バイトが決まったり進路が見えたり


 ーー綾香ーー


「はい、綾香」

「ありがと」


 なんてことない平日、学校の一幕。私は桜から水族館のチケットを貰う。先日の作戦会議で思いついた、というより提案されたことでこれを貰うことが出来た。


「今度桜にはなにか奢るね」

「バイトもしてないくせに?」

「……お小遣いだけは沢山あるので」

「いい加減バイトしないと時間なくなるよ?」

「そうなんだけどね……」

「無理にとは言わないけど今年の初めにバイトする!っていってた人だからね、綾香は」

「うぐっ……」


 そうなのだ。今年の正月にしてた通話でも言ったし、冬夜くんとの同棲が始まった時にもそんなことを言った。ここまで宣言しておいてしないのは違う気がする……するんだけど……


「思ったより時間がないんだよね……」

「まぁ家事もしてるし仕方ないとは思うけど、それこそおにーさんに相談したら?」

「そうだね……うん、近いうちに相談するよ」

「ついでに進路も相談してきたら?」

「桜は嫌なことを思い出させる天才なの?」

「綾香のことを考えてると言って欲しいね」

「桜のいじわる」


 私が子供のようにただをこねていると先生が教室に入ってきて、続けざまにチャイムが鳴る。


 HRが始まる合図だ。ここで1度桜と別れてそれぞれ席に着く。


 ただ私の頭の中は考え事でいっぱいのままだった。主に進路のことで。






 学校も終わり家に帰る。いつものことだけど冬夜くんはまだ帰ってない。今はそのお陰で考え事が出来るけど。


「進路……かぁ……」


 正直なにも考えてないと言うのが正しい。冬夜くんが行ってた大学に通うしか決めてないし、何をするか、何をしたいかも決まってない。


 強いて言うなら専業主婦ぐらいなものだろう。けどそれで生きていけるほど甘くはない。今は冬夜くんの貯えや仕送りもあってそこそこ贅沢に生きてる。けど私が大人になる頃にはそれが安定するかわからない。


 少しでもお金を稼ぐ方が当然いいに決まってる。けど私がしたいことがなにもなくて決めあぐねているのだ。


「したいことなんて──」


 ひとつもないよ。


 そう吐き出そうとした口を無理やり閉じる。これは言っちゃダメなことだ。


 それはわかっている。けど冬夜くん関係を抜いて私がしたいことなんて本当に1つもない。


 どんどん気分が沈みこんでいるとリビングのドアが開く音がする。


「ただいまー」

「おかえり、冬夜くん」

「おう、って寝てたか?」

「ううん、ちょっとだらけてただけ」

「そっか」


 冬夜くんが帰ってきて弁当箱を洗ったりとかしているうちに私は立ち上がる。とりあえず誘いやすいものからやろうと口を開く。


「ねぇ、水族館のチケット貰ったんだけど今度いかない?」

「いいな、土日でいいなら行こうか」

「うん!イルカのショーとかあるしそれ見てたいかなー」

「後で一緒に調べようか、ショーは俺も気になるし」


 と、そこで会話が切れてしまう。普段ならそんなことないけど私の方が不自然過ぎてどうしても会話が続かない。


「んで、今日は何を悩んでいるんだ」

「へ……?」

「その感じは流石にもう慣れたぞ。悩み事だろ?ご飯の後にでも聞くよ」

「……うん」

「どした?」

「……悩んでた私が馬鹿みたい」


 はぁー、と息を吐いて気持ちを切り替える。とりあえずお風呂のお湯でも入れようと私はお風呂場に向かった。



 ーー冬夜ーー



 晩御飯も終わり2人分の飲み物を用意してソファに座る。


「それで?何を悩んでるんだ?」

「進路のことなんだけど……」

「あー……もうそういう時期か……」

「うん」

「綾香なら悩むことなんてないだろ?」

「あるよ?やりたいこととかなんにも見つからなくて、このまま進学してもいいのかなーとか」

「そんなもんは行ってから決めればいいんだよ」

「そう……かな」

「違ったら恥ずかしいけど、俺のために色々したいって思ってるんだろ?」

「……うん」


 綾香が少し頬を赤らめながらうなずく。


「それは俺も一緒だ。だから綾香のためにどんな仕事に就くかとか考えたからな」

「じゃあ今は……?」

「今はそうだな……綾香を幸せにしたい、これが一番かな」

「……そっか」


 何かストンとハマってくれたようだ。先程とは表情も一変する。


「じゃあ今1つ決めたことがあります!」

「ん?」

「私、バイトするね!」

「……それはここに来た直後に言ってなかったか?」

「うぐぅ……で、でも今日は違うよ!する場所ちゃんと探してきたもん!」

「どこだ?」


 場合によっては店の確認と通勤経路の危険は全て把握しておかなきゃだが……


「駅ナカの洋菓子店だよ」

「あそこか」

「やることは受付だし、パティシエ希望でもないからそんなに大変なことにはならないと思う……どうかな?」

「いいんじゃないか?そこなら何かあった時迎えも楽だし」

「ほんと?」

「おう。それに綾香のやりたいことを否定するつもりはないよ」

「……ありがと」


 そう言いながらトテトテと近寄ってきて隣に座る。そしてそのまま倒れて俺の太ももの上に頭を置く。


「しばらくこのままでいい?」

「ついでだから耳かきもしてあげようか」

「ん、お願い」


 それからしばらくはいつものようなキスとかのイチャイチャではなく、頭を撫でたりとかの軽めのイチャイチャをつづける。


 しばらく刺激が少なくて心配になってしまった時もあったがたまにはこういうのもいいなと再確認できた。


 さて、綾香のバイトはどうなるかな?と期待と少しの不安を抱いて今日は眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る