1人きりの


 --綾香ーー


 冬夜くんにわがままを言って寝させてもらってから数時間。ちょうどお昼過ぎぐらいに私は目が覚めた。ただ体調に変化はなくまだ気だるさなんかが残っている。ベットの傍に置かれているテーブルの上の体温計を使ってみれば37.5度と表示されしっかり熱があることまでわかった。


 多分風邪だとは思うけど原因は夏休みの自堕落な生活だろう。基本遅寝遅起きだったから急な生活の変化に体が追い付かなかったのかもしれない。


「はぁ……」


 思わずため息をつく。同時に頭痛もズキズキと痛みを訴えてくる。正直ベットから動く元気もない。お昼ご飯を作ってくれてた冬夜くんには申し訳ないけど薬だけ飲んで寝ようとして机に目を向けるとラップがかけられたお皿があった。乗っているのはリンゴでこれなら食べれそうだ。


 かなわないなぁ、と思いつつ私はリンゴを口に運ぶ。3つほど食べたとこで満足し薬を飲む。さらに机に置いてあった冷えピタを貼ってベットに再び潜り込む。9月に入ったとはいえ暑さが収まるわけではなくタオルケットしか被っていないが冷房のおかげもあって心地よい気分に包まれる。


 しばらく目を瞑っていたけど中々寝付けない。スマホで音楽を流してみたりしてみるけどそれでも寝れない。それどころか胸の中のモヤモヤが消えなくてどんどん不安になってくる。


「とうやくん……」


 弱々しい言葉が漏れる。それを区切りに不安と寂しさが加速していく。頭の中に浮かんでくるのは恋人のことばかりで気づけばスマホを手に取り、メッセージアプリを起動していた。


 心配のメッセージがいくつも送られて来ているのを全て無視して私は冬夜くんとのトーク画面を開く。それをまるで知っていたかのようにメッセージがシュポンと届いてくる。


 この時の私には気づけなかったことだけどちょうどお昼休みになったのだろう。連続してさらにメッセージが送られてくる。それがどうしようもなく嬉しくついにやけてしまう。


 自分の現状をどうにか送ると今度は通話がかかってくる。画面をタップして通話に出ると安心する声が耳をうつ。


『綾香、大丈夫か?』

「ん~?」

『メッセージを見る限りしんどそうだけど』

「あのね」


 恋人の心配をよそに私は回らない頭で自分のことだけを話す。


「ちょうどとうやくんのこと考えてたの」

『ん』

「そしたらね、メッセージがきてすっごく嬉しかった」

『それはよかった』


 冬夜くんは私の話に相槌をうってくれる。普通のことなのに今はそれだけで嬉しくなる。


「とうやくん、すきだよ」

『俺もだよ、綾香』

「またわがままいってもいーい?」

『いいよ』

「ねれるまでこのままでいて?」

『もちろん』

「えへへ」


 気づけば胸の中に広がっていた不安や寂しさは消え幸福感に満たされていた。



 --冬夜ーー



 綾香の寝息が聞こえてきて俺は通話を切る。なんというか色々と心臓に悪い時間だった。ほんとに早く帰ってやりたいが多分定時では帰れないし、かといって誰かに仕事を渡すのもできない。そもそも恋人のことが心配だから帰ります、なんて言えないだろう。


「それでも心配なんだよな……」


 とりあえずできる限りのことはしておこうと再びスマホを取っていくつかメッセージを送る、それから春弥にも送る。これである程度の心配事は解決できるだろう。


 一番大きな心配事が解決できていないがそれはどうしようもないので春弥になんとかしてもらおうと決めて俺は仕事場に戻った。





 いつもなら帰っている時間だが案の定仕事が残っている俺は残業スタートだ。


「先輩大丈夫っすか」

「俺が?」

「ええ、なんか急いでる風に見えますけど」

「そうか?特に問題なんかはないんだが」

「俺が代わりましょうか」

「そういうわけにはいかないだろ」

「相変わらず変なとこで真面目っすね」


 和泉の提案は正直すごくありがたいがそれを受けるわけにはいかない。俺の心配は私情なんだしそれで仕事を疎かにするなんて絶対にしたくない。


「はぁ……」

「なんで和泉がため息をつくんだ」

「ほんとめんどくさい人だなって」

「そうだな。で、なんで俺の分を勝手に取ってるんだ」

「先輩がそんな顔してるの初めて見るんすよ。だから勝手にやってるだけです」

「お前な……いや、ありがとう。だな」

「今度昼飯奢ってくださいね」

「お安い御用だ」


 こうして和泉のおかげもあり俺は予定より早く職場を出ることができた。



 --綾香ーー



 目が覚めたら部屋は薄暗くなっていた。時計を見れば18時を表示している。リビングからはかすかに生活音が聞こえる。冬夜くんが帰ってきてるんだ、と舞い上がって幾分か復活した体でリビングに向かう。


 リビングのドアをあけ、冬夜くんだと思って声をかけようとした人物が冬夜くんではなかった。いたのはその弟の春弥くんで私はその場にへたり込む。


「綾香さん、起きたんですね。体調はどうですか?」


 春弥くんの言葉は私の耳を通過していくだけでそれを理解することはない。


 いつもなら帰っているはずの冬夜くんがいない。今日なんて絶対いるはずなのにいない。その事実が弱った私の思考を全て奪っていた。


「とうやくんは……?」

「兄さんならまだ仕事だと思うけど」


 それはかろうじて理解する。仕事?なんで。なんでいないの。なんで帰ってないの。普段なら簡単に気づけることにも気づけなくていつのまにか私の頬を涙が伝っていた。


 そして不調を訴える体を無視して私は玄関へと歩く。


「ちょっ!綾香さん!?」


 誰かの慌てた声がする。壁に手をつきゆっくりと歩く私の頭はもはやなにも考えていなかった。あるのは冬夜くんのことだけ。


「とうやくん……どこ?」


 そう呟いた瞬間、今度は玄関から慌ただしい音が聞こえる。


「綾香!」


 玄関から入ってきたその人は靴を脱ぎ捨てバックも投げ捨てて私のもとに駆け寄ってくる。


「とうや……くん?」

「そうだよ、ただいま綾香」


 言葉がでない、この時を待ち望んでいたはずなのにずっと思考がぐるぐるしてまとまらない。


 そして私は冬夜くんに抱きついたまま泣き始めてしまった。


「綾香?」

「さみしかった、こわかった。とうやくんがもうかえってこないとおもった」

「ごめんな」

「ばか、とうやくんのばかばかばか」


 冬夜くんはなんにも悪くないのに一方的に攻め立ててしまう。


 そんな私を冬夜くんは泣き止むまでずっと抱きしめて慰めてくれた。


 私が泣き疲れた赤子のように眠ってしまうまで。

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