夏祭り前日
夏祭りにいくのを決めたのはいいが俺が浴衣の着付けを知るわけもなく家に母さんを呼んでつけ方を教えて貰っていた。綾香と翡翠が。
だって俺自分のはわかるからな。綾香たちの正しい方法をしらないだけだ。なんとなくならわかるがもしそのせいで外で何かあったら大変だし念の為というやつだ。けど俺はその着付けの現場を見るわけにはいかないので1人キッチンでお昼ご飯を作っている。
「あらかた準備は終わったな」
今日は仕込みの時間があったのでビーフシチューだ。めちゃくちゃ凝って作るなら数日かけて作るのだがそんな時間は当然ないし簡単に作れるやつだ。まぁ母さんが肉を持ってきたからというのが一番の理由だけど。
「向こうは終わったかな」
そんなことを考えながら俺は仕上げにかかる。コトコトと煮込みながらボーっと鍋を見つめる。すると控えめにリビングの扉が開く。着替えが終わった翡翠が現れる。
「……翡翠、それ俺の服じゃないか?」
「うん、借りた」
「借りたって……」
翡翠は俺の服を着ているからただでさえいつもダボダボなのに今は裾が床に擦りそうなぐらいになっている。
「母さんの仕業だろ」
「うん、これ着なさいって言われた」
「楽しんでんなぁ」
「あと、綾香お姉ちゃんはもうちょっとかかるって」
「わかった」
とりあえず翡翠の分だけでもだそうかなと迷って聞いてみることにする。
「お昼はどうする?」
「みんなと食べたい」
「わかった、じゃあちょっと待とうか」
「これしよ」
「ん、いいぞ」
翡翠が出してきたのはスマホで画面には将棋のアプリが映っている。
「お手柔らかに」
「ん」
本気で手加減して欲しいなーと意味を込めて俺たちは将棋を始めた。
中盤に差し掛かった頃、リビングのドアが再び開き2人が顔を出す。けど将棋に集中している俺たちはそれに気づくことはない。
「私が代わりに仕上げてきますね」
「ありがとね、綾香ちゃん」
「いえ、このぐらいは」
「冬夜には後で言っておくわ」
「大丈夫ですよ、翡翠ちゃんと遊んでくれる方が大事ですから」
「そう?」
「はい」
綾香がキッチンに移動してエプロンを付ける。それから鍋を温め直す。
温め終わった時には勝負も終盤に差し掛かっていた。時間がないのがわかっているためお互いほぼノータイムで打っているのだ。
「はー、いつ見てもうちの息子は凄いわね」
「そうですね」
「翡翠ちゃんと打てるなんてほんと、誰が育てたのかしら?」
「おば様では?」
「まさか、私が育てたらああはならないわよ」
「断言するんですね」
「七草の血なのかしらね?」
「おじ様も凄いですもんね」
「あの人も常軌を脱してるわね」
「冬夜くんの家系は凄いな……」
「綾香ちゃんも充分凄いわよ?」
「そうですか?私なんて冬夜くんに比べたら……」
「比べる対象を変えればわかることよ」
2人が話し込み始めた所で決着がつく。
「参った」
「ん、私の勝ち」
打てる手がないと判断して降参する。
「序盤はよかったんだけどなぁ」
「ちょっと危なかった。強くなるの早すぎ」
「まだまだ……って昼ごはん」
「あ、私温めといたよ」
「ありがと、すまんな任せちゃって」
「いいよー」
「ついでに盛り付けも手伝ってくれ」
「はーい」
4人分の盛り付けを済ませてそれぞれ配膳する。それが終わって皆で挨拶をしてから食べ始める。
「……冬夜腕を上げたわね」
「母さんには敵わないけどな」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
「そりゃ息子だからな、一応」
「今日の夜は作ってあげるわ」
「父さんはいいのか」
「大丈夫でしょ、帰ってきたの私だけだし」
「呼んどいてなんだけど置いてきたのな」
「お義父さんと用事があるって言ってたしね」
「ふーん」
ふと翡翠の方を見ると目をキラキラさせながらビーフシチューを食べている。どうやらお気に入りになったらしい。綾香の方も幸せそうな表情で食べている。
「翡翠、ちょっと動くなよ」
「……ん」
口の周りを軽く拭いてあげる。沢山食べてくれるは有難いが汚すのは厳禁だ。
「もうちょっとゆっくり食べてもいいんだぞ」
「……そうする」
「おかわりもあるからな」
「うん」
そんな会話をしていると目線が2つこちらに来ているのがわかる。
「なんでそんな目を」
「家族みたいだなーって」
「完全に娘を持ったパパね」
「そんなことないだろ」
「今の冬夜くんはそうだったよ」
「ええ、なんだか懐かしさを覚えたわ」
「……それを言うなら綾香だって」
「私?」
「昨日の風呂上がりとか完全にお母さんだったぞ」
「そうかなぁ?」
「そうだぞ、動画もあるし見るか?」
「いつ撮ったの!?」
「昨日普通に」
「ちょっ、絶対消してよ!?」
「えー、翡翠の思い出用なのに?」
「くっ……翡翠ちゃんを出すのは卑怯だよ……!せめて検閲はさせて」
「仕方ないな」
俺は動画を再生して綾香に見せる。動画が昨日の風呂上がりの2人の一幕で綾香が丁寧に翡翠の髪を乾かして、その後ちょっと遊んでいるとこまで映っている。
「あー、うー……」
「どうした?」
「翡翠ちゃんが可愛い」
「それは同感」
気づけば2人の世界に入ってしまっている。
「やっぱりまだまだカップルね、2人は」
「私、除け者?」
「そんな事ないわよ、あの2人が若いだけよ」
「ん」
昼ごはんの後2人で翡翠と遊んだのは言うまでもない。
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