第45話 奈落の底で

痛い。


おれは、ゆっくりと目を開けた。耳の奥で、自分の心臓の音が脈動している。


ここは、どこだろう。どこ?どこだっけ。なんで、こんなところに、いるんだっけ。


上の方から、淡い光が漏れ出して、おれを照らしている。そうだった。床に、穴が空いて。


そこに、落ちたんだ、と後から思い出した。


それと同時に、自分にちゃんと記憶があることを再確認する。おれはユウト。傭兵。仲間の顔も…しっかり、覚えている。


大丈夫だ。


これで、また記憶が飛んだりしていたら、笑い事じゃ済まない。


まあ、今も笑っていられるような状況じゃないけれど。


ミコトの顔が思い浮かんだ。近くに、ミコトはいない。よかった。彼女を巻き込まなくて。少しだけ、安堵する。


「…ここは?」


おれは上半身を持ち上げて、周りを眺めた。普通に考えて、遺跡の床が崩れてそこに落ちたのだから、地下、なんだろうけれど。


「ここも、遺跡?」


見た感じ、洞窟、というわけでもなかった。上の遺跡と同様、石のブロックでできた壁が、おれを囲んでいる。空気が淀んでいて、埃臭い。ここは、どこかへ続く通路なのだろうか。おれの左と右には、どちらも奥へと繋がっている。


この遺跡は、相当広いらしい。地下も遺跡になっているぐらいだから、もしかしたら上へと繋がる道が、あるかもしれない。


だとしたら、早く皆と合流しないと。


おれはうずまっていた瓦礫の山から身体を起こした。左腕と右足に痛みがあるが、それ以外は大丈夫そうだ。


おれはもう一度天井を見上げた。どれぐらい落ちてしまったのだろう。五メートル?十メートル?いまいち距離感が掴めない。けっこう高いところから落ちたのは確かだ。


よく生きてたな、と思った。当たり所が、よかったのかもしれない。頭なんか打っていたら、重傷は免れない。


それどころか、死んでいたかも?


今日だけで、何度死にそうになっただろう。三回ぐらい?いや四回?考えるだけで、頭が痛くなりそうな話だが、これが現実だ。


そういえば、彼らはどうなったのか。もう、上の方からは、音がしない。戦闘は終わったのだろうか。


それとも…?


おれは首を振った。いやいや、後ろめたい考えは止そう。たぶん、逃げ切れたんだと思う。そうであってほしい。


ということは、長い間意識を失ってしまったようだ。どれぐらい時間が経った?時間を示すものがないから、分からない。


こうしちゃいられない。彼らは、落ちたおれを探そうとしているはずだ。こっちも上に繋がる道を探して、動かないといけない。


「でも、どっちに行けばいいんだ…?」


左側も右側も、行き止まりじゃなく、奥へと道は続いている。暗くて、その先は見えない。


どちらか適当に行ってみて、しらみつぶしに探していくこともできる。でも、もし間違っていたら。来た道が分からなくなったら?


それに、時間も惜しい。できるだけ早く彼らと合流したい。合流して、早くこの遺跡を出る。それが理想だ。


「どうする…?」


こういうときはどう行動するのが正解なのか。


考えろ。


その時だった。

左側から、ふわりと、空気が肌を撫でた。


おれは左側を見た。奥には何もない。でも、勘違いじゃない。これは風だ。


風が吹いている。どういうことか。ここは地下だから、風なんて来ない。ということは。


「上に繋がっている…?」


合っているかどうか、判断はできない。本当にたまたま、奇跡的に風が吹いただけで、向こうには何もないかもしれない。


でも。立ち止まっているわけにもいかない。


おれは、風の吹く方向へ、一歩、踏み出した。

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