Episode2 03

 現れたモデルは、ルリの頭身を下げてデフォルメしたようなものだった。130cmほどの背丈で、完全に子供のルリという印象だ。


 現実のルリは赤い髪のせいもあって、第一印象だととっつきにくいイメージがある。同じ女子でもお嬢様として育てられたような人間は、不良に見えて声をかけられないだろう。


 だが、そのモデルはルリの見た目のボーイッシュさを抑えつつ、それでいて全体のフォルムは丸みを帯びている。確かに少女のルリがそこに立っている。


『バニー♥くりすぷ』姿のクータ同様、ワンピース姿で額にもリボンをつけているのに雰囲気はずいぶん違う。


 クータのモデルがかわいさ重視だとすれば、そのルリのモデルは青を基調にした清楚なものだ。どことなく不思議の国のアリスみたいだが、彩度が低い青なのでシックな印象を与える。


「えっ、こんなの無断で作ったわけ……。そりゃ、無断でなきゃ作れないだろうけどさ……」

「ルリルリってはっきりわかるもんね~。ちょっと変態っぽいよね~」



 やっぱり引かれている。



 バレッタにもあまゆーにも、見てはいけないものを見た時の反応が混じっている。

 一方、ルリはぽかんとした顔でいる。驚きが大きすぎて、気持ちが追いついていないようだった。このまま一生わからないままでいてほしいとも思う。


「びっくりしたけど、ちゃんとかわいいじゃん!」


 ルリが声を上げて、それに釣られるようにバレッタとあまゆーも続いた。


「まぁ~……確かに、かわいいわよね。よくできてる。素人のわたしたちからしたら、十分にプロのレベルに見えるわよ!」


 ルリは自分そっくりのモデルの真ん前に来て、じろじろ調べるように見つめている。

 さすがに光栄と思えるほどコウの肝は据わっていない。言及されること自体が怖い。


「ほんとに現実のルリルリが絶対着なそうな服だよね~。フリルにリボンにレースのタイツ」

 あまゆーが服までじっと観察する。そこから、くるっと顔をコウのほうに向けた。



「コウ君こういうのが趣味なんだ~」





 ほら、そういうことを気にされる!





「違う、違う! 俺はもっとフツーっていうか、シンプルな服をちゃんと着せてたぞ! 本当だから! 証拠を今から見せる!」


 コウは制作中のキャプチャー画面をVR空間にポップアップして見せた。


 画面の中には両手を広げた無表情な小さいルリがいる。髪型は高校生のルリと同じ雰囲気でシンプルなパーカーを羽織っている。ペラっとした布を巻いたようなスカートにも靴下にも、とくにフェティッシュな要素はない。スニーカーだってブランドをこだわったりはしていない。なんとなく凝った衣装を着せることを憚られたのだ。


「あ~、服は僕のほうでカスタマイズしました。VRですからね! どうせならルリ様がリアルじゃ絶対着なさそうなものを着てこそだと思って!」


 クータの入っている小さいルリがドヤ顔になる。

 それに反応するようにバレッタのアバターの眉毛が下がった。


「あのルリに着せ替えをさせたい気持ちはわかるけど……」


 バレッタの反応は当然のものだ。

 クラスの女子をモチーフにしたアバターを着替えさせれば、十分に異常だ。


 表情差分の少ないタッチさんのルリの顔は変わらず笑顔のままだが、明らかに苦笑いなのがわかる。完全にやらかした、とコウは観念した。


「あー、いや、なんだろ、あたしぽいけど、実際はあたしじゃないし?」

 ルリの優しさによって許されるかもしれない。自分とクータは生き長らえられるかもしれない。


「えーっ? でもめっちゃルリじゃん!」

「まあまあ、まずあたしってここまで背は低くないし、かわいい感じでもないしさ。だから、本当にモチーフレベルなんだなって気持ちかな」

「それは現実のルリが冒険しなさすぎってこと。ルリも髪の毛伸ばしたり、もっといろんな服着たりしたらいいんだよ!」

「バレッタみたいな小さくてかわいい子ならともかく、あたしみたいのがコレを着るのはちょっと……」



 話がそれてきている。このまま、それてくれ。



「ルリ様、現実で冒険するのが大変なのはわかります。だからこそ、VRの中ではいろんな姿を楽しんだらいいんですよ!」



 裁判にかけられているクータ自身がそう言った。次の瞬間――




 そのクータがルリっぽいアバターからリアルなウサギ姿に変わる。


 さらに巨大な有名ゆるキャラに変わる。


 そのあとも、なんでこんなアバターを持ってるんだというようなマニアックなものにクータは変化し続ける。


 そして、十番目ぐらいにまた小さなルリのアバターに戻る。



「ほら、かわいい! まっ、こんな感じで好きなようにVRライフを楽しむのがオススメです!」


 そして、ルリっぽいアバターから、クータ本来のウサギ耳が目立つアバターに変わった。


「確かに普段だと絶対手をつけない格好も気軽にはできるけど……」


 まだルリは煮え切らない態度だ。教室では何でもはきはき決めてるような性格に思っていたから、その様子はコウには意外だった。いや、たんに自分がルリの一面しか見てなかっただけなのだ。



「そしたら、試しにルリルリがコウ君が作ったアバターをつけてみたらどうかな~?」

 あまゆーがにこにこと提案した。



 ルリとコウのアバターの顔がどちらもびっくりしたものに変わった。


「だってさ、せっかくアバターがあるんだし、ルリルリがモチーフならルリルリが着るべきじゃないかな~?」

「アタシも賛成。男子が動かすよりはそのほうが自然だし」


 あまゆーとバレッタ、女子の過半数の票は獲得できた。あとルリ本人の気持ちだけだ。


「……わかったよ、じゃあ、それを試すことにする」

 不承不承といった調子でルリが言った。




 すぐにクータはデータをルリのほうに送った。こういったところでクータはわずかなタイムラグもない。ファイルの確認で少し時間がかかったものの、タッチさんのアバターが小さなルリに変わった。

 クータが「おおお! ルリ様が降臨された!」とおおげさな声を出した。その声に続いてルリの驚いたような声が続いた。



「え、あれ!? なんで衣装が変わってるんだよ!」



 先ほどまで着ていたフリルとレースのワンピースは猫耳でセーラー服という衣装に変わっていた。



「何だよ、これ! 背中から帯みたいなのが垂れてるし、靴も猫の足みたいになってるし! あっ、尻尾もついてる!」


「やっぱり、ルリルリが入ったほういいよね~。本物感が段違いだよ~!」

 あまゆーが後ろからルリの肩に手を置いた。


「本物感とかそういう問題じゃないだろ! こんな服、現実の人間は自分じゃなくても着ないっての!」

「そんなことないって! コスプレっていうのは行くところまで行かなきゃ意味がないんだからー。羞恥心は一回脇にどけておくものなんだよ!」


「バレッタのコスプレへの愛情はわかるけどさ……」


 ルリはアバターが照れくさいのか、ガシガシと頭をかく。露骨な猫耳セーラー服の誰かが目の前にいるだけでもどぎついものがあるのに、それがルリそのものの顔なのだ。現実のルリがそんな格好でそこにいるように感じてしまう。


 そんなルリの顔がコウのほうを向いた。


「念のため聞くけど、普通の服のほう、借りるのはナシ?」


 それはそうだろう。今のルリの服はコスプレ会場以外、どんな場所のドレスコードにも引っかかるような代物なのだ。


「うん、普通の服のモデルならあるけど」とコウは言ったが、すぐにバレッタとクータが止めた。


「変える必要はないです! ここはVRですよ! VRの恥はVRにかき捨てればいいんですから大丈夫です!」

「そういうこと! コスプレっぽい衣装程度で人格を疑われるような時代は自分たちが生まれる前に終わってるんだからさ!」


「……わかったよ。これでいい。これでいいんだろ!!」


 クータとバレッタ、あまゆーの必死の説得もあってしぶしぶ今の姿の自分を受け入れるルリ。


 アバターをもらったルリは目の前に鏡を召喚し、自分の姿をまじまじと観察していた。FPS(一人称視点)なので、自分が入ったアバターの見た目は鏡がいるのだ。


 やっぱりクータじゃなくてルリが入っている。鏡を見ている振る舞いだけでも違う。クータは一言で言えば自信がありすぎた。一方、ルリはアバター慣れしてないせいもあるだろうが恥じらいがあった。鏡の中の自分を見て落ち着きなさそうにもじもじとしている。


 VRのおかげで本来見られないはずのルリの姿が見られた。これは役得かもしれない。




「コウはこういうアバターをよく作ってるのか?」

 ルリが自分のアバターを指差しながら言った。


「作ってみようと思って勉強してる最中で、ちゃんとした人型で作ったのはそれが初めてだ」


 初めてだから不都合も多いと思うと補足しようと思ったが、その前にルリがやけに驚いたのでコウの言葉は途切れた。


「こんなによくできてるのに、初の作品なわけ? すごいな」

「いや、失敗したり、途中で投げ出したりしたのをカウントしたらもうちょっと多いけど、そこまで形になったのはそれってことだな」


 こういう時、普通にありがとうって言えばよかったか? でも、クラスメイトを参考にしたアバターでいい気になるのもおかしいか。


「どうせ作るなら高身長のルリっていう選択肢はなかったわけ?」とバレッタに聞かれた。ほら、やっぱり自分の脛には傷がある。いい気にはならないほうがいい。



「もともと素体の段階でモデルにするつもりはなくって、途中であいつが口を出してきて……最終的にこうなった」



 コウはクータを睨んでやったが、相手がなんとも思ってないのはアバターを見るだけでもすぐわかった。


「それは、小さい姿でよかったかもしれないかもな。リアルの姿でコレを着せられたら、さすがに事故じゃ済まされないだろ」

 ルリはセーラー服のスカートをつまんで持ち上げた。


 普段の高校の制服でもスカートは着用しているのに、苦手な虫でも触るようなしぐさだ。もっとも、スカート以外の要素を思えばその心情を測るのはそう難くはない。

 アバターが肩を少しいからせるが、それも見た目が幼いせいでかわいく見える。そんなことをコウが言ったら火に油を注ぐから黙っているが。


「まーまー。せっかくだから、もっといろんな服を着てからでもいいじゃない。わざわざダサい服着るくらいなら絶対こっちのほうがいいって!」

「そうですよ! それが嫌ならまだまだ服はありますから! なんなら今からオススメのブランドも紹介しますよ」


 ルリの衣装に関してはバレッタとクータは完全に協力体制にあるらしい。また数の力でルリを押し止めていた。それは別にいいのだが――



「俺の着せたあの服って、無難かなって思ってたけどダサかったのか……」



 バレッタはダサい服ってはっきり言っていた。それはまあまあショックだ。


「あの服はあれはあれでよかったと思うよ~」


 コウと同じく一歩引いたところにいたあまゆーが声をかけてきた。


「少なくとも、いつもルリルリが着てるのに似てるしね~。ほら、これ」

 あまゆーがポップアップしたのは、ルリの私服らしい画像だった。


 画像の服装はいわゆるストリート系のものだ。ルリの赤い髪や立ち居振る舞いから、自然と想像できる。


「普段はこういう服なのよねぇ。だから、あのフリフリはギャップがあるんだと思うのよ~」

「これだけ違えば嫌がるのもわかるな」

「だから、あのフリフリはフリフリで置いておくとして、どうせならこういうカッコイイ服も作ってあげたらルリルリも喜ぶんじゃないかしらぁ?」


 確かにVRで自分の幅を広げるのもいいが、それで自分が着たくない服を着るのは本末転倒だ。自分が普段着ているものをアバターにも着せるのは自然なことだろう。


「わかった。勉強しとく」

「うん、その意気やよしだよ~。じゃ、資料を送っておくね~」


 途端、大量の添付ファイルがコウのところに届けられた。手際がよすぎるから事前に用意していたとしか思えない。


「えっ? いくつあるんだよ、これ!」

「数は確認してないけど、資料は多いほうがいいわよね~。何か一つでも参考にしてくれたら幸いかな」

「むしろ、全部目を通すだけで大変だ……。というか、目を通していいのか? これってどれも女子が目を通すことしか想定してないんじゃ……」


 どうしても、やましさが頭をかすめる。仕事を頼まれたわけだし、やましいと感じる心がそもそもやましいのだろうけれど、なかなか振り払えるものじゃない。



 そんなコウのアバターの背中が後ろから軽く叩かれた。


「コウ氏! これからルリ様の衣装を見に行こうという話になりましたんで、早速行きましょう!」


《AVENA》に行く予定だったはずが、いつしかショップ巡りをすることになっていたらしい。


 そんな調子で《AVENA》参戦は次回に持ち越しになった。

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