女神聖教七天使徒『醜悪』のバルタザール⑥/バルタザール変異体

 少年は、生まれた時から『醜い』少年でした。

 潰れたような顔、小さな目、裂けたような口、成長しても伸びない身長。

 その醜い少年は、両親から愛されず、生まれた村では虐められていました。

 少年は、毎日泣いていました。

 誰が悪いのか? 自分が悪いのか? こんな醜い顔に産んだ親が悪いのか?

 答えは出ません。

 どんなにつらくても、少年は生きていました。

 石を投げられ、一緒に暮らしたくないという親は少年を納屋に放り込み、粗末な食事しか与えず、ほぼいない者として扱いました。


 そんな少年の友達は、『昆虫』でした。


 納屋には、たくさんの昆虫がいました。

 芋虫、羽虫、トカゲにミミズ。

 昆虫たちは、少年を『醜い』だの、『気持ち悪い』だの言いません。

 少年は、昆虫たちと友達になりました。


 ◇◇◇◇◇


 身体の一部を昆虫化させた『バルタザール変異体』は、背中の触手を器用に操り、エルクに向かって飛ばしてきた。

 エルクは、両手のブレードを構え、向かって来る触手を躱しつつ斬りつける。


「だりゃっ!!」

「ふひひひ、ふふひ」

「───……なっ」


 だが、切られた触手は一瞬で再生。

 バルタザール変異体は、身体に生えた蜘蛛の脚で高速移動し、壁を這う。

 さらに、背中から巨大な『翅』が生えた。


「ブばぁぁぁぁぁぁっ!!」

「げっ!?」


 バルタザール変異体は、口から大量のナメクジを吐き出す。

 あまりの光景に、エルクは青くなり、念動力で身体を浮かして高速で回避する。

 念動力で身体を操作する『念動舞踊テレプシコーラ』を使い、バルタザール変異体が吐き出すナメクジを回避し、右手をバルタザール変異体へ向ける。


「おっぼ!?」


 念動力による衝撃波で、バルタザール変異体を吹き飛ばす。

 壁に激突するが、バルタザール変異体はまるで意に介していない。

 なんと、尻から糸を出し天井へ。ゴムの伸縮のような速度で一瞬で天井へ消えた。


「なんでもありかよ!?」

「くひ、くひひ……『ヒルの雨』」

「うげっ!?」


 バルタザール変異体の口があり得ないくらい開き、そこから大量の『吸血ヒル』が吐き出された。

 部屋を埋め尽くすほどのヒル。

 気持ち悪い。だが、エルクは慌てない。

 両手をパシンと合わせ、落ちてくるヒルに向かって念動力を発動。


「気持ち悪いのは───……」


 念動力の力場が、ヒルをかき集める。

 一塊になったヒルは球体になり、空中で回転する。


「お返しするっ!!」


 エルクが右手で投擲するポーズを取ると、ヒルの塊がバルタザール変異体へ向かって飛び、天井にぶら下がるバルタザール変異体へ直撃した。


「ぶべぁ!?」

「ほらもう一丁!!」


 糸が切れ、バルタザール変異体は落下。

 エルクは飛ぶ。

 落下するバルタザール変異体へ向かって飛び、その顔面に強烈なカウンターパンチを食らわせた。


「がびゅっ!?」


 念動力を纏った拳が顔面に直撃、陥没した。

 バルタザール変異体は再び壁に激突。顔からボタボタ鼻血を出し、涙を流しながら顔を押さえていた。

 エルクは右手の短弓を展開、矢を装填して構える。


「ぶ、ぎゅぅぅぅぅぅ!!」


 バルタザール変異体は背中の触手を無茶苦茶に操り、部屋を破壊し始める。

 エルクは、天井に向けて短矢を放つ。

 念動力を帯びた矢は弧を描きながら飛び───……シャンデリアを支えている鎖を断ち切った。

 落下するシャンデリアをエルクは念動力で強化。


「もう、その辺にしとけッ!!」

「っっっ!?」


 巨大なシャンデリアが、バルタザール変異体を押しつぶした。

 身体が半分潰れ、バルタザール変異体は口からゴボゴボと芋虫を吐き出す。


「えへ、えへへ、えへへ……う、ぉげっ」


 口から吐き出したのは、緑色の宝玉。

 このダンジョンの秘宝、『魔蟲石』だ。

 バルタザール変異体は、笑っているのか苦しんでいるのかわからない声で言う。


「まけ、ちゃった」

「…………」

「あのね、あのね、外……女の子、だいじょう、ぶ?」

「……え?」

「このダンジョン内の蟲、ぜんぶ呼んだ。ぜんぶ呼んで、エルクを襲わせようとした。でも、でも……そのまえに、まけちゃった。そとの女の子、だいじょう、ぶ?」

「……ソアラ!!」


 と、エルクが振り返ると、ドアが吹き飛ばされた。

 エルクは瞬間的に構える───……が。


「……つかっちゃった」

「ソアラ……?」

「使いたくなかったのに……っぺ」


 ソアラは・・・・口から蟲の脚・・・・・・を吐きだした・・・・・・


 ◇◇◇◇◇


 スキルには、それぞれ格付けが存在する。

 一般系スキル、商業系スキル、戦闘系スキル。

 『計算』や『裁縫』といった商業系スキル。『鋼鉄化』や『加速』などの戦闘系スキル。そして、『念動力』は一般系スキル。一般スキルの中でも、最弱の部類となる。

 最弱である理由が、レベル。

 念動力の最大レベルは10。さらに、『スキル進化』もしない。ゆえに最弱。


 だが、これらのカテゴリに含まれない、特殊なスキルがある。

 

 無傷で現れたソアラ。

 扉の奥、つい先ほどエルクとソアラが別れた空間には……おびただしいほどの『蟲』が、残骸となって転がっていた。

 これには、エルクもバルタザール変異体も驚く。


「ソアラ。無事……なんだよな?」

「うん。スキル、使っちゃった」

「う、そ……なん、で?」

「……わたしのスキル、気持ち悪いから」


 ソアラが口を開けると、牙が生えていた。

 そして、舌には……紋章のような刺青が刻まれている。


「わたしのスキル、『暴食グラトニー』……なんでも食べれる。食べれば食べたぶんだけ、身体能力が上がるの。生物を食べれば、すっごく強くなるの」


 そう、ソアラは食ったのだ。

 襲い掛かる蟲を、その口で、そのスキルで。


 スキル『暴食』

 現在、七つしか確認されていない『レベル表記のないスキル』であり、スキル進化もしない、所有者が世界で二十名もいない、超レアスキル。

 ソアラは俯く。


「気持ち悪いよね。わたし」

「ソアラ……」

「…………」


 エルクも、バルタザール変異体も何も言わなかった。言えなかった。

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