カヤ

 エルクは胡坐、ヤトとソフィアは上品に正座をしていた。

 もし、櫛灘家だけならエルクも正座をしただろうが、アドラツィオーネの神官タケルがいるとなれば話は別。というか、もう確定だった。

 座るなり、ソフィアは礼儀を無視し先制する。


「ヤマト国は、『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』と手を組んだ……と、いうことですね」

「ま、そういうことだね」


 答えたのは、ニコニコ笑う二十代半ばの男性。

 サラサラの黒髪に、和装の青年ビャクヤだ。美男子なのは間違いないが、ニコニコしているのは口元だけで、目は細く歪み、どこか嘲笑っているようにも見えた。

 ビャクヤは、ヤトを見て言う。


「書状の内容は見なくてもわかる。どうせ、火の宝玉のことだろ? まぁ……もうここにはない。今頃、アドラツィオーネの本部に安置されているだろうさ」

「では、なぜ我々をここに?」

「決まってる。うちの妹に用があるからさ」


 ビャクヤは、もうソフィアと会話をするつもりはないのか、視線を外す。

 まっすぐにヤトを見た。


「サクヤ……生きていたんだねぇ」

「……お久しぶりです、お兄様」

「うんうん。久しぶり、会えてうれしいよ」

「私は嬉しくありません」

「あっはっは。まぁまぁ、また家族として仲良くやろうよ!」

「…………」


 ヤトは何も言わない。

 ビャクヤは肩をすくめる。


「ま~だ昔のこと、引きずってんの?」

「…………」

「お前の母を殺したのは悪かったって。なぁ、ヒノワ、ユウヒ」

「え……」


 思わずエルクがヤトを見た。聞いたことのない話だった。

 そして、美しい着物の女性が扇を取り出し広げる。


「妾の分際でわきまえないから死んだのよ? 妾の子であるあなたも、身分をわきまえないから……まぁ、全て水に流します。サクヤ、今後は櫛灘家の三女として、ヤマト国の発展に尽くしなさい」


 さらに、十五歳ほどの少女。

 ヤトに似たショートカットの少女が、足を真っすぐ延ばしながら言う。


「あっははは。お姉ちゃん、戻って来てくれて嬉しいよ! また一緒に遊べるんだね!」


 エルクにもわかった。この妹ヒノワがいう《遊び》は、楽しい遊びではない。

 侮蔑し、嘲るような醜悪さしかない笑みを浮かべていた。

 なんとなく……ヤトの育った環境がわかった。エルクも、キネーシス公爵家で似たような眼、扱いを受けたことがある。ヤトが生い立ちを詳しく語らないのは、悟られたくなかったからだ。

 ソフィアも、視線を一瞬だけヤトに向ける。


「……ヤマト国がアドラツィオーネに付いた理由を、お聞かせ願いたい」


 ソフィアがそう言う。

 視線は、つまらなそうにやり取りを見下ろすタケルに向いていた。

 ビャクヤはタケルを見て頷く。


「簡単さ。タケル様は、ヤマト国を建国したクサナギ家の末裔だからだよ」

「……クサナギ家?」

「ああ。櫛灘家は、クサナギ家を支えた家老の一族。クサナギ家が断絶し、代わりに国を統治するようになっただけにすぎない。正統なる血筋であるクサナギ家のタケル殿が戻れば、家老としての役割に戻るのは当然のことさ」

「……まさか、アドラツィオーネにヤマト国が付くとは、ね」


 ソフィアは歯を食いしばる。

 ビャクヤは、クスクス笑いながら言う……嘲るような笑いをするのがクセのように見える。


「さ、話は終わりだ。サクヤは地下座敷牢へ、他の二人はここで死んでもらおうか。あはは、生きて帰れるとは思ってなかったでしょ?」

「……舐められたものです。エルクくん」

「待て」


 と、ずっと黙っていたタケルがエルクを見た。

 威厳のある声に、ビャクヤもソフィアも黙る。


「エルク、どうせ暴れるんだろう? なら……オレと戦え!!」

「…………」

「オレが望むのは強者との戦い。バルタザール、ラピュセル、リリィ、エレナを相手に生き残ったお前なら、きっとオレを楽しませてくれる。いいだろう? 女神に選ばれし八人目の神官、裏切りの『死烏スケアクロウ』エルク!!」

「…………はっ」


 エルクは鼻で笑った。

 本当に、くだらない……そんな笑みだ。


「どうして俺が、お前の望む、お前が楽しむために戦わなくちゃいけないんだ? ヤマト国は敵、俺たちを殺す……なら関係ない、馬鹿みたいに暴れて、この国を潰してやる」

「無理だな」

「は?」

「お前は、ここに住む者たちの生活を破壊してまで暴れる覚悟はない。せいぜい、この場にいる連中を皆殺しにするくらいだ。だが……それでは止まらんぞ。やるなら、徹底的に。ヤマト国はすでに、アドラツィオーネの庇護にある。住人たちもみな、アドラツィオーネの信者だ」

「……っ」

「お前は、戦うしかないんだよ。なぁ……?」


 すると、タケルの傍に数人の『騎士』が現れた。

 アドラツィオーネの『飛天皇武』部隊。タケル直属の部下。

 そのうちの一人には、見覚えがあった。


「……ロシュオ」

「へ、へへ。ひさしぶり、だな……あ、ああ、兄貴」

「お前……」


 エルクの弟、ロシュオ。

 だが、様子がおかしい。

 頬や額に青筋が浮かび、目の焦点もあっていない。しかも、右目が真っ赤に充血している。

 左手がガクガク動き、背中がビクビク痙攣していた。

 まるで、薬物中毒。


「お、オレは、強くなった!! へへ、へへへ……あ、兄貴なんかに、まけねえ!!」

「…………ロシュオ」

「あああ?」

「ロシュオ。父上は……お前やサリッサのことを、恥だってさ。俺に公爵家に戻れって、何通も手紙が届く。お前も、俺と同じだ……捨てられたんだよ」

「しるか!! もう、あんな家、きょうみ、ねぇ!!」

「…………」


 あまりにも憐れだった。

 得体の知れない力に身を染めたのは間違いない。全てを捨て去り、犠牲にして得た力だ。

 タケルは言う。


「ピアソラの『チートスキル』で新しいスキルを得たようだが、精神汚染を受けてこうなっちまった。ははは、憐れな野郎だぜ……なぁ?」

「…………」

「お、おお、お……たた、たけるさま、きょ、きょかを、くれぇぇ!!」

「いいぜ、やりな」

『お、オォォォォォ!!』


 すると、ロシュオの背中から無数の触手が飛び出す。

 皮膚が濃い緑色に染まり、肥大……身長が三メートルを超え、顔つきも魚のようなものに変わった。

 まるで、触手の生えた半魚人。これがロシュオの望んだ力なのか。

 エルクは立ち上がり、アイテムボックスからコート、ブーツ、眼帯マスク、籠手を取り出し装備する。

 眼帯マスクは付けず、素顔のまま真っすぐロシュオを見た。


『アニキぃぃぃぃぃぃぃぃぃヤァァァァァァァァァ!!』

「…………」


 ロシュオのスキルは『剣聖』だ。

 だが……今のロシュオは異形。武器を持たず、まっすぐ飛び掛かって来る。

 完全に、壊れている。

 それが悲しく───……憐れだった。

 だから、エルクは真っすぐ手を向ける。


『───……ッッッ』

「さよなら、ロシュオ……もっと仲良くする道が、あったのかもな」

『……兄貴』


 『砕けた心ブレイクハート

 ロシュオの心臓が念動力で圧縮、消滅した。

 ロシュオはそのまま倒れ、人の姿に戻る。

 エルクは、ロシュオを抱き上げた。


「あ、あにき……ご、ごめ……ん」

「…………ああ」

「さり、っさ……たの、む」

「…………ああ」

「…………へへ」


 ロシュオは、目を開けたまま……笑って死んだ。

 最後の最後に、エルクに託して。

 エルクはアイテムボックスから野営用の毛布を取り出し、ロシュオの身体を包んでアイテムボックスに収納した。

 そして、パチパチとタケルが手を叩く。


「茶番、ご苦労」

「…………」

「怒ったか? ん?」

「…………」

「まだ足りんか」


 そして───タケルが指を鳴らすと、奥の襖が開いた。

 二人のアサシンに抱えられ、連れてこられたのは。


「───カヤ!!」

「申し訳、ございません……ヤト、様」


 両手を拘束され、背後に一人アサシンがついている。三人に掴まれ動けないようだ。

 すると、ビャクヤが言う。


「ヤト、ね。そういえばサクヤ、式場家の連中とツルんでたようだね」

「な……お、お兄様、何を」

「式場家……どうなったっけ? ヒノワ、ユウヒ」

「あっははは!! ま、しょせんはただの傭兵だったしぃ、楽な仕事だったかも」

「櫛灘家に逆らうなど、愚の骨頂でしたわ」

「お姉さま……ヒノワ、まさか」

「式場家に行ってごらん? ふふ、生首が晒してあるよ♪」

「───ッ!!」


 ヤトが震えた。

 ソフィアが押さえる。

 そして、エルクが拳を握る。

 そして───……カヤ。


「ヤト様。どうか、どうか……自分の道を、お進みください」

「……え?」

「あなたは素晴らしいお方だ。私は……あなたと共に過ごした時間を、忘れません」

「か、カヤ……?」

「今、火を点けます……エルク!!」

「カヤ、今助ける!!」


 エルクが右手を上げると同時に、ビャクヤが小さく頷いた。


「ヤト様を、お願い───……クラスメイトからの、最後のお願い」


 カヤは優しく微笑み───……胸に、アサシンブレードが突き立てられた。

 そのまま、カヤを拘束する両手が離れ……畳に倒れ、血だまりを作る。


「カヤ……カヤ!!」

「───カヤさん」

「……カヤ」


 カヤは、目を開いたまま……死んだ。

 ほんの少しだけ、笑っていた。

 口元が、小さく動いた。


「───……ありがとう」


 ◇◇◇◇◇


 カヤが死んだ。

 ビャクヤが手をポンと合わせ、変わらぬ口調で言う。


「さ、もういいだろ? サクヤ、戻っておいで。お前の心を乱す連中は、ここで始末するから」


 そして、タケル。


「くくく、怒ったか? なぁエルク、怒れ、自分を解放しろ。少しでも、俺を楽しませろよ?」


 エルクは、うつむいたままソフィアに言う。


「ソフィア先生……もう、いいですか?」

「ええ。許可します……私も、命を賭けましょう」


 ソフィアがウェポンリングから取り出したのは、銀に輝く聖剣だった。

 ヤトも、流れる涙を拭わず、六本の刀を取り出す。


「許さない……」

「あ、櫛灘家の宝刀!! やっぱりお姉ちゃんが持ってたんじゃん~」

「まったく、泥棒猫ねぇ」


 ヒノワもユウヒも、怒るヤトのことなど気にしていない。

 そしてエルクは、眼帯マスクを付け、タケルとビャクヤを睨む。

 ゆっくり両手を広げた。


「カヤ、待ってろ……お前の望み、果たしてやる」


 牙を持たないカラスが、ヤマト国に牙をむく。

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