第14話 やんでれ☆【メイドのコレット】

 ジーク様は今日も女狐と冒険者としての仕事に向かうらしい。

 昨日暴漢がやってきたばかりだというのに。


 心に、冷たい灰が被せられる。

 過ぎ去った日々がたちまち色あせていく。


 入ってこないで。

 そこは私の居場所なのに。

 奪わないで。

 私の方がずっと前から大好きなのに。


 どうして。

 どうして私を選んでくれないの。


 ねえ、ジーク様。

 私はあなたのためなら全てをささげられます。

 その女はあなたに何をもたらせますか。

 だから、お願いです。

 どうか、どうか私を――


「やあ。昨夜はどうも。かわいい殺人鬼ちゃん」


 気が付けば、そいつは背後に立っていました。

 レッグホルスターに収めたナイフに手を伸ばし、こいつを相手には無意味な行動だと思い出してやめる。


「何のつもりかしら。与エル者ギヴァー

「そろそろ答えが出たころかと思ってね」


 答え。

 私が望む、私の在り方。


 私は、私は。


「私は、ただ、ジーク様と一緒にいたい」


 願うのは、それだけ。

 それ以上のことは望まない。


「だけど、ジーク様は、私より、あの女の方が大事みたい」


 でなければ、どちらの方が大事だと問いかけた私に「選べない」なんて返さない。

 でなければ、私を置いてどこかに行ってしまうはずがない。


 だから、だから。


「私、もうわからない! この醜い心には、あの女を殺したくて仕方がない魔物が住み着いている。私は私が嫌い! こんな私に、ジーク様のそばにいる資格は無い! それがたまらなく苦しい!」


 どうして、ジーク様にも打ち明けられずにいることをこの男に話してしまうのだろう。

 そんなことを、どこか他人事のように考えている自分がいる。幽体離脱して、天井から自分を俯瞰しているような気持になる。


「だったら、塗り替えてしまおうよ。ボクたちの手で」

「……何を」

「スライム召喚士サモナーから聞かなかった? ボクはさ、ボクの能力を人に与えられるんだよ」

「は?」

「あはは。その様子じゃ教えてもらえなかったみたいだね。君はそんなに頼りない存在なのかな。ああ、ちなみに、あの魔法使いは知っているよ?」


 ……どうして?

 ジーク様はどうして、私に何も教えてくださらないの?

 どうしてあの女ばかりを頼りにするの。

 ジーク様にとっての私って、いったい何なの?


「……は、はは」


 渇いた笑みが、零れ落ちる。


「そっかぁ、そうなんだぁ」


 わかった。わかってしまった。


「私の居場所なんて、もう、どこにも」


 全部、奪われてたんだ。

 あの女に、私のすべて。


 15年。15年だった。

 私の人生のほとんどすべては、ジーク様にささげた。

 それをあの女は、たったひと月で。


 許せない。許さない。


「さ。答えを聞かせてもらおうか。『サイコキラー』のお姫様。君が本当に望んでいることは何だい?」

「私の、望むこと?」


 そんなの、あえて言葉にするまでもないでしょ。


「殺してやりたい。あの女を」

「そうだね。本当の君はそれを望んでいる」


 ジーク様に嫌われる?

 かまわない。

 一切の関心を向けられないよりずっとましだ。


 憎まれたってかまわない。

 私は彼の永遠になるんだ。



 日が暮れて、町に明かりがつき始めて。

 それからジーク様が帰ってきた。

 かたわらにあの女を携えて。


 ジーク様は否定するのでしょう。

 ただの仕事の付き合いだと。


 ですが、でしたら。

 私はどうなるのです。

 私とジーク様は、雇用者と雇用主の関係ではないのですか。

 私をないがしろにする理由がどこにあるのですか。


「おかえりなさいませ。ジーク様」

「ああ、ただいま。コレット」

「お風呂になされますか? お食事になされますか? それとも――」

「お風呂をいただこうかな!」

「……承知いたしました」


 そう、なのですね。

 それがジーク様の答えなのですね。


 わかりました。

 いえ、本当はずっと、わかっていました。

 わかっていて、知らないふりをしていただけです。


「コレットさん、コレットさんって、昔からジークのお世話してるんだよね? ジークから聞いたんだぁ」


 いちいち癇に障るなぁ。


 ああ、そうだ。


(守らなきゃ、ジーク様を。この害虫から)


 心底楽しそうに語る笑顔。

 目の前のこれは、知らない。

 自分の幸せが、誰かに不幸として降りかかっていることを。

 降りかかる火の粉を、払おうとする者がいることを。


「ねえ、昔のジークのことを教えてよ!」


 その笑顔が、あまりにもまぶしいから。

 私もつい、笑顔で迎えたんです。


「嫌です。あなたにジーク様は渡せません」

「……え?」


 レッグホルスターから引き抜いたナイフで、その女の首を引き裂きながら。


「あは、あはは! あはははは!」


 背筋にぞくぞくとしたものが走ります。

 首を引き裂くときの感触が、甘い感覚が、しびれとなって、手からひじ、肩、脳へと駆け巡ります。

 脳から何かがどぱどぱと溢れます。


「んふぅ……あは」


 楽しい。楽しくて、楽しくて、仕方がない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る