不遇職【スライム召喚士】の異世界ライフ ~最弱の魔物《スライム》しか召喚できないハズレ職だからと追放された転生者、実は万能チートだったので悠々自適ライフを送ります~

一ノ瀬るちあ🎨

1章 スライム召喚士

第1話 異世界転生

 中学の頃片思いしていた同級生に、子供ができてた。吐きそう。



『進路をきちんと考えておけ』

『何か目標をもって学業に励みなさい』


 学生の時、大人たちが口ずっぱく言っていた言葉を、ふと思い出した。俺はバカだった。


 その後悔じみた大人の忠告に、聞く耳を持たなかった結果が今の俺。誇れることなんて、何一つない。

 それがヒジョーにまずいことだと痛感したのが、今日の同窓会だった。


徳重とくしげくんは何の仕事してるの?」


 ……悪意は、無かったんだろうな。


 例の、昔片思いをしていた人妻から問いかけられた。俺は、自分の息がヒュッと鳴るのを聞いた。


 最初に断っておくと、俺、徳重とくしげ叶汰かなたは無職じゃない。


「ビルメン……」

「ビルメン? なにそれ?」

「えっと、簡単に言うと、ビルの整備をする人かな」

「わかった! 窓とか拭いてる人だ!」

「……あー、まあ、そんな感じ」


 歯切れの悪い答えになってしまった。

 そもそも窓を清掃している人は別の業者だとか、いろいろ言いたいことはあった。

 でも、全部飲み込んだ。

 口を開けば最後、俺の業務内容がバレてしまう予感がしたからだ。


 トイレ清掃。

 それが俺の主な仕事だった。

 言えるわけもない。


 幸いなのか、あるいは不幸なのか。

 話は、やれ誰々が大手自動車会社の課長になっただの、やれ誰々が社長秘書になっただの、話題性のあるところに花を咲かせ、俺への関心はたちまちどこかに霧散した。

 どうしようもない焦りだけが膨れ上がる。


 ……俺、何してんだろう。

 いや、何をしてきたんだろう。


 俺ももう28。決して若くない。

 あと2年も経てば、魔法使いになっちまう。

 何も誇れるものもないままに。


 あの時。

 教師や親が言うように、必死に勉強していれば、部活動に打ち込んでいれば、何かが変わったのだろうか。

 よりよい大学、よりよい企業に進み、今よりマシな生活ができていたんだろうか。


 なんて考えたってもう、今更だけど。


「徳重ぇ、2次会行くか?」


 劣等感にさいなまれ、無力感に打ちひしがれ。


「いや、俺は、明日も仕事あるし」

「そっか。大変だな」


 蔑むような眼から、逃げ出した。


 逃げた先は、通いなれたはずの道だった。

 だけど、気づけば迷い込んでいた。

 カンカンと、頭に遮断機の音が鳴り響く。

 フェンス越しに、1両編成の列車がレールの上を走り抜けていく。


 だから、その現場に居合わせたのは、本当に偶然だった。


「ん?」


 差し掛かった十字路を一人で歩く女性に向け、1トントラックが背後から迫っている。

 瞬間、気づいた。


 運転手がハンドルに突っ伏している。

 前方を歩く女性に、まるで気づいていない!

 まずい! 知らせなきゃ!


「逃げて!」

「え? きゃあぁぁぁぁ――っ‼」


 振り返る女性に向かって一直線に、制御を失った鉄塊が急接近する。寸秒後に、女性はボンネットに叩きつけられ、ガラスを割って宙を舞うだろう。


 早くトラックの進行軌道上から逃げ出してくれ。

 慌てて声を張り上げた、その時だった。


 ――パキン!


 嫌な音が乾いた空気を切り裂いて、女性が糸の切れた人形のようにその場にへたり込む。

 めかし込むように底上げされたハイヒールのピンが、最悪のタイミングでへし折れたのだ。


「……ぁ」


 女性の口から、泡のように頼りない声がこぼれた。

 その声を聞いて、俺はその女性の正体に気づいた。

 昔、片思いをしていた相手だった。


(なんで、こんなところに……!)


 だから、とっさに――


「危ない――」


 低姿勢で道路に飛び込んで、彼女を掬い上げて、放り投げた。乱暴すぎる勢いで、向かいの道路に彼女の体が転がり込む。

 刹那。


「ガッは――⁉」


 全身が、バラバラになったと錯覚した。

 天と地がないまぜになって、音も光も遠のいていく。


 体の芯がカッと燃え上がる。

 だけど末端から、体温が見る見るうちに失われていく。

 声を出そうとして、血が飛び出した。

 これ、死――


(――俺、なにやってんだろ)


 最期に考えたのは、死ぬことの恐怖ではなく、漫然と生きてきたことに対する後悔だった。


(ちくしょう……こんなはずじゃなかった!)


 俺の人生、なんだったんだよ!

 何のために生まれてきたんだよ‼

 くそ、くそっ!


(もう一度、やり直したい)


 後悔したままなんて嫌だ。

 もしも次があったなら。

 今度こそ、全力で生きていく。

 二度と後悔なんて残さない。

 だから、だから――。


 そんな、叶わぬ夢に思いをはせながら、

 徳重叶汰は、死んだ。




 はず、だった。


「旦那様! 生まれましたよ! 男の子でございます!」

「おお! でかしたぞ! ほう、これが我が子か。うむ、お前は今日からジークだ。ジーク・ウィッシュアートだ!」


 ジーク?

 誰のことさ。


 と、その時。

 体重70キロはあるはずの俺の体が軽々と持ち上げられるのを感じた。そんな馬鹿な。

 なんだか妙に重たいまぶたを押し上げると、精悍な顔立ちをした男性が、力強いまなざしを俺に向けていた。


「剣聖の息子の名に恥じぬよう精進するのだぞ!」


 ……え、俺?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る