花火
神社の階段を登り、境内を奥へと進む。少しすると開けた場所が見えてくる。周囲には柵と簡単なベンチがあるだけのスペースだが花火を見るには絶好の場所だ。
「ここならよく見えるね」
「私もよく見える」
「そこのベンチに座って少し待とうか」
軽くベンチの上を拭いて3人で座る。翡翠が足をぷらぷらと揺らしながら花火を待つ。そう言えば翡翠はこういう祭りとか行ったことあるんだろうか。
「翡翠は打ち上げ花火は見たことあるか?」
「ちょっとだけある」
「へぇー」
「おじいちゃんがやってた」
「あぁ……」
爺さんならやりかねないなと納得する。ただ打ち上げ花火をやるなら近所なんかにはどうやって説明したのだろうか。突然あげたら驚かれるだろうし。そう言えば音の出ない打ち上げ花火とかあったような気がする。それを上げたのだろうか。
「あ、もうすぐ始まるみたいだよ」
微かに聞こえてくるスピーカーの音で花火がもうすぐ始まるのがわかる。
花火が上がる直前になって喧騒がだんだんと遠のいていく。そして誰もが空を見て静かになった所で花火が上がる。
ひゅ〜と音を立てて上がり、夜空に大輪の花を咲かせる。その一発を区切りにどんどんと花火が上がる。
「……きれい」
翡翠の声が聞こえる。反射的に漏れてしまったのだろう。それぐらい綺麗な花火だ。
こっそりと綾香と目を合わせて笑う。そして翡翠に見つからないように後ろで手を絡ませる。
翡翠が椅子から立ち上がって花火を見始める。遠くに行かないとは思うが目にはかけとかないといけないだろう。
すると手を握る力が少し強くなる。翡翠がいなくなった空間を詰めてきて綾香の顔が近くなる。何がしたいかを察した俺はゆっくりと顔を近づけて口付けをする。
花火を背景に俺たちは今日1日消化不良だったお互いへの気持ちを消化していく。
俺たちは最後以外花火なんてそっちのけでイチャイチャしてしまっていた。
「花火すごかった」
「よかったな」
「冬夜お兄ちゃんもよかった?」
「おう、去年までとは違ってすげぇよかったよ」
「去年はダメだったの?」
「そういうわけじゃないけどな……まぁいずれわかるよ」
「ふーん……」
3人で手を繋いで家に帰る。どの花火がよかったとか、凄かったとかを翡翠から沢山聞いて俺たちがどれだけイチャついていたかを自覚させられる。綾香はちょっと頬が紅くなっている。
翡翠は今は花火の興奮が冷めていないが家に帰ったらきっと疲れて寝ちゃうんだろうなと思う。数時間とは言えかなり歩いたし、翡翠自身の感情も大きく揺さぶられただろう。
それに慣れない人との会話も沢山した。それがいい方向に向かってくれるといいなと願う。
しばらくして家に着いてとりあえずお風呂のお湯を入れる。その間はとりあえず浴衣から着替える時間だ。
と言っても俺はすぐに終わるので簡単なおつまみ的なものを作って微妙に空いている腹を満たす。酒は飲んでいない。
「冬夜くん、ちょっといいかな」
「どした?」
着替えが終わった綾香が来て俺を呼ぶ。
「翡翠ちゃん寝ちゃったみたいで……お風呂どうしよ?」
「翡翠は起きるの遅いだろうしシャワーだけ頼んでいいか?」
「わかった」
「すまんな」
「これぐらい任せて」
綾香が半分ぐらい寝たままの翡翠を連れて風呂場に向う。無理やり起こすのは気が引けるが風呂に入ってから寝て欲しいからな。
俺はやることが無くなってなんとなくスマホを開く。するといくつかメッセージが来ていた。和泉からと若葉さんから。後は桜ちゃんから。どれも花火の時なにしてたんですか?みたいなからかい混じりのものだったが。
「ん……動画?」
桜ちゃんからはそれとは別に動画が送られて来ていた。中身は花火の動画らしく最初から最後まで綺麗に映っている。
続くメッセージには綾香とイチャイチャしてて見れてなかったと思うので、と書かれているので色々お見通しだったらしい。
というか桜ちゃんも彼氏がいたと思うけど一緒にいなくてよかったのだろうか。俺が気にすることでもないか、と意識を花火の動画に持っていく。
それを見終わって色んな動画漁っていると綾香がお風呂から上がってきた。
「翡翠ちゃんはもう寝かしたよ」
「ありがと」
「それと、私の髪乾かして貰ってもいい?」
「いいぞ」
ドライヤーを手に取り綾香の髪を乾かしていく。相変わらず綺麗で触っていて気持ちがいい。
お互い黙ったまま静かに時間が過ぎていく。そのまま髪を乾かし終わってしまう。
「終わったぞ」
「ありがと……ふわぁ……」
「眠くなってきたか?」
「うん、ちょっとね」
「寝ててもいいぞ?」
「冬夜くんがお風呂上がるまで起きる」
「じゃあなるべく早く済ませてくるよ」
「うん……」
これは風呂上がった時には寝てそうだなと確信を抱いて俺は風呂場に向かった。
風呂から上がると案の定綾香は寝ていた。ソファのクッションを枕にしてすやすやと寝ている。
「ベッドに連れてくか」
寝ている綾香を起こさないようにそろーっと持ち上げる。それでも気づかれたのか僅かに綾香が身じろぎする。
「んぅ……とうくん?」
「起こしちゃったか?」
「ううん……えへへ」
「急にどうした」
「とうくんあったかくてきもちいい」
一切の警戒のない表情でそんなことを言わないで欲しい。ゴリゴリと削れる理性をどうにか持たせながら綾香を運ぶ。
「ねぇ、いっしょにねよ?」
「いいけどちょっと待って貰うぞ?」
「いいよ、とうくんとねれるならまつもん」
まだまだ寝ぼけているのか言葉に力がない。それに呼び方も懐かしいものになる。同棲始めた頃には何回もやってたことを思い出す。
「じゃあちょっと待っててな、あや」
綾香の額にキスを落としてベッドに寝かせる。
小動物のように丸くなって綾香はベッドに転がる。なるべく早く戻ってこようと決めて俺は部屋を出た。
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