第47話 一方

******


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…」


誰かの荒い呼吸が、耳元で聞こえた。


自分の心臓も、ずいぶん早く脈打っている。息を吐いて、吸って、吐いて、吸って。ゆっくりと。胸に手を置いて、鼓動を落ち着かせる。


いくらかの沈黙の後、ゲンが口を開いた。


「おい、皆、ケガ、ないか?」


初めに皆の安全を確認するところは、いかにもゲンらしいと思う。でも、今はそれどころじゃないかな、と思ってしまった。


「あたしは大丈夫だけど!ユウ君が!ユウ君が落ちちゃった!」


そうだ。ミコトが心を乱している。それもそうだろう。ユウトはミコトを巻き込まないように自分を犠牲にして、空いた穴に落ちてしまったのだから。


それを助けられなかった自分に、責任を感じているのだろう。


ミコトは今にも泣き出しそうだ。彼女は自分のせいで仲間に危険が及ぶと、どうしても周りが見えなくなってしまう。彼女が仲間思いの優しい性格なのはわかるけど、それが良くない場合もある。


「ミコト、まあ落ち着けって…」ゲンがミコトの肩に触れて、慰めている。


ちらと、コウタを見た。コウタはいつもうるさいくせに、押し黙っている。たぶんコウタも、自分が悪いと思っているのかもしれない。ユウトがコウタを庇わなかったら、ああはなっていなかったはずだから。


あんたのテンション高いところは、こういう時に必要なんだけど。と口には出さなかったが、胸中で呟いた。


はあ、と溜息が出た。


そういう自分はどうなのだろう。頭は回っている。動揺もしていない。周りも見えている。


こんな時に平然としていられる自分に、少し嫌気が刺した。皆より、慣れている、という理由もある。けれど、それは良いことなのか。慣れることで、感情が鈍くなっているのかもしれない。


でも今回は、それだけじゃない、と私は思った。


「ミコト、回復役のあんたがそれじゃ、どうにもなんないでしょ?」

「で、でも、ハルカちゃん…!あたしの手が届いていたら…!」


「ほら、見てみて」私はコウタを指さした。「コウタ、あんた左腕、ケガしてるでしょ?」


コウタはびくっと身じろぎをした。隠しても無駄だ。さっきから、左肩が下がっている。


「…ホントだ!ごめん!全然気が付かなくって…」ミコトがコウタに駆け寄ると、コウタはふいっとそっぽを向いた。


「いいよ、こんくらい。平気だって」

「あんた、変なとこで意地張らなくていいから。ミコト、治療してあげて」

ミコトは静かに頷くと、一枚の式紙を取りだして、コウタの腕にかざした。


これで、ミコトも少しは落ち着くはずだ。あとは。


「悪い、ハルカ。俺…」ゲン視線を足元に落としながら、私に言い寄った。


「ちょっと、ゲンまで何しょぼくれてんのよ。シャキっとしなさいよね」


私はゲンの背中を掌でバン、と叩いた。これだから男ってやつは。ゲンは鎧を着ているから、ちょっと手が痛い。


「お、おう、ありがと。…で、これからどうする?」ゲンは一瞬驚いていたが、すぐに真剣な目になった。


「そうね…、まず、あいつをなんとかしなきゃね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る