知らなかった感情


 ーー綾香ーー


 宅配便を受け取って自分の部屋に持っていく。差出人はお母さんの名前だけど……多分送ったのはメイドさんだよね?


 そして入っているのは衣装だろう。ハロウィン用の頼んでいたものが完成して送ってきたのだと思う。


「さて、どんなのかな〜」


 布面積は予定通りなら水着ぐらいだけどほかの装飾でそこそこ隠れるようになっている。脱ぐとおおっ、ってなる感じになっているはずだ。


 はずだった。


「……ん?」


 取り出して広げてみると出てきたのはほぼ紐の布。イメージはスリングショットの水着とかのやつ。完全にアウトなやつ。


「……んん?」


 いまいち状況が理解出来ず私は更に箱の中を漁る。すると一応角とか尻尾とか羽根が出てきた。けど私が頼んだはずの衣装らしきものは見当たらない。


 底に1枚の紙を見つけそれを手に取り目を通す。


「えっと……」


 内容は略すと綾香様のお母様に衣装を頼まれたのでそちらを制作しました。また本来綾香様が想定している衣装と違うことは一目でわかったので箱の中に私の想像で作った衣装を入れて起きます。追伸:ちょっと遊んで二重底にしました。


 私は急いで箱の中を確認してそれを見つける。そしてそれは私がママに頼んでいたものとほぼ同じ物が入っていた。


「メイドさんこれ想像で作ったの……?」


 後で電話しとこう。それとお爺さんに何かお礼をして貰っとこう。ついでにママにはお説教だ。


 ママのふざけたものではない本来の衣装を試着してみる。羽根や尻尾、角も付けて鏡の前でくるくる回ったりして確認する。


「これ……すっごい肌触りとかいい……」


 変に動きも邪魔されないし完璧と言っていいだろう。それに程よいえろさを醸し出していて完璧に理想通りだ。


「ママのも着てみる……?い、一応ね?」


 今着ているものを脱いで完全にアブナイ衣装を着てみる。


 上も下もほぼ紐のそれは先程のちょっとえっちなんかな雰囲気ではなく完全に痴女のそれだ。仮に下着だとしても役にならないしそういうことをする用と考えた方がいいかもしれない。


「私ってこう見るとすっごいえっちな身体してるね……」


 衣装のせいか、変なテンションのせいか思考が完全にピンクに染まっている。


 その時だった、部屋のドアがコンコンとノックされる。


「綾香ー」

「ひゃい!?」

「風呂空いたぞ、入るならどうぞ」

「う、うん」


 変な声で返事をしたが冬夜くんは気にしなかったようでそのまま離れていく。


 とりあえず着替えようと衣装を脱ぐ。すぐにでもお風呂に入りたい。


「この衣装脱ぐのは楽だね」


 なんせ紐外すだけでいいし、なんてことを考えていたら再び部屋のドアがノックされる。


「ごめん、ちょっと入るぞ?」

「え?ちょっと!まって!」

「……え?」


 部屋のドアがほんの少しだけ開いて止まる。


「もしかしてなんかしてたか……?」

「えっと……今裸だから……入られると……だめです……」

「っ!すまん!出直す!」


 バタン!と勢いよくドアがしまって足音が遠ざかる。今度はリビングまで戻ったようで少ししても戻ってくる気配は無かった。


 それでも私は動くことが出来ず裸のまま床にへたりこんでいた。


「……まだドキドキしてる」


 胸に当てたままの手のひらに心臓のバクバクという音が伝わってくる。


 自分の気持ちも整理できてくるとちょっとだけ興奮してしまっている事に気づいてしまう。


 初めて今の私の裸が見られるかもしれない、説明のつかない感情が興奮となって私の中をぐるぐると巡る。


 ただでさえ私の誕生日に一線を超える約束をしたばっかりなのにこれはダメだ。


 ふらふらとベットに倒れ込む。支えのない胸が一瞬弾み重力に逆らうことなく形を変える。


「これ……ヤバいかも」


 考えれば考えるほどどんどんと堕ちていく。こんな感情を知ってしまったらきっと今までみたいに誘惑なんて出来ない。だってこれは、これだけはどうにも出来ないのだから。


「お風呂いこ」


 部屋着をズボッと被り着替えを持って部屋を出る。それからボーッとしたまま私はお風呂を済ませた。



 ーー冬夜ーー



 今裸だから……その言葉がずっと頭の中で回っている。綾香が何をしていたかは知らない。


 扉を開けた先に裸の綾香がいる。その事実が俺を惑わせていた。


 爺さんの屋敷で風呂に入ったとき、一緒に寝た時に視覚で確認することはなくとも感触を味わうことはあった。


 けどその時は大丈夫だった。なんというか意識が逸れていたのだ。


 でも今は何もかも状況が違う。一線を超える約束をしたこと、綾香がそれまで本気で誘ってくること、そういったことを意識していて、それが俺に毒となって蝕んでくる。


「……不味いな」


 きっと綾香も同じようになっているだろう。


 これは知っちゃダメなものだったかもしれない。知らない方がよかったものだ。


 この説明のつかない感情は、俺たちの関係を一気に進展させるもので、そして深い深い穴に堕ちていく。


 それが必要なことだと知ってもきっともう戻れない。それを意識してしまったらもう引き返せない。


 本物を知るまでこれはずっと俺たちを蝕む。


「飯作るか……」


 俺は無心で晩ご飯を作り始めた。一旦全てを後回しにして逃げるように。

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