私ダメになっちゃった


「冬夜くんがいないとだめな身体になっちゃった」


 何かしらの問題があることは察していたしある程度は予想して対応を考えていたがこれは予想も何もしていなかった。


「なにがあったんだ?」


 とりあえず事情を聞くことにする。答えを出すのは当然それからだ。


「今日午前中ずっと1人だったの」

「そうなのか?」

「うん、翡翠ちゃんは考え事があるらしいしお母さん達は買い物に行ったし……」

「俺は勝負してたし」

「それは仕方ないことだからいいんだけどね、それで1人になって私はなんにもできなかったの」

「そんなことはないだろ」

「ううん、冬夜くんと一緒に暮らし始めてどれだけ冬夜くんが気を使ってくれているかを今日知った」

「……」

「私が寂しくないように、ずっと楽しくいれるようにしてくれていることを今日知った」


 綾香のその言葉の重みに何も言い返せなくなる。


「知らないうちにそれに甘えてた私は今日1人になったらなにもできなくなってることに気づいたの」

「そっか」

「うん……ねぇ、これっていいことなのかな?それとも……」

「大丈夫、綾香が心配することじゃないよ」

「でも……」

「それは俺が綾香のことをきちんと考えてるって証明だから」

「けど、私は……」

「うん、それで綾香がダメになるようじゃ俺が悪かったってだけ。これから変えていけばいい」

「それでいいの?」

「もちろん俺にも責任があるからな。綾香をダメにした責任が」


 抱きしめていた手を頭に回して優しく撫でてやる。すると少しずつ呼吸が落ち着いて力が抜けていくのがわかる。


「それでも綾香がだめだっていうならまたこうやって甘えてくれればいい」

「……うん」

「その時はだめだめになるまで甘やかしてあげるから」

「うん……!」


 綾香の抱きしめる手がより強く巻かれる。それに答えるように俺も再び綾香の背に手を回す。


「えへへ……冬夜くん暖かい……」

「夏だし暑くないか?」

「そんなことないよ、冬夜くんとなら灼熱だろうと極寒だろうと楽しくいれるよ」

「例えだとしても俺が耐えれる気がしないな」

「むぅ……冬夜くんは私のために頑張るの」

「わかったよ、お姫様」

「うむ、くるしゅうない」


 先程までの重々しい空気は消えて徐々に甘い空気に変わっていく。


「ねぇ、今なら誰のじゃまも入らないし……たくさんイチャイチャしたいな」

「綾香が望むだけしてあげる」

「じゃあ優しくお願いね?」


 クルリと身体を転がして自分が下になるように体勢を変える。こんなことをされたら簡単に襲ってしまいそうだ。その欲望をどうにか理性で抑えつつ俺は綾香を堪能しつくし、ドロドロに溶けていった。






「ん……」


 目を開けると完全な暗闇の中だった。昼間のカーテンを閉めていても僅かに光があった時とは違い完全な暗闇である。


 それになんだか体になにかがのしかかっているようでうまく動けない。これが金縛りというやつか……とちからを抜いた時「すぅ、すぅ」と規則正しい寝息が聞こえる。


 そこでようやく寝起きの思考が追い付いたのか現状を正確に理解し始める。それから少しして暗闇に目が慣れてきて情報が入ってきた。


「やっぱり綾香か」


 俺の上に乗っていて金縛りと勘違いした原因は綾香だった。


「綾香だったじゃねぇ!?」


 納得したような気がしたがなんでこうなった!?と内心で焦りまくる。とりあえず自分が服を着ていることを確認する。よし、ズボンは履いてる大丈夫だ。上半身は脱げてても問題ない。綾香の格好は下着姿のままだ。まぁ脱いでたしそれは仕方ない。


 風引いたらダメだなと思ってベットの上に雑に置かれていたタオルケットをとりあえずかける。ギリギリ手の届くとこにあって助かった。


 そうこうしていると焦りも落ち着いてきて冷静になっていく。


「そういや今何時だ?」


 手を伸ばすがスマホが見つからないから部屋の時計をみる。その針が差していた時間は8時だ。


「夜の、だよなぁ……」


 とっさに思ったことが言い訳をどうしようか、だ。堂々としていればいい気もするが鍵までかけて何をしてたんだ聞かれるに決まってる。それは鍵をかけた本人にそれを弁明してもらうことにして、今はその本人を起こすべきだろう。


「綾香、起きろ」

「ん……ふわぁ……」

「起きたか?」

「……んみゅ」

「よし、とりあえず俺の上から降りてくれ」

「……やだ」

「え?」

「やだ、このままねる」

「いや、あの、綾香さん?」

「だってきもちいいもん」


 表情がしっかり見えないからどんな顔してるかわからないが多分甘え切った顔をしてるんだろうな……と想像する。そんなことをしている場合ではないが。


「……ならせめて服を着てくれ。夏とは言え風邪ひくぞ」

「きさせて」

「んじゃ1回どけるぞ」

「だめ」

「じゃあどうするんだよ」

「とうやくんのふくあるでしょ」

「実は完全に起きてるだろ」

「そんにゃことはない」

「はぁ……」


 もうどうにもできないとわかったので俺はどうにか自分の脱ぎ捨てた服を探す。それを取って綾香に声をかける。


「はい、ばんざーい」

「ん」


 子供に服を着せるようにして綾香に服を着せる。こんなとこで綾香の彼シャツを見る羽目になるとは、起きたらしっかり目に焼き付けようと心に留める。


「とうやくんにつつまれてる……」

「そりゃよかったな」

「うん……おやすみー」

「ん、おやすみ」


 すぐに綾香の寝息が聞こえてきて引っ付かれている俺も寝るしかない状況になる。


「明日の俺が全部解決してくれるだろ」


 こうして俺は全てをほっぽりなげて綾香を抱きしめて眠りについた。

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