看病


 ーー冬夜ーー


 家に帰った直後綾香に泣き付かれて思ったのは、俺はなにをしてるんだろうな、というものだ。


 風邪を引いた時に関わらず体調不良の時は寂しくなるし、不安がどんどん大きくなる。綾香には以前爺さんの家で心配させない、寂しい思いはさせないなんて言ったのにこのザマだから救えない。


 仕事なんて休んでしまえばよかったと後悔する、そんな事が意味を持たないと知りつつ。


「兄さん、おかえり」

「ん……春弥か。急にすまなかったな」

「いいよ、けどこれは予想してなかった」

「俺が甘かったよ。想像……いや、予想は出来たと思うんだけどな」

「仕方ないよ、明日はどうするの?」

「綾香の体調次第って思ってたけど休むよ。有給もギリギリ残ってるし」

「それがいいと思う」


 夏休みにまとめて使ってしまったがまだ数日残ってるし明日使っても問題ないだろう。今は綾香のことを優先したい。


「晩御飯は俺が作るから兄さんは綾香さんに付き添ってていいよ」

「すまん」

「これぐらい任せて。その代わりちゃんと看病してよ?」

「おう」


 綾香を抱えてベッドまで運ぶ。その後直ぐに着替えとシャワーだけ済ませ、俺は綾香が寝ているベッドの傍に椅子を置いて座る。


「はぁ……」


 自分の情けなさにため息が出る。一体なにをしているんだろうか。こんな事ではこの先もっと綾香に心配とか迷惑をかけそうだ。


「1人にさせてごめんな」


 綾香の手を握ってそう呟く。綾香は僅かに身じろいで「んぅ」と言葉を漏らすだけだ。






 気づけば20時を回っていた。俺もいつの間にか寝てしまっていたらしい。


「……春弥はまだいてくれてるのか」


 リビングから聞こえる僅かな音に感謝しつつ綾香の方を見る。泣き疲れて寝た時のような寝顔はなく今は幸せそうな顔をしている。時々寝言で俺の名前を言っているのは夢でも見ているのだろう。


 緩みきった表情から想像すると俺にとっていい夢なのかはわからないが。


「……よかった」


 思わずそう呟く。するとその声で目が覚めてしまったのか綾香の瞼が持ち上がる。


「んぅ……とうやくん?」

「おはよう、綾香」

「うん……いまなんじ?」

「夜の8時。体の調子は大丈夫そう?」

「まだちょっとだるいかも」

「そっか、ご飯は?」

「おなかはへってる」

「わかった。1回リビングまで来れるか?飲み物とかも飲みたいだろうし」

「うん」


 綾香の手を引いてリビングまで歩く。椅子に座らせて飲み物を準備して俺はお粥を作る。


 その間もなるべく綾香の視界にいるようにして、春弥にも気を使ってもらう。今日は過保護なぐらいでちょうどいいと思う。


「出来たぞ」

「ありがと〜」

「1人で食べれるか?」

「無理って言ったら食べさせてくれる?」

「特別にな」

「じゃあお願い」


 スプーンでお粥を掬い、冷ましてから綾香の方に向ける。


「あーん」

「……どうだ?」

「ん、食べやすくて美味しいよ」

「よかった」


 この調子でお粥を食べさせ終える。自分の分のご飯は春弥が作っていてくれたので料理中や綾香に食べさせている時にちょっとずつ食べた。


 春弥には申し訳ないが今日は許して欲しい。


「兄さん、俺はそろそろ帰るよ」

「送ろうか?」

「いや、1人で帰れるし大丈夫だよ」

「そっか、気をつけてな」

「弟くん、ありがとね」

「綾香さんもお大事に」


 リビングのドアが閉まって微かに玄関のドアの音も聞こえる。春弥が帰ってからは洗い物を済ませて再び綾香を部屋に送る。


「綾香、身体拭いてから寝ようか」

「それもやってくれたりする?」

「……背中だけな」

「はーい」


 身体を拭くためのタオルを持ってきて綾香に渡す。綾香が拭いている間は後ろを向いておく。


「背中おねがーい」

「わかった、そっち向くぞ」

「うん」


 綾香の方に向き直りタオルを受け取る。綾香の新雪のような真っ白な背中を丁寧に無心拭いていく。


 背中からでも見える綾香の胸とか僅かに汗ばんでて妙に色っぽいこととか気にしないようにしないとおかしくなりそうだ。


「ん、拭けたぞ」

「ありがと」

「これ片付けてくるから、薬飲んで体温測っといて」

「はーい」


 そう言い残して部屋を出る。なるべく早く片付けを済ませ、綾香の部屋に戻る。


 戻ると体温を測り終わったとこらしく綾香は体温計を見ていた。


「どうだ?」

「まだ熱はあるみたい」

「そっか、まぁゆっくり治せばいいよ」

「うん」

「それとさ……今日は一緒に寝てもいいか?」

「えっ?」

「綾香の事が心配だし、昼間は申し訳なかったから」

「もちろんだよ。私からお願いしたいぐらい」

「じゃあ隣入るぞ」

「どうぞどうぞ」


 綾香のベッドに入り完全に寝る体勢を取る。綾香の方を向いて、絶対に離さないと意思をこめて抱きしめる。


「……ねぇ、キスしてもいい?」

「いいぞ」

「ありがと……ちゅっ」


 綾香の唇が俺の唇に軽く触れる。風邪を引いているからか少し遠慮気味のキスだ。


「移したらダメだからね、これだけ」

「じゃあ俺からも」


 綾香がしたのと同じようなキスをする。1度だけではなく何回も。


「んっ……風邪移っちゃうよ?」

「綾香に貰うならいいよ」

「ふふっ……じゃあ私からもまだするね?」

「もちろん」


 何度も何度もキスを交わす。


 キスをしてイチャイチャしているとはいえお互い布団の中だ。綾香は風邪を引いているし、俺も今日は精神的な疲れがあったからか眠気が襲ってくる。


 それでも綾香より先に寝ないようにして何とか耐える。


「……すぅ……すぅ」


 少しして綾香の寝息が聞こえる。それを聞いて安心した俺の意識もあっさりと睡魔に負けて眠りに落ちた。

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