第7話

「そう言えばさばくとこも見てぇとか言ってなかったか?」


今日のような場合は、仕留めた者が熊のと呼ばれる胆嚢たんのうや熊の手などの高額で売れる部位を得られることになっているが、あとは皆で分け合って熊鍋くまなべにするのだという。


しかしなんだろう、もう降りていいぞ、と手招きされ、急に生き返るんじゃないかとおびえながら忍び寄り、叔父さんに眉間を撃ち抜かれたクマの死体を前に立ってみたら、こんな見慣れない黒い塊のような動物を捌いて食べるなどまるで想像もつかず、なんだかやってはいけないことのような気もしてきた。


無言でクマを見下ろして神妙な顔をしている僕に、


「ま、泰斗たいとにゃまだ早ぇか」


叔父さんは小さく笑うと、集まってきた皆に拍手を贈られたりしながら談笑し始めた。


そうこうするうちに、クマは猟友会のリーダーらしきお爺さんの軽トラックの荷台に載せられどこかへ運ばれて行き、「お疲れさん」「また後でな」などと言いながら皆はそれぞれに去って行った。


僕も叔父さんに肩を組まれながら車に乗り込み、やけにお喋りになってまた過去の狩りの話を熱く語り始めた叔父さんに、なんだかんだでやっぱり気分が高揚していて「すごいね!!ヤバいね!!」などと大声で返し続けていたら、あっという間に叔父さんの家に着いていた。


開けっ放しの玄関からよたよたと黒い犬が歩み出てきてちょこんと座って出迎える。


車を降りて犬の頭を撫でながら、


「すごかったぜ、マジでクマだよ、叔父さんが倒したんだ」


などと報告していると、叔父さんは倉庫へ向かい荷物を片付けて扉を閉め、しかしそこに大きな南京錠をかけたところで、


「あぁ!やっぱムリだわ!」


突然大きな声を上げた。


「えぇ?何が?どうしたの?」


驚いて振り返り立ち上がると、叔父さんは頭を掻きながら近付いてきて、


わりぃな」


と妙な笑顔を浮かべた。


「え?何が?」


「あぁ、いや、な。まぁお前も男ならわかると思うんだけどよぉ」


「え……?」


「クマ倒した後、なんかすげぇテンション上がっただろ?」


「う、うん……」


その事の何がムリで何が悪いのかさっぱり見えて来ないが、叔父さんは何かとても落ち着かない様子で脇に停めてある黒いスポーツカーをちらちらと見詰め、


「だからちょっと……せっかく来てくれて色々もてなそうと思ってたんだけどよぉ、まさか初日からヤれるとは思ってなかったしなぁ」


「いや……それは逆に僕的には良かったし、ありがとうなんだけど……どういうこと?」


「まぁその、獲物を仕留めた後ってのはさぁ、テンションっつーか、色々アガっちまうもんでさぁ……悪ぃんだけど、俺ちょっと六本木行って来るわ」


と、俺の肩に手を置いて、あはは、と笑った。


「えぇ!?ちょっと、どういう……」


衝撃発表に驚き目を丸くしている俺に、


「まぁ狩りの後の別の狩りがな、やんねぇと収まんねぇんだよ。大丈夫大丈夫、明日の朝には戻るから。さっきあの場にいた木野橋きのはしっておっさんに頼んどくから、今日はそっちに泊まれよ。お前と同じぐらいのガキもいるし、熊鍋でもつつきながら楽しくゲームでもやっててくれよ。明日は絶対どっか連れてってやるから」


言いながら玄関に入りドッグフードを乱雑にトレイにぶちまけると、


「出る時、鍵とかかけなくていいからな、じゃあな!」


足早にスポーツカーに乗り込むと、返事も待たずに重く低い爆音を響かせながら走り去って行った。







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