女神聖教七天使徒『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノート①/モノ作り

 ヤトは、真っ赤になって蹲っていた。

 全裸を見られた。上も下も、全て、全て。

 相手はエルク。同性ならまだしも、完璧な異性に。


「~~~~~~……っ」


 耳も顔も鼻も眼も、全てが熱い。

 恥ずかしい。羞恥心で死にそうだった。

 だが……おかしい。エルクは、あんなに堂々と覗きをする人間なのだろうか?

 それに、よく考えるとおかしい。

 浴場へのドアは引き戸だ。だが、エルクの開けたドアは普通の開閉ドア。さらに、エルクのいた部屋の景色は、脱衣所ではなかった。


「…………」


 ヤトは冷静になる。

 異常事態。

 考えられる理由は───……敵襲。

 すぐに思考を切り換え、ヤトは常に身につけている《アイテムボックス》と《ウエポンボックス》から、戦闘服と『六天魔王』を装備、髪は濡れていたが適当にまとめた。


「…………エルクには、あとでお仕置きね」


 脱衣所の引き戸に手をかけ、ヤトは勢いよく引き戸を開けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ガラティーン王立学園、大聖堂。

 聖像を安置する『祈りの間』に、ラピュセルは一人でいた。

 大聖堂なのに、祈りを捧げる神像が何もない。なので、ラピュセルは自らに宿るスキル『彫刻師』の最終進化スキル『稀代の彫刻王ハイ・スクリプター』で、ピピーナそっくりの像を、無から作り上げた。それを台座に安置し、祈りを捧げる。


『きみは、モノを作るのに長けてるし……ん~、きみにピッタリなスキル、あげちゃう! ホントはダメなんだけど……ま、一人くらいならいいよねっ』


 一言一句、思い出せる。

 彫刻家になりたかった。模型を作りたかった。何かを『カタチ』にしたかった。でも……女性だからという理由で馬鹿にされ、相手にされなかった。

 女に産んだ神を呪った。

 だが、女だからと関係なく作品を作り続けた。

 次第に、認められるようになった。そんな自分を愛してくれる男性もいた。

 そして、自分の最高傑作である模型、『迷宮』を作り上げた。小さな模型に、ダンジョンのような複雑なギミックを盛り込んだ、画期的な模型。

 だが───……それは、愛した男性にあっさり奪われた。

 自分が作った模型なのに、誰もが『愛した男性』のモノだと信じて疑わなかった。

 そして、気付いた。

 『愛した男性』は、彼女を愛していたのではない。その才能を愛し、自分のモノにしたのだ。

 気付けば、彼女の作品のすべてが、『愛した男性』のモノとして発表されていた。


『ようやく気付いたのか? 哀れな女だ。まぁ……その才能だけは、好きだったがね』


 彼女は、あっさり捨てられた。

 生きていると不都合だったのだろう。捨てられたあと、暗殺者によってあっさり命を散らした。

 彼女───……ラピュセルは、死んだ。


「や、こんにちわっ」

「……え?」


 だが、目が覚めると……綺麗な神殿にいた。

 神殿内には、神々しいまでの彫刻、絵画、模型、神像が安置されており、ラピュセルは凍り付いたように動けない……目が離せなかった。

 

「あ、これ? いや~……退屈だから作ってみたんだよね」


 目の前の少女、女神ピピーナは「たはは」と苦笑する。

 才能なんてものじゃない。まさに、神の所業。


「きみは、モノ作りの才能に満ちてるね」

「そ、そんな……こ、これだけの、あまりにも神々しい作品を作るお方が、私なんか」

「あ、わたしは女神ピピーナ。神々しいっていうか、神様ね」

「───……ッ」


 疑いすらしなかった。

 曇った心に、光が差していく。

 女神ピピーナの愛に包まれ、ラピュセルの心が満たされていく。

 自然と、涙が流れていた。

 神に祈ったことなどない。だが、ラピュセルは祈った。

 神に身を捧げた乙女のような、あまりにも自然な祈りの所作を、ピピーナにした。


「きみ、死にたくない?」

「……はい」

「きみは、モノを作るのに長けてるし……ん~、きみにピッタリなスキル、あげちゃう! ホントはダメなんだけど……ま、一人くらいならいいよねっ」


 ピピーナの笑顔。

 人生で、これほどまで明るい笑顔を向けられたことがあっただろうか。

 涙が止まらない。

 ピピーナの手が、そっとラピュセルの頭を撫でた。


「アイリーン、これからも頑張ってね」

「……はい!!」


 アイリーン。

 ラピュセル・ドレッドノートは彫刻家としての名前。

 だが、この瞬間……ラピュセル・ドレッドノートは、女神ピピーナを愛し、女神ピピーナだけに祈りを捧げる『愛教徒』となった。


 ◇◇◇◇◇ 


 ニッケスは、パンツを履いて眼鏡をかけた。

 制服を着て、ついさっきの光景が何だったのかを考える。


「エルクが部屋のドアを開けたような……気のせいだったのか?」


 少し考え、すぐにやめた。

 そんなことより、朝飯だ。

 そう思い、部屋のドアを開けた。


「えっ」

「は?」


 ドアを開けると、下着姿のメリーが制服を掴んでいた。


「に、にいさ……」

「え、メリー? おま、なんで廊下で着替えてんだ?……って、お前の部屋? え、なんだこれ」

「に、にに……兄さんのアホぉぉぉっ!!」

「え、ちょ、待った!! っぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 電撃で痺れたニッケスは、自分の部屋をゴロゴロ転がる。

 そして、剣を持ったメリーが怒り心頭でニッケスを睨む。だがニッケスはすぐに起き上がった……幼いころからメリーの電撃を喰らっているのだ。耐性は並みの人間より高い。

 それに、ニッケスは女好きだが、妹の着替えなんて興味はない。


「待て待て、待てっての!! おかしいと思え!!」

「……何がです。兄さんが変態だと思わなかったことをですか?」

「ちっがう!! ここ、オレの部屋!! そっち、お前の部屋!!」

「…………あれ?」


 メリーはようやく冷静になる。

 男子寮と女子寮では、位置が違う。ニッケスの部屋のドアを開けてメリーの部屋に入るなど、まずありえない。

 

「一体、何が……」

「異常事態には違いないな……あ、待った!! ドアは締めるな。オレの勘だと、閉めて開けたら別な部屋に繋がるかもしれねぇ」

「兄さんの『予測』ですか?」

「いや、勘だ。つーか、戦闘用に鍛えてないからわかるかっての。それよりメリー、着替えるなら制服じゃないくて、戦闘服だ。それと、部屋にあるなら装備を整えておけ」

「あっ」


 メリーはようやく下着姿ということを思い出し、慌てて自室へ。

 ニッケスも、深呼吸する。


「ヤバい気がする。スキル学科の連中ならともかく、商業科の連中は戦闘訓練なんて受けてないぞ……!!」


 ◇◇◇◇◇


 ラピュセルは、『祈りの間』にいた。

 ラピュセルの周囲には、透明な『チェスボード』と『ガラティーン王立学園のマップ』が何枚も浮かんでいる。さらに、宙に浮かぶのは『チェスの駒』で、ラピュセルはポーンの駒を掴み、チェスボードにスタンプを押すようにポンポンポンと押印した。


「『ファランクス』」


 チェスボードと、学園マップの一部が淡く輝く。

 ラピュセルは笑みを浮かべ、無言でマップを見つめた。


 チートスキル、『愛迷宮ブリリアント神の試練ラピュリントス』。


 本来、この世界にあるすべてのダンジョンは、ピピーナが作り設置したもの。

 ラピュセルのチートスキルは、ダンジョン作成。

 今回の場合、《ガラティーン王立学園》そのものをダンジョン化させたのだ。

 ラピュセルは、両手を広げて優しく微笑んだ。


「さぁ、人々よ……神の使徒に相応しいかどうか、試させていただきます」

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