第4話 VS剣聖ザシオン
「実の父に向かってその呼び方か」
「……俺を無能とののしって、追い出したあんたがそれを言うか」
「ああそうだ。あの時と今では状況が違う」
改めて、この男を前にして、すごい威圧感だと感じる。有無を言わせぬ気迫がこの人には備わっている。
「戻ってこい。ジーク」
俺は黙した。
黙して、相手の言葉の続きを促した。
「この3年間、たびたびお前の噂を耳にした。剣術、それも高位のスキルを手に入れたそうじゃないか」
その言葉は正しくもあるし、誤りでもある。
俺が手にしたのは、何も剣術スキルに限らない。
弓でも盾でも槍でも、大体の武器は使いこなせる。
それでも剣を好んで使った理由は、単に幼いころから使い慣れた武器だったからに過ぎない。
「戻ってこい。ジーク」
男は言った。
「剣術スキルを手にした以上、お前にはこの私の跡を継ぐ権利がある。いや、敢えてこう言おう。お前には剣聖の称号を受け継ぐ責務がある」
だから、戻って来いと。
なるほど、なるほど。
当代の剣聖様の言い分はよくわかった。
そりゃまあなんとも――
「――手前勝手な話だな」
「なに?」
剣聖の眉がピクリと動く。
気にせず続ける。
「俺が『スライム
あんたは忘れたかもしれないが、俺は忘れてなどいない。
――スライムしか召喚できない貴様に何ができるッ‼
――もはや貴様に父と呼ばれる筋合いはない!
「それをいまさら戻ってこいだと? ハッ、どれだけめでたい頭をしてるんだか」
「何度も言わせるな。あの時とは状況が違うのだ」
「ああ、そうだな。状況が違う」
あの時の俺は、あんたに憧れていた。
でもな?
「未練なんてねえんだ。いまさら、剣聖の座に」
「……は?」
「今の俺には夢がある。それを叶えるのに、剣聖の称号なんて必要ねえ。いや、邪魔とさえ言える」
「いつまでわがままを言っているつもりだ。言ったはずだ。お前が剣聖になるのは権利ではなく義務だと」
「父親の責務も果たせなかった奴に言われたくねえな」
……空が曇り始めたな。
雨の匂いがする。
「それに、あんたにはタイダがいるだろ」
「あれはダメだ。『天職』こそ優れているが、あれには武人の器がない」
「それこそ、あの日からわかっていたことだろ。俺はそのうえであいつを養子に取ったんだと思ったけど、あんたは違うのか?」
義務だのなんだの言うのなら、あんたはタイダを剣聖に育てることを第一に考えるべきなんじゃないのか。
「……どうやら、口で言ってもわからんようだな」
「剣でぶつかればわかりあえるって思ってんのは、今も昔もあんたの悪い癖だぜ?」
「御託はいい。剣を抜け」
剣聖ザシオンが抜き身を放つ。
白銀の太刀が、こちらの眉間に向けられている。
大人げないとは思わないのかね。
自分の得意とする分野で戦って、それで勝った気になれるのかね。
「断る」
剣聖が剣で戦うならば、俺の戦い方は決まっている。
「貴様、どういうつもりだ」
スライム
それが順当な話だろ。
「スライム1匹で十分だって話だ」
*
降り始めた雨が、勢いを増していく。
周囲の木々が、吹き荒れる風にいなないている。
剣聖ザシオン。
彼の放つ剣の気迫が、周囲を取り巻く環境にさえ作用しているのだ。
互いに言葉は交わさない。
だが、俺には彼の言いたいことがわかった。
剣を抜け。
さもなくば、死は免れぬぞ。
ごめんだね。
俺には俺の生き方がある。
あんたにとやかく言われる筋合いはない。
俺が笑みを浮かべた、その時。
遠雷がけたたましい音を打ち立てた。
「ぬんっ!」
それを皮切りに、ザシオンが踏み込んだ。
一瞬の肉薄。ただの震脚で地面が砕ける。
抜き放てたら良かったな、その剣。
瞬きする間もなく、ザシオンがのけぞる。
まるでアッパー攻撃を食らったように、首から上が唐突に空を向く。
否、実際に打ちぬかれたのだ。
足元から突如現れたスライムによって。
ザシオンの瞳が見開かれる。
そうさ。それが、お前が役に立たないと言い放った最弱の
膝をつけ、剣聖ザシオン。
「ぐ、ぬおぉぉぉ!」
彼は顎を揺らされた。
脳が揺らされたはずだ。
今も平衡感覚が失われ、まともに立っていることすら難しいはずなのだ。
だが、剣聖はその一刀を振り放った。
その切っ先は飛翔したスライムを捉えようと迫っている。
まあ、無駄なんだけどな。
刹那、スライムの座標がズレる。
スライムの存在座標が揺らぎ、まったく違う場所に転移する。
結果として、剣聖ザシオンの放った意地の一撃は虚空をなでるだけに終わる。
「言っただろ。あんたごとき、スライム1匹で十分なんだよ」
「ぐ……抜かせ、スライムごとき、ただの一撃でも当てられれば」
「いいぜ。どんな技だろうと、好きに繰り出すがいい」
「……なに?」
「全身全霊の一撃を一刀に捧げてみろ。あんたのすべてを否定してやる」
『剣聖』という枠組み。
これまであんたはその『天職』ゆえに最強を実感してきたはずだ。
だが、その力をもってしてなお届かない領域があることを、思い知らせてやる。
俺の煽りにしかし、剣聖は剣を鞘に納め、息を整え脱力した。無駄な怒りや力みが、いかに無駄なものかを知っているのだ。
研ぎ澄まされていく剣聖の精神。
嵐が吹きやみ、空に光芒が差し込む。
「――【
抜刀術。
鞘という領域で加速された刀がスライムに迫る。
まさに一瞬。まことに神速。
これこそが『剣聖』のザシオンが、天職の意味ではなく剣聖と呼ばれるゆえん。
彼の持ちうる最高最速最大威力の必殺技。
「……は?」
だが、届かない。
その太刀筋では切り裂けない。
「気は、済んだか?」
「っ、まだだ!」
一瞬七斬の【
四次元で切り裂く【
遠心力を利用した【
がむしゃらに、最強の剣士がひたすらがむしゃらに剣を振るう。全ての太刀がスライムを捉えている。並のスライムを1000匹殺してなおオーバーキルの連撃が、スライム1体に襲い掛かる。
「……馬鹿な」
「それで、終わりか?」
「ありえん……そんな、私の剣が、スライム1匹切り裂けぬなど、そんなハズが……!」
「じゃあ、今度はこっちの番だ」
バチィンッ!
スライムのそばで、紫電が舞い散る。
それは残滓だ。
スライムが生み出した雷の剣。
その余波が、プラズマとなって現れては消えてを繰り返している。
「なんだ、なんなのだ……、そのスライムは‼」
スライムが一閃。
雷の剣が横に薙ぎ払われる。
ザシオンは間一髪、宙空に身を翻した。
その判断は正しいさ。
振り抜かれた剣の、その先。
前方に広がる森林地帯。
それが、空間でも切り裂いたように一刀両断されている。
「【
意味ないんだよ、万能職『スライム
「あのときあんたが俺を見捨てずにいてくれたら、別の未来もあったかもな」
「待て、ジーク! それほどの力がありながら、なぜ剣の頂を目指さない‼」
「だから、言ってるだろ。俺には夢がある」
「なんなのだ、その夢とはいったい‼」
怒ってるな。
もう、戦闘のスイッチは切れたらしい。
じゃあこの勝負は、俺の勝ちってことで。
「
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