女神聖教七天使徒『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノート⑦/甘い見積もり

 サリッサは、青ざめていた。

 初陣。強化したスキル。頼りになる前衛……準備はできていた。

 だが、頼りになる前衛十五名は、たった三人に返り討ちにされた。

 正確には、三人のうち一人が十三人、残り二人が一人ずつ。

 残りの二人も、十三人を倒した女の実力に驚愕しているようだった。


「う、嘘……」


 サリッサは、杖を握りしめながら呟く。

 十三人をあっという間に倒した女───ソフィアは、淡々と告げる。


「で、他に仲間は?」

「……ひっ」


 あまりにも冷酷な瞳。

 十六歳のサリッサに対しても、平等な『敵』と見ている。

 エルクのいる学生寮、その仲間を襲おうと計画したが───あっさり、こうもあっさり返り討ち。

 爪を剝がされた恨みと怒りで、エルクの仲間を捕まえエルクの前で拷問するつもりだった。

 だが、予想外……監督教師が、バケモノだった。


「すっごぉ……」

「オレらが一人、ようやく倒してる間に、十三人を片付けちまった……」


 負傷し、肩で息をしていたフィーネとガンボも驚愕している。

 二人が倒した使徒も、間違いなく強かった。

 何発かもらい、ようやく倒したと思ったら、ソフィアの方は十三人を倒していた。

 ソフィアは、テーブルの上にあった梱包用の紐を掴み、サリッサに向けて投げる。


「っか!?」

「拘束し、学園へ引き渡します。高度な洗脳をかけられているようですが、ナイチンゲール様なら解除できるでしょう」


 紐が喉へ絡みつき、口へ、そして全身に絡みつく。

 サリッサをグルグル巻きにして地面へ転がし、ソフィアはガンボたちに言う。


「お怪我はありませんか?」

「え、えっと……何発かもらったけど、大丈夫です」

「オレも大丈夫だ」

「そうですか。でも、手当てはキチンと───」


 と、ガンボは見た。

 自分の倒した使徒が、塵となって消えていく。


「先生!! こいつら───」

「チッ……」


 ソフィアは紐を引くが、すでにサリッサは消えていた。


「脱出系のスキルを仕込まれていたようですね……迂闊でした」

「……あの子、確か」

「フィーネさん、先ほどの彼女をご存じなのですか?」

「はい……あの子、確か……エルクの妹です」

「……そうですか」


 ソフィアは、それ以上聞かなかった。

 リビングの棚から救急箱を取り出し、消毒液の瓶を手に取る。


「さ、傷の手当てをしましょうか」


 ソフィアはニッコリ笑い、治療を始めた。


 ◇◇◇◇◇


 エルクは、ミゲルを拘束したまま大聖堂裏の物置へ向かっていた。

 同じドアを二回くぐり、最後に大聖堂裏の倉庫のドアを開けると、ラピュセル・ドレッドノートのいる大聖堂内へ入ることができる。ミゲルの情報だ。

 エルクは、走りながらミゲルに聞く。


「おい、なんで他の生徒がいないんだ?」

「そ、そりゃ……選別されてるからだ」

「選別?」

「あ、ああ。オレら聖使徒はともかく、最初に攫った新入生のほとんどは捨て駒だ。今回、ラピュセル様の試練を乗り越えた奴は、新たな女神聖教の使徒に迎えられる……でも、ラピュセルの裏で、ロロファルド様とエレナ様が、『勧誘』に動いてる」

「……勧誘?」

「あ、ああ。偶然知ったんだが……ラピュセル様は純粋に、試練を乗り越えた奴を使徒に迎え入れようとしている。でも、女神聖教は『使えるスキルを持つ生徒』を攫おうとしてる。ロロファルド様とエレナ様は、すでに何人、何十人かを『選別』して、本部へ送ってるはずだ」

「……」


 エルクは立ち止まった。

 宙に浮かんだままのミゲルもピタッと止まる。


「な、なんだ!? う、嘘はついてねぇよ!?」

「…………」


 ロロファルド、エレナ。

 ロロ、エレナ先輩。

 エルクにとっても、無視のできない名前だ。

 どうするべきか。

 ラピュセルを倒すべきか、ロロファルドとエレナを探して倒すべきか。


「───……クソっ」


 闇雲に探しても仕方ない。

 エルクは、目の前にいるラピュセルを倒すことに決めた。


「おい、ラピュセルを倒せばダンジョン化は収まるか?」

「し、知らん……でも、あくまでこのダンジョンはスキルで作られたモンだ。スキル能力者が倒されれば、消えるんじゃねーの?」

「わかった。じゃあ……急ぐぞ」


 エルクは全身を念動力で覆い、自身の身体そのものを強化し、操作する。

 ピピーナが名付けた技の一つ、『念動舞踏テレプシコーラ』……この速度に対応できたのは、今のところピピーナだけである。


「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ミゲルの叫びを無視。

 すると、大聖堂の周辺に数十体の『ルーク』が出現、そのうち一体の身体が金色に光っていた。

 エルクは跳躍、宙を舞いながら両手を地面に向ける。

 

「邪魔すんな!!」


 ルークの立つ地面が砕け、割れた大地がルークたちを押しつぶした。

 黄金のルークが潰れて消える瞬間、エルクは念動力で無理やり宙に引きずり出す……すると、消滅したルークから、黄金のチェスの駒が現れた。

 それを念動力で引き寄せ、手の中へ。


「そ、それだ!! それが『キャスリングピース』だ!!」

「これが……」

「そ、それを持っていると、どの部屋のドアからでの大聖堂の中へ入れるぞ!!」

「そりゃありがたい……けど、大聖堂の入口で出なくてもなぁ」


 エルクは駒を弄びポケットの中へ。

 そのまま空を飛び、大聖堂裏の物置へ到着した。


「よし、入るか」

「まままま待った!! お、オレも行くのかよ!?」

「当たり前だろ」

「ちょ、ま」


 ミゲルを無視し、エルクはドアを開けた。


 ◇◇◇◇◇


 なぜか、大聖堂入り口の巨大扉の前にいた。

 大聖堂を見渡せる位置。すると、ピアノを弾く音が聞こえてきた。

 大聖堂の中央に、巨大なステージが設置されている。その中央には、女神ピピーナの像が置かれ、少し離れた場所には巨大なピアノがあった。

 それを弾いているのは、二十代前半の女性。

 派手な装飾が施されたシスター服を着て、長いウェーブの金髪がピアノを弾くたびに揺れていた。

 顔立ちは、間違いなく美女。今も柔らかな笑みを浮かべ、ピアノを弾いている。


「…………」

「ら、ラピュセル様……」


 女神聖教七天使徒『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノート。

 このガラティーン王立学園をダンジョン化した張本人。

 エルクは、ゆっくりステージへ近づき……気付いた。


「……うっ」


 ステージ周辺は、血の海で濡れていた。

 おびただしい数の人間が転がっていた。

 全員、学園の制服、戦闘服、私服や寝間着の子も多くいた。

 

「…………」


 エルクはラピュセルを睨む。

 それでも、ピアノの演奏は止まらない。


「…………ッ!!」


 エルクは念動力で、転がっていた剣を浮かし飛ばす───狙いは、ラピュセルの弾くピアノ。その少し上の壁。

 剣は壁に突き刺さり、演奏はようやく止まった。


「もうすぐ───……エンディングだったんですけどね」

「学園を戻せ」

「そうですね……『試練』は、間もなく終わります。試練が終われば、ダンジョン化は解除しましょう」

「……ふざけんなよ、お前」


 エルクが睨むと、ラピュセルは「ふふっ」と笑う。


「ご安心ください。今回の試練は不作でした……我が試練を突破したのは『0』です。ロロファルド、エレナは何十人か攫ったようですが……ふふ、しばらくは信者に困ることはないでしょう」

「不作、だと?」

「ええ。そこに転がっているのは、全員が資格なき者でした」


 全員───死んでいた。

 新入生だけじゃない。上級生もいる。

 エルクは、本気でラピュセルを睨んだ。


「エルク」


 ラピュセルが名前を呼ぶ。

 エルクは、それだけで不快だった。


「あなたも、いらっしゃい」

「ふざけんな」


 エルクは、親指を立て、自分の喉を掻っ切るような仕草をする。


「好き勝手やりやがって。お前をここでブチのめす」

「……憐れ、憐れ」


 エルクは、眼帯マスクを装備しフードを被る。

 対するラピュセルは、薄暗く微笑み、手に二つの駒を持った。


「『クイーン』、『キング』」


 駒を落とすと、駒そのものが大きくなる。

 そして、全長三メートルほどある女性型で純白の人形へ、漆黒の大剣を担ぐ巨大人形へ変わった。

 さらに、ラピュセルはゆっくり前へ。両手を合わせ、祈る。


「エルク。いらっしゃい……あなたの罪を、私が裁いてあげましょう」

「そんなのいらないね。さぁ───……やろうか」

「え、ちょ、オレはこのまま!?」


 エルクとラピュセルの戦いが始まった。

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