女神聖教七天使徒『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノート③/盤上の遊戯

 ラピュセルは、チェスの駒を掴み、宙に浮かぶ透明なチェスボードに押印する。さらに、ガラティーン王立学園のマップに指を這わせると、マップに小さな光が無数に灯った。

 

「『ルーク』、『ビショップ』、『ナイト』配置」

  

 透明な駒で、チェスボードに押印していく。

 これは、ダンジョン作成スキルの能力の一つ、『魔獣配置』であり、それぞれの駒に対応した魔獣をマップに配置しているのだ。

 無数に光る光点は、学園の生徒。ラピュセルにだけは、この光点の名前や性別、スキルなどが詳細にわかる。


「ふむ……二学年の生徒はいますが、三学年の生徒は不在、ですか。まぁいいでしょう……新入生、二学年の生徒に『試練』を与えます。これを乗り越えれば───……む?」


 配置した『ポーン』が、一気に消えた。

 マップを見ると、第一訓練場。そこにある光点は誰なのか。


「…………ついに、現れましたか。裏切りの使徒、『死烏スケアクロウ』」


 ラピュセルは、『ルーク』の駒を掴み、エルクのいる訓練場に押印する。

 エルクは最初から抹殺対象だ。以前は女神の使徒であるから、抹殺には反対だったが……同じ使徒であるバルタザールを『始末』した罪があるので、抹殺対象へと切り替わった。

 だが、押印したルークが数秒で消えた。


「…………『ナイト』」


 ナイトの印を押すが、二秒と待たず消えた。

 さらにナイト、ルークを押すが、三秒待たずに消えた。


「…………チッ」


 ラピュセルは舌打ちし、王立学園のマップに光るエルクの光点に触れる。

 

「せいぜい、迷いなさい。と……こちらも、やりすぎないようにしないと。それと、使徒たちも」


 エルクから少し離れた、第六訓練場。

 ここに輝く二つの光点に、ラピュセルは注意を向けた。


 ◇◇◇◇◇◇


「ラピュセルのやつ、絶対にボクらのこと嫌いだよね」


 ロロファルドは、七体目の『ナイト』を切り伏せ苦笑する。

 エレナは、訓練場の休憩用長椅子に座り、クスクス笑っていた。

 ロロファルドは、愛用のロングダガーをクルクル回し、腰の鞘に納める。


「試練の内容って、『ラピュセルの元に辿り着いた者』だっけ」

「ええ。でも、その前にラピュセルの最終試練があるわ」

「クソめんどい……あいつ、マジでボクらのこと嫌いだよね」


 ロロファルドは長椅子に座る。

 すると、訓練場入口から戦闘服を着た学生が十名ほど入ってきた。


「ん……? おいお前ら、学園に異常事態が起こっている。敵に侵入もされている。一年坊主だろうが関係ねぇ、手を貸せ!!」


 二年生だろうか、ロロファルドたちに命令してきた。

 エレナは肩をすくめ、ロロファルドはナイフを抜いて立ち上がる。


「エレナ、どう?」


 エレナは、フチなしの眼鏡をかける。

 『鑑定』が付与された特別な眼鏡だ。これをかけると、スキル名と現在のレベルを閲覧できる。

 リリィ・メイザースの作った特別製だ。

 エレナは、入ってきた生徒を順番に見て……ため息を吐いた。


「駄目ね、0点」

「それは残念。よし、ラピュセルの手間を省いてやろうかな」


 ロロファルドはナイフをクルクル回し、スタスタと接近する。

 二年生の少年は、ロロファルドの異質さに気付き剣を構えた。


「お前……何もんだ!!」

「あ~、キミ風に言うなら、『侵入した敵』かな?」

「……てめぇ。この人数見てそれ言うのか?」

「うん。それに───……いくら集まろうが、意味ないから」


 ロロファルドは、左手を前に出す。


「スキル領域展開───『スキルキャンセラー』」


 ◇◇◇◇◇◇


 カヤは、空き教室にある教卓に、身を潜めていた。


「……不覚」


 今の恰好は、とても人には見せられない。

 ヤトが風呂に入っていたので、後を追うように脱衣所へ。ヤトの使ったバスタオルだけがあり、どこへ行ったのかと浴場への扉を開けたら……この、空き教室だったのだ。

 そう、カヤは現在、バスタオル一枚だけの姿。しかも、アイテムボックスもウェポンボックスも外しているので、完全な素手、裸である。

 いかに戦闘経験があるとはいえ、カヤは十五の少女。裸になってまで剣を振るう勇気はない。

 なので、教室に隠れていたのだ。


「もう絶対にリングは外さない……私の馬鹿」


 どうすべきか。

 間違いなく、異常事態。

 部屋のドアが、別な部屋に繋がっている。

 自分はバスタオル一枚。何かあったら対処できない……というか、まず人前に出れない。

 カヤは、赤くなる耳と頬を手で押さえ───。


「あーくそ!! どこ開けてもまともな部屋に出られねぇ!!」


 エルクが飛び込んで来た。

 ばっちり戦闘服を着込み、苛立っている。

 フードを外し、眼帯マスクを外してため息を吐いている。

 カヤは、いきなりのエルクで驚いた。エルクはもう、異常事態に対処を始めている。


「あれー? エルク、そこに誰かいるよ?」

「え?」

「っ!!」

「……誰だ、出てこい」


 エルクは右手を反らしブレードを展開。

 すると……カヤは、小さく挙手。顔を半分だけ出した。


「か、カヤ? よかった、知り合いに会えた。聞いてくれ、今かなり「待って!!」……え?」


 近づくエルクを止める。

 そして、顔を赤くしたまま言う。


「……お風呂に入ろうとしたの。で、今はバスタオルしかないの……あなた、なんでもいいから、服を持ってない?」

「ふ、服? えっと、確か……あ、アイテムボックスにジャージ入れておいたっけ」

「お願い、貸して」

「お、おう」


 助かった───カヤは人生で一番安心していた。

 エルクがアイテムボックスからジャージを取り出し、カヤに投げる。

 カヤはジャージを着ようとして……止まった。

 

「…………」


 異性の、しかもエルクが着たジャージを着る。

 これは、かなり難易度が高い。

 ヤマト国政府直轄の組織、『御庭番衆』の第四席として任務に明け暮れていたカヤは、異性を意識したことが全くない。同級生の、しかも男のジャージを、素肌に通す……あまりにも、難易度が高かった。


「カヤ、まだか?」

「ま、待って!! っく……」


 たかがジャージを着るのに、三分以上かけてしまった。

 ジャージに袖を通し、ようやくエルクの前に出る。顔が赤いのはどうしても誤魔化せそうにない。

 だが、エルクは見ていなかった。


「女神聖教だ。学園がダンジョンにされたみたいだ」

「……なんですって?」

「カヤ、手を貸してくれ。このダンジョン化の元凶を探して叩く」

「……わかった。でも、武器がないから、あまり役に立てない」

「武器か……」


 エルクは、掃除用具のロッカーを見た。

 中に目ぼしい物はないはず。カヤはそう思ったが違った。


「後で弁償するから、勘弁してくれ」


 右手をロッカーへ向けると……金属製のロッカーがベキベキバキグシャ!! と、あり得ない音を立てて変形していく。そして、一本の細長い棒となり、エルクの手に収まった。

 ロッカーの中身ではなく、金属製のロッカーそのものが目的だったのだ。


「棒術、使えるか?」

「ええ。長物は何でもいけるわ」

「じゃあこれ。俺の念動力でコーティングしてあるから、衝撃には耐えられる」

「……わかった」


 エルクから棒を受け取り、クルクル頭上で回してビシッと構えた。

 ちなみに、『俺の念動力でコーティング』してあるただの鉄棒は、この世界で最硬度の棒であることにカヤもエルクも気付いていない。


「おお~……」

「カヤ、すっごーいっ!!」

「いけるわね……で、どうするの?」

「シルフィディ。引き続き案内を頼む」

「うん! 勘で進んでるけど……まだまだかかりそう」


 エルク、カヤ、シルフィディは、元凶であるラピュセルの元へ向けて、先へ進む。


 ◇◇◇◇◇◇


 学生寮、エマの部屋。


「ん~……」


 エマはベッドの上で、寝がえりをうつ。

 ぬくぬく温かい。ぽかぽかで気持ちいい。

 そろそろ起きる時間だが……昨夜、徹夜したせいでまだ眠い。

 エマの机には、『発表会』で発表する革製の財布があった。


「んん~~……」


 外での騒動に気付かぬまま、エマはぐっすりと熟睡していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る