通常授業

 ダンジョン実習から寮に戻った翌日。

 エルクは、食堂でマーマが作った朝食をエマと食べていた。

 他の仲間は誰もいない。エルクとエマ、二人である。

 エルクは、ミルクを飲みながらエマに聞く。


「みんなは? まさか、寝坊か?」

「違いますよー、みなさん、朝練に行きました。ニッケスさんは『発表会の準備』があるから、図書室で調べものをするって」

「へ~……あれ、エマは?」

「私は、発表会で出す物は決めてますので」

「お、何を作るんだ?」

「はい。最近、革製品を作るのが楽しくって。お財布や小物入れを作ろうかと」

「財布に小物入れかぁ……でも、課題は『新しい何か』なんだろ?」

「もちろん、ちょっと工夫しますよ? えへへ……楽しみにしててくださいね」

「お、おお」


 エマはにっこり笑い、ホットミルクを飲む。

 エルクも残ったパンをかじり、ミルクで流し込んだ。


「時間、まだ大丈夫だよな」

「はい。あの、エルクさん……エルクさんは、朝練とかしないんですか?」

「早朝訓練ならやってるよ」


 エルクの早朝訓練は、主に『上空』で行う。

 誰も見ていないので、寝間着で訓練しても問題ない。鍛錬が終わると、部屋で着替えて一階に下りてくるのだ。訓練場でやることはない。

 それに、朝食がエマだけになるのも、何となく嫌だった。

 ちなみに、エマはエルクと二人で朝食を食べるこの時間が好きだったりする。

 エルクは、ミルクをもう一杯カップに注いだ。


「じゃ、もう一杯。それにしても、みんな朝練とか頑張るよなぁ」

「スキル学科では普通みたいですけど……」

「朝から汗だくになって、授業中とか眠くならないのかねぇ」


 ミルクを飲み欲し、食器を洗い場へ置くと、マーマが洗い始めた。


「じゃ、マーマさん、行ってきます」

「行ってきます」

「はいよ。いってらっしゃい」


 二人はカバンを持って校舎へ向かう。

 寮から十分もかからない、理想的な距離だった。

 エルクとエマは、並んで校舎へ向かう。

 道中、スキル学科の生徒や商業科の生徒が歩いていた。

 中央広場では、多くの生徒が校舎に向かって歩いている。


「ふぁぁ……今日から、普通授業か」

「私たちは『発表会』の準備です」

「いいなぁ。あ、お昼はどうする?」

「あの……お昼は、同じ『裁縫』スキルの子たちと食べる約束で」

「そっか。じゃあ、俺はガンボと食うかな」

「すみません、エルクさん」

「いいって。じゃあエマ、放課後な」

「はい!」


 校舎前でエマと別れ、エルクはAクラス教室へ。

 のんびり欠伸をしながら教室のドアを開けると、視線が殺到した。


「………………な、何だよ」


 畏怖、恐怖の視線……ではなく、好奇心の視線だ。

 質問がある。でも、聞きにくい……そんな視線。

 なんとなく居心地が悪い。エルクは視線を無視して自分の席へ。

 すると、隣に座るヤトが言う。


「今日、カヤが来るから」

「お、おう。おはよう……あのさ、なんか見られてるんだけど」

「さぁね」


 ヤトはどうでもいいのか、小さな本を開く。

 チラリと本を見た……だが、ヤマト国で使われている『ニホン語』で書かれた本は、エルクには読めない。

 エルクは、自分の席で欠伸をしたガンボの元へ。


「おう」

「おう。あのさ、何か見られてるんだけど……」

「そりゃ噂になってるからな。ダンジョン実習で女神聖教の神官と戦って、秘宝を回収したって」

「ブッ!? ななな、なんで!?」

「知らん。大方、『蟲毒の巣』での出来事がねじ曲がって伝わってんだろ」


 エルクがダンジョン実習で迷子になった。

 女神聖教の神官がダンジョン内で現れた。

 秘宝が回収された。

 エルクがダンジョンから帰還した。

 これらがねじ曲がって伝わり、『エルクが女神聖教の神官とダンジョン内で戦い勝利、秘宝を回収して帰還した』という話になっていた。奇しくも、真実が伝わってしまったのである。


「いや、秘宝の発見者はボブ先生だろうが!!」

「は?……そうなのか?」

「ッッ!!」


 エルクは口を押さえた。

 そう、秘宝は確かに発見・回収された。だが、その発見者はまだ公になっていない。エルクが知っていたらおかしい……偽装工作が水の泡になる。


「あ、いや……ボブ先生が見つけたと思うんだ!!」

「願望かよ。ま、秘宝が発見されたってのも噂だしな。お前にいろいろ聞いてみたいんだろ」


 と、ここでメリーが来た。


「はぁ……私のところにも来ました。『蟲毒の巣』内で何があったのか、とか。私は変な昆虫系魔獣としか戦いませんでしたけどね」

「オレもだ。あのダンゴ虫みたいな野郎……今度、リベンジしてやる」

「私もです」

「……お、俺もだ! うん」


 とりあえず、ダンジョン内でも話題を反らそうとするエルク。

 メリーとガンボが「なんだこいつ?」みたいな目でエルクを見ている。

 すると、フィーネがメリーの背中に抱き着いた。


「ね、なーに話してんの?」

「きゃっ!? ちょっと、フィーネ……いきなり抱きつくの、やめてください」

「いいじゃん別に。もしかして、ダンジョン実習のこと?」


 フィーネはメリーから離れ、教室内を見渡す。


「みんな、魔獣との戦いやダンジョン内の財宝のことで興奮してるっぽいし、しばらくはこんな感じなんじゃない? アタシらは上級冒険者の引率がないとダンジョンに入れないし、仕方ないよね」


 教室内は、確かに浮ついていた。

 次第に、エルクたちへの好奇心も薄れ、ダンジョン内での冒険で盛り上がるようになる。エルクとしては、あまり突っ込まれたくないことが多いので助かった。

 すると、教室のドアが開く。


「おはよ」

「おっはよーっ!」


 ソアラが、頭にシルフィディを載せて教室に入ってきた。

 教室内がしーんとなり、ソアラはエルクの元へ。

 シルフィディは、元気に言った。


「おはよ、エルク! えへへ、地上って美味しい物いっぱいで驚いたよー」

「そ、ソアラ……おま」

「先生の許可はもらったよ」

「い、いや「何この子かっわぃぃぃぃぃっ!!」っぶは!?」


 エルクを突き飛ばし、フィーネがソアラの前へ。

 そして、こほんと咳をしてメリーもさりげなく隣に立った。

 さらに、女子と男子がソアラを囲むように集まってくる。


「ソアラさん、でしたわね。その……この子は?」

「すっげぇ!」「かわいぃぃっ!」「蝶……いや、人間?」

「ちいせぇ……」「わぁ~」「さ、触っていい?」


 ワイワイガヤガヤと一気に騒がしくなる。

 すると、メリーがパンパンと手を叩き、少しだけ静かになった。


「こほん、ソアラさん。この子は一体……?」

「シルフィディ。ダンジョンの奥で寝てたの。かわいいから仲間にした」

「魔獣、ということですか?」

「むーっ! あたしは魔獣じゃないもん。蟲人だもん!」


 なるほど、そういうことになっているのか。と、エルクは納得した。

 シルフィディの存在は、正直に話せばかなり面倒なことになる。バルタザールが生み出した最後の蟲人……とは、言えないだろう。

 シルフィディは、ふわりと飛んでエルクの頭へ。


「エルク、今日はエルクと一緒!」

「あ、ああ」

「えへへー! みんな、よろしくねーっ!」


 こうして、シルフィディはあっさり受け入れられた。


 ◇◇◇◇◇◇


 教室にシャカリキが入ってきた。

 教卓に着くなりニヤニヤ笑う。


「ふむふむ。全員揃っているようですねぇ……ああいや、毎年何人かはダンジョン実習後に学校を辞めたり、行方不明になったりするんですよ。いやいや、大したことじゃないんですけどね。うふふ、このクラスは全員揃っているということです。はい」


 なんとも嫌味だった。

 全員がゲンナリすると、シャカリキはシルフィディを見てさらにニヤリとした。


「ほうほうほうほう。報告にあったダンジョン内に住んでいた新種ですか……興味深い!!」

「な、なんか気持ち悪いかも……エルク、あたしあの人嫌い」

「これは残念。ふふ、機会があればぜひ、あなたの身体を調べたいですねぇ」

「イヤ!!」


 シルフィディはエルクの頭から飛び、ソアラの服の中に飛びこんだ。

 シャカリキはクスクス笑い、壇上に教科書を置く。


「さて、授業を始めます。皆さん、ダンジョン実習お疲れ様でした。死人も行方不明者もなく、本当に喜ばしいことです……ふむふむ、一部の方は『スキル進化』した方がいらっしゃいますね。お、レベルもだいぶ上がっている」


 シャカリキが眼鏡を光らせる。すると、メリーが挙手した。


「先生……神殿以外、鑑定人以外のスキルの閲覧は犯罪行為です」

「ご安心ください。アタシ、元は鑑定人でしたので。資格は持っています……ああ、ここは神殿ではありませんでした。以後、気を付けます。はい」

「…………」


 この野郎。

 メリーの目が笑っていなかった。

 ちなみに、見られたのは数名の生徒だけで、エルクのスキルレベルは見られていないようだった。もし見ていたら、脳が破壊されぶっ倒れていただろう。


「さて、ではさっそく授業を始めます。教科書29ページから……」


 授業が始まった。

 一年生の授業は一般教養とスキル授業。そしてメインは体育と選択授業である。

 スキル授業は、スキルに関する知識を座学で学び、体育は身体能力の向上、選択授業は『武器』や『武術』や『魔法』などに分かれ、それぞれ学んでいく。

 もちろん、テストもある。


「ここ、テストに出ますよ。商業化の『発表会』後には、中間テストもありますので、しっかり覚えておいてくださいね~」


 エルクはノートに書き込む。

 すると、シルフィディが言う。


「ね、楽しい?」

「いや、別に……」

「エルク、あたしもお絵描きしたいー」

「お絵描き……はいはい」


 エルクはノートを破り、予備のペンをシルフィディに渡す。

 シルフィディは、大きなペンを抱え、楽しそうにお絵描きを始めた。

 それを見ていたヤトは言う。


「いい『お父さん』じゃない」

「お父さんじゃないよ」

「……?」


 エルクは、すぐに否定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る