虹色の羽化

 エルクが両腕を広げると同時に、ロシュオが動き出した。

 全員、腰に剣を差している。剣を抜き、殺すつもりでエルクに斬りかかる。

 ロシュオは、歓喜に満ちていた。


「ハッハァ!! ピアソラ様の力で進化したオレは、以前のオレじゃねぇ!!」

「…………」

「剣技、『斬くう───……」


 ベギャッ!! と、ロシュオの右腕が砕けた。

 ロシュオは青ざめ、脂汗をダラダラ流し叫ぶ。


「う、っがァァァァァ!? う、腕、っがァァァァァァーーーーーーッ!?」

「黙れ」

「ぼぶっ」


 そのまま、念動力で首を絞められ顔が真っ赤になり、落ちた。

 エルクはロシュオに目を向けず、バルタザールに剣を突き刺した張本人であるタケルを睨む。

 タケルは、待機していた男子と女子に何かを言うと、二人が動き出す。

 エルクを迂回するように走り出した。狙いは───……ソアラ。

 エルクが両腕を構えようとすると、ソアラが言う。


「エルク、わたしは大丈夫……そっち、やっつけて」

「……ああ」


 エルクは両手のブレードを展開し、男子と女子を無視してタケルの元へ向かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ソアラは、毛布をバルタザールの身体に巻き付け、こちらへ向かってくる男子と女子に向き直る。

 二人の手には剣が握られており、尋常ではない『圧』を感じた。

 男子が言う。


「悪いが、死んでもらうぜ……女神ピピーナ様のために!!」


 そして、女子も言う。


「その死にぞこないと一緒に、始末してあげるわ」

「……あなたたち、もしかして誘拐された王立学園の生徒?」

「そうだぜ。でも、女神聖教に入って生まれ変わったんだ!!」

「そう!! あたしたち、女神ピピーナ様のための使徒になったの!!」

「…………うわぁ」


 ドン引きするソアラ。

 ソアラは、バルタザールの傍に落ちていた芋虫を数匹掴む。

 

「あまり使いたくないけど、今は違う。エルクが怒ってるし、わたしも怒ってる……だから、教えてあげるね」


 ソアラの口から牙が生え、舌に紋章が浮かぶ。

 芋虫を口に入れ、咀嚼……ソアラは不思議だった。今なら、どんな物でも最高級のお菓子と同じ味がすると確信している。それほど、芋虫は美味だった。

 男子は、気持ち悪いのを見る眼で言う。


「気持ち悪いな……なんだお前」

「うえっ、なにそのスキル……大外れじゃない」

「違う」


 ビキリと、ソアラの目が赤くなる。

 スキル『暴食グラトニー』……食べれば食べるほど、身体強化されるスキル。その身体強化に限界はない。なぜなら、レベルというものが存在しないから。

 気持ち悪い力。確かに、そう思ったこともある。

 でも今は違う。


「気持ち悪いかどうかじゃない……わたしは、あなたたちが許せないから使う」


 だぼだぼの袖がめくれると、ソアラの両腕の血管、神経が浮いていた。さらに、握った拳の皮膚を突き破るように、《鉤爪》がぐじゅりと音を立て生えてきたのだ。

 金属製の鉤爪。これが、ソアラが武器を持たない理由。

 女子は、顔を青くしながら言う。


「ば、バケモノ……」

「うん。わたし、バケモノなの」

「ミレア、やるぞ!!」

「ええ、トムソン!!」


 ミレア、トムソンって名前なんだ……と、ソアラはどうでもいいことを考える。

 すると、二人が剣を振りかぶり走り出した。

 最初に攻撃してきたのは、ミレア。

 腰からナイフを抜き、ソアラに向かって投げつけた。


「っ」


 ナイフが頭に刺さる。

 トムソンはニヤリと笑い、一気に踏み込んで剣を振りかぶる。


「痛いなぁ───……」

「えっ」


 だが、ナイフはポロッと抜け、傷がグジュグジュと再生した。

 スキル発動中は、あらゆる傷が瞬時に治る。これが『暴食』の力の一つ。

 ソアラは両手を振り、トムソンの身体を切り刻んだ。


「っぐぁぁぁぁ!?」

「トムソン!!───あっ」

「叫んでる暇、ないよ」


 ソアラは両手を突き出す。すると、三本ずつ、左右で六本の爪がミレアの肩に突き刺さる。

 

「っぎゃぁぁぁ!? い、いだぁぁぁぁっ!?」

「うるさい。飛んで」

「っげおっ!?」


 ソアラの蹴りが腹に突き刺さり、ミレアは吹っ飛んで気絶した。

 そして、剣を掴もうとしているトムソンの頭を思いきり踏みつけると、トムソンは床に頭を叩き付け気を失ってしまった。

 スキルを解除───浮き上がった血管や神経が元に戻り、鉤爪も元に戻る。


「おしまい。あとは、エルクにお任せ」


 ソアラは、息も絶え絶えなバルタザールの手を握り、励まし続けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルクは、『念動舞踊テレプシコーラ』を使い、常人ではあり得ない速度でタケルに突っ込んだ。

 タケルの武器は刀。バルタザールより格上。チートスキル持ち。

 だからどうした。と、エルクは思う。


「死ね」

「ふっ……」


 ブレードが、タケルの心臓を突き刺そうと繰り出される。

 だが、ブレードは空を切った。


「……?」

「どうした? オレはここにいるぞ」


 タケルは、エルクの背後に立っている。

 刀を持ったまま、構えてすらいない。

 いつの間にか、後ろにいた。

 エルクは回し蹴りを放つ───が、タケルはすでにエルクの真正面へ。


「……瞬間移動」

「正解。オレのチートスキルの一つ、『神回避』だ。ま、オレに向けられた攻撃を自動で回避する、つまらんチートスキルだがな」

「なら、動くな」

「むっ!?」


 タケルの全身が硬直する。

 エルクの念動力による拘束だ。これを破ったのは、ピピーナしかいない。

 だが、タケルは笑っていた。

 エルクは構わずブレードを心臓へ突き刺す……が、おかしい。


「手ごたえがない、だろう?」

「……お前、なんだ? 人間か?」

「ああ。オレは間違いなく人間だ」


 確かに、エルクのブレードはタケルの心臓を突き刺している。だが、肉を刺す感触がない。

 血も出ていない。痛みを感じているようにも見えない。


「『絶対無敵アンブレイカブル』」

「……?」

「それが、二つめのチートスキル」

 

 エルクはタケルの拘束を解除し、バックステップで距離を取る。

 タケルは埃を払う仕草をして、エルクに言った。


「『絶対無敵アンブレイカブル』は、あらゆる《攻撃》を無効化するチートスキルだ。全てを回避し、全てを無効化する。それがたとえチートスキルだろうと、オレに攻撃は届かん!! ははははは!! どうする『死烏スケアクロウ』……得意の念動力で押しつぶすか? それとも、心臓を破壊するか? まぁ、無駄だがな」

「…………」

「そして、我が名を関する最強の刀スキル、『飛天皇武ひてんおうぶ』……諦めろ、貴様はもう詰みだ」

「…………一つ、いいか」

「む、なんだ? 貴様との会話を楽しみたい気持ちはある。なんでも聞いていいぞ」

「なんで、バルタザールを……お前ら、仲間じゃないのかよ」

「仲間? ああ……確かに、使徒という意味では仲間だ。だが、あのような醜悪な者を、女神様の前に立たせられると思うか?……折を見て、始末する予定だった」

「…………」


 エルクは「はっ」と笑った。

 タケルも笑った。


「ははは! やはり笑うよな、エルク。あのような醜悪「醜悪なのは、お前だ」……なに?」


 エルクはタケルを睨みつける。

 タケルは、意味が分からないのか首を傾げた。


「お前みたいなクソ野郎を、ピピーナに会わせるわけにはいかないな。まぁ、会えるわけないんだけど」

「……貴様」

「教えてやるよ。ま、どうせお前も『人形』だろうけどな」


 エルクは両手を広げ、タケルを再び睨みつける。

 すると、タケルの全身が硬直し、ふわりと浮き上がった。

 タケルは言う。


「無駄だ。どのような攻撃もオレは無効化する。押しつぶすか? それともねじ切るか? それとも叩き付けるか?……やってみろ。スキルが『攻撃』と判断した瞬間、全ての攻撃、は……ム、と……な……っが」


 タケルの顔色が───青くなる。

 口をパクパクさせ、何かを言おうとするが声が出ない。

 エルクは、丁寧に言う。


「どうした? 俺は攻撃なんてしてないぞ?」

「……っ、っ」

「ただ、お前の周囲の『空気』を根こそぎ消し去ってるだけだ。俺はお前に攻撃する意思なんてないぞ? なんとなく、空気を消し去りたいだけで、そこにお前がいるだけだからな」

「っ、っ……………………」


 ガクリと、タケルの腕が落ちた。

 同時に、タケルの身体からモヤが立ち上り、デッサン人形のような姿へ。

 以前と同じ、『傀儡魔法』による遠隔操作だ。

 エルクは念動力を解除、鬱憤を晴らすようにデッサン人形を全力で殴った。

 人形は粉々に砕け散る。

 そして、唯一動きがなかった、タケルに同行していた最後の一人を睨む。


「『回収』───では、失礼します」


 女子は手をロシュオ、ミレア、トムソンに向けると、三人は一瞬で消えた。

 そして、女子の姿も一瞬で消えた……最初から、逃げる専門のスキル持ちを配備させていたのだ。

 エルクは、吐き捨てるように言った。


「臆病野郎……俺の前に出る勇気もないクソ集団が」


 ◇◇◇◇◇◇


 エルクは、バルタザールの元へ。

 ソアラは静かに首を振る……もう、助からない。

 でも、まだ希望はあった。


「まだだ。ダンジョン内で死ねば、蘇生できる」

「……え、ルく」

「バルタザール。大丈夫、すぐに助けるから」

「……え、へへ」


 バルタザールは、笑っていた。

 そして、言う。


「あ、のね……ぼく、たち、使徒、は……いっかい、しんでる、から……もう、蘇生、できな、いの。ダンジョン内での蘇生じゃなくて、死ぬべき運命を覆した存在だから、もう、生き返れ、ないの」

「え……」


 エルクも、初耳だった。

 ダンジョン内なら死ねば生き返る。それは、冒険者にとって当たり前のこと。

 だが、女神聖教の使徒は違う。

 死ぬべき時に死ぬ。その運命を覆した命は、たとえダンジョン内であろうと死は絶対なのだ。


「えへ、えへへ……さいごに、友達、できた」

「バルタザール……」

「う、ぅぅ、ぅ……うえっ」


 バルタザールは、最後に小さな芋虫を吐きだした。

 黒焦げた跡がある、小さな芋虫。それを愛おし気に撫でる。


「この子、おねがい……ぼくと、おなじ」


 すると、芋虫に変化が起きた。

 芋虫に亀裂が入り、立てに割れた……すると、芋虫の中から、綺麗な蝶の羽を持った、二十センチくらいの『蟲人』が現れたのだ。

 長いピンク色の髪をした、透き通る虹色の羽を持つ蝶の蟲人の女の子。

 バルタザール自身も驚いていた。


「ぱぱ?」

「…………」

「えへへ。ぱぱ、ぱぱ」

「───……えへへ、なまえ、なまえ……シルフィディ、だよ」

「シルフィディ! あたしは、シルフィディ! ありがと、パパ!」

「うん……シルフィディ、今日からおまえは、エルクと一緒。わかった?」

「エルク、わかった。エルクといっしょ!」


 シルフィディは、エルクの周りを飛び、エルクの肩に座った。

 エルクは、満足そうなバルタザールの手を握る。

 ソアラも、涙を流し手を握った。


「あったかい……えへ、えへへ。ぼく、ぼく……」

「バルタザール……」

「……うぅ」


 バルタザールは、目を閉じ、涙を流し……静かに呟いた。


「ぼく、しあわ、せ……え、えへへ」


 そして、静かに、眠るように息を引き取った。

 すると、バルタザールの身体が粒子となり消えていく。


「パパ、パパ、バイバイ! またねー!」


 シルフィディだけが、笑顔で見送っていた。

 エルクは、バルタザールの粒子を見送りながら……静かに呟く。


「女神聖教……必ず滅ぼしてやる」

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