おばあの知恵さ!」

「ケイ様のおばあってすげえんだな!」


 残り物をいかにして余すことなく使い切るか、これは主婦の知恵、そして回しの術。

 ……なんて大袈裟にいって、もったいないからやってる事だけど、キャンプをしていて荷物をいかに減らすか、残さないかは本当に大事なのだ。

 言わばこれは生活の知恵だ。

 もったいないという日本人の心から生まれたものだと思う。私は祖母から、そしてお母さんから教えてもらった手抜き術と回し術。


 それでもちゃんと出来るので満足している。


 私的にはこのメニューならご飯が食べたい所だけど、騎士達は夜はワインなどをガバガバのむのでガッツリ系やおつまみ系などのハッキリした味が喜ばれるそうだ。

 このメニューで正解、と言われたので良しとする!


 あらかた食べ終わり、そろそろ騎士達が来る時間。


「ケイ様……団長様の分は運ばれますか?」


 ルーがおずおずと聞いてきた。

 さっきの事もあるからだろう、気を回してくれたんだね。


 でも、私の答えは決まっている。


「もちろん!」



*****************



 ノックは三回。

 一呼吸置いたあとに一声かける。

 これは面接で基本だと習った。今、こんな所でも通用するので習ってて損は無かったな。


「団長さん、夜ご飯持ってきました」


 居るだろうか?

 お昼は顔を見せなかったから、夜も居ないかもしれない。

 ドキドキしつつ待っていれば、しばらくした後、扉がそっと開いて団長さんが顔を出した。風呂上がりなのか微かに髪がしっとりとして石鹸の匂いがする。


「ケイ様……わざわざ運んできてくれたのですか?」

「はい、役割なので」

「……まさか、お昼も……?」

「そうですよ?団長さん、いらっしゃらなかったですけど」

「そうでしたか……知っていれば部屋にいたものの……すみません」


 申し訳無さそうに謝る団長さん。

 ……まあ、この言葉は嘘だとわかるけど、スルーです。


 本当に知らなかったら部屋にいたと思うし、お皿下げさせた騎士に私へ言伝お願いしてたはず。

それがなかったということは、わざとだと分かっている。

 そして今いる理由だって私は知っている。


「今日の晩御飯、絶対食べてくださいね!びっくりしますよー?それにワインもつけときましたから楽しんでくださいね。それじゃ」


 夜遅くなので、要件だけ言って部屋には入らない。騎士のなんちゃら的なやつですし、私も一応そういうのわかってますからね。

 言いたいことは伝えたので、半ば押付けるように夕食のお盆を渡して去ろうとした。

 ……が、団長さんと目が合った。

 相変わらず緑色の瞳が綺麗だと思う。


「ケイ様」

「なんですか?」


 お盆を持ったまま、団長さんが真剣な顔で私を呼び止めて見つめる。

 私は作り笑いもしないし、愛想笑いもしない、普段通りに返事をする。


 団長さんは、私を見つめる視線は逸らさず、上手く言葉に出来ないのか、何か言いかけては口を噤んで、もどかしげに唇を噛み締めている。

 

 そんな団長さんに、あえて私からは何も言わず、結構な時間黙って待っていた。

 この人が言いたいことなど、手に取るようにわかる。そしてきっと言い難い事なのだと思うけど、私は意地悪なのでこっちからは聞いてやらない。

 それが、私の意地でもあった。


 私の態度に何かを察した団長さんは、参ったとばかりに溜め息をついて困り顔なのに誤魔化して笑った。


「……貴女は、お優しいのですね」


 団長さんはそれだけ言って、後は視線を逸らす。


「そうですかね?自分では意地悪と思いますけど。でも、そうですね……一つだけ言うなら、私、まだここに来て日も浅いですし何も知りませんから」

「ええ、そうですね……無理を押し付けてるのは私の方でしょう」


 何かを期待していたのか、私の返答に団長さんの瞳が曇る。

 ……仕方ないなあ。そんなふうにされては甘やかしちゃいたくなるではないか。信用も信頼もしていないのでは無い。むしろ感謝しかしていないのだ。だから、少しだけ優しくなろうと思った。


「……でも私、動物は死ぬほど好きですし特に気にしない性格なんですよね。あと、駆け引きはそんなに好きじゃないので」


 私から言えることはこれだけだ。

 後は団長さんが噛み砕いて理解するだろう。


 私の言葉に思ってもみなかったのか、団長さんは面食らったような表情のまま黙ってしまった。言いたいことは言った。後は団長さんがどうしたいかだけ。


 固まってしまった団長さんは放っておいて、おやすみの挨拶をし、その場を去った。



 ――その夜、どこか遠くで、微かだけれど獣の遠吠えを、私は遠くに聞いた気がした。




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