お家焼肉とその後


 散々問い詰められるのから逃げるようにキッチンに向かう。晩御飯は元々予定していたものがあるが春人が「食材持ってくるから焼肉にしよーぜ!」と言ってきたので今日は焼肉になった。


 久しく使ってなかったホットプレートを取り出し使えるか確認する。問題なさそうなので机に置いて今度は焼くものの準備だ。


「私も手伝うよ」

「んじゃ野菜系頼む」

「おっけー」


 綾香もエプロンを付けてきてキッチンに立つ。いつものように2人で調理していると野次が飛んでくる。


「もう夫婦だな」

「4ヶ月も一緒に暮らしてるしな」

「まだ4ヶ月なのかよ」


 確かにまだ4ヶ月のほうが正しいか。あまりにも密度の濃い毎日で少し感覚が狂っているのかもしれない。


 ちらりと綾香を見ると平静を装っている風にしているが少し口元が緩みかけている。夫婦と言われるのが嬉しいのかもしれない。俺も嬉しいしその気持ちはわかるぞ。


「綾香ちゃんはほんとに高校生か?ってなるな」

「めっちゃわかる」

「だよな、普通に新妻とかの方がまだ納得できるわ」

「しょぼーん……」

「綾香は大人っぽいだけだよ」

「私はどうせ高校生じゃありませんよー」

「春人のせいだぞ」

「すみませんでした」


 綾香もこういう可愛いところあるしまだまだ子供だろう。まぁ歳上に見られるのは人によるだろうが綾香の場合は嫌なのだろう。


 肉を触っているので綾香を撫でたり出来ないのを悔やみつつとりあえず準備を進める。


「春人さんだけ肉焦がそうかな」

「肉持ってきたの俺なのに!?」

「嘘ですよ♪」

「今本気の目と声だったよ?」


 きゅるん、と言う効果音がなりそうな程綺麗に誤魔化す。肉焦がす発言は完全に本気だったのは春人には言うまい。


 ちょっとハプニング?もありながらも無事に準備は終わってホットプレートの周りに並べていく。


 ちなみに焼く係は俺と春人だ。


「それじゃ始めますかー!」

「おー!」

「おー」

「冬夜、ノリが悪いぞ」

「綾香いるから勘弁してくれ」

「あ、酒忘れてる」

「持ってくるから焼いててくれ」

「まかせろ」


 春人に肉を焼かせつつ俺は2人分の缶ビールを持ってくる。銀色のやつだ、綾香には雰囲気だけ味わって貰おうという春人の計らいでジンジャーエールがある。


「んじゃかんぱーい!」

「「乾杯!」」


 カシュッと心地よい音を鳴らして缶ビールを呷る。綾香もジンジャーエールを飲む。


 一気に半分程飲むと綾香から「おー」と声が上がる。


「なんかそんな風に飲んでる冬夜くん新鮮」

「爺さんとこじゃセーブしてたしな」

「じゃあ普通がこれなの?」

「今日は喉乾いてたし久々の焼肉だからな」

「冬夜の気持ちはわかるぞ」

「飲み会はずっとこうだったな」

「だなー。お、そろそろいけそうじゃないか?」

「1枚目は綾香が食べな」

「いいの?」

「もちろん」

「じゃあいただきまーす」


 綾香がタンを取ってレモン汁に1度付けてから頬張る。するとすぐに笑顔が浮かぶ。


「ん〜!美味し〜!」

「絵になるなぁ……」

「春人、次見とれたらデコピンな」

「独占欲強ぇな」

「下心持ってないだけ許してるよ」

「あったら?」

「金属バットかな」

「ひえっ」


 久しぶりにこの雰囲気を味わっているからか自然と気持ちも大学時代に戻っていく。


「さ、次々焼いてくぞー」

「じゃあ私次はこれ食べたいです!」

「ん、完璧に焼こう」

「任せたよ、シェフ」

「任せろ、お嬢様」


 綾香とそんなやり取りをしたり春人としょーもない話をしたり3人で盛り上がって晩御飯の時間は過ぎていった。






 焼肉が終わって春人もそろそろ帰るわーと帰って綾香と2人でリビングでごろつく。


「今日は楽しかったね」

「焼肉はやっぱりいいな」

「それもあるけど……私は、私の知らない冬夜くんが見れて嬉しかったよ」

「……そっか」

「うん、冬夜くんのことを受け入れてくれる、信頼してる友達がいてくれてなんだか嬉しかった」

「親みたいだな」

「だって私は冬夜くんの人生を狂わせちゃったから」


 机に伏して少し寂しそうに言う。ソファの上から綾香の隣に移動して頭を撫でる。


「綾香は悪い女の子だな」

「そうだよ、私は悪い子なの」

「でも俺は綾香に人生を狂わされてよかったよ」

「そうかな……」

「そうだよ、だってそのおかげで今こんなにも幸せなんだから」

「そっか……私もね、冬夜くんのこと大好きでよかった」

「ありがと。綾香」


 少し前まで騒いでいたと言うのにに湿っぽい空気になる。


「私ねずっと不安だったの」

「不安?」

「うん、冬夜くんが私の為に色んなことをする度に自分の何かを捨ててるんじゃないかって」

「ああ……そういうことか」

「だから今日冬夜くんのことを知れてよかった」

「もっと話しておけばよかったかもな」

「そうだよ、冬夜くん全然自分のこと教えてくれないもん。今日だってあんなにお酒飲むとか思ってなかったもん」

「久しぶりだったからな、つい調子に乗った結果だ」

「あれじゃいつかやろうと思ってたお酒に酔わせて色々する作戦が台無しじゃん」

「お酒強いのは言ってたはずだぞ?」

「限度があると思ってました」


 今日だけで缶ビール6缶飲みきったしな。流石に飲みすぎたから今も身体が暑くてしかたない。


「じゃあ俺は綾香を酔わせて色んなことをしようかな」

「いいの?私も強いかもよ?」

「その時は一緒に飲めばいいんじゃないかな」

「それもそうだね」

「気長に待つとするよ」

「早く大人になりたいなー」


 イチャイチャする気分でもなくただのんびり話をするだけの時間だ。けど今の俺たちにはこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。


 何もなくただ微笑みあって、なんてことない話でくすり、と笑う。


 気づけば寝ていそうなほど落ち着いた静かな部屋で俺たちの夜は更けていった。

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