川越軍議

川越城を大軍で囲む足利成氏は、扇谷定正が敗死し相模が豊嶋、三浦の手に落ちた事、そして野盗の襲撃に遭い、古河の町に火を放たれ灰燼と帰した事を諸将に伝え、今後の方針について有力国人衆の意見を聞く為に本陣で軍議を開いていた。


扇谷上杉定正の敗死について、成氏に従う多くの国人衆達は、もともと数年前までは敵として血で血を洗う戦いをしていた家の当主が豊嶋軍と三浦軍に挟撃されたのだから、敗れて当然といった感じで、特に惜しんだり、怒りを露わにする事も無く、ただ、役に立たない奴だと醒めたような表情で聞いていた。


成氏の配慮で、相模川を渡河する際に落馬して溺れ死んだと言う事は伏せられ、敗死したとだけ伝えられた事で、定正の死を蔑む者はいなかった。


だが、古河の町が野盗に襲われただけでなく、火を放たれて、御所の一部と町が灰燼と帰したとの話を聞き、軍議の場に居た下野の国人衆達が一気に殺気立つ。


それに釣られ、大洗湊、那珂湊を襲撃された佐竹義治さたけ よしはる等は、川越を無視し江戸に攻込み、江戸の町を火の海にと声を大にし主張していたが、同じく常陸に所領を持つ国人衆より、野盗が常陸の各地に出没し、村や領主の館等が襲われているとの報告がされた事で、佐竹義治の強硬論よりも常陸の安定を図る方が先ではないのかとの流れになりつつあった。


「して、国元よりの知らせで、その野盗共は、豊嶋が裏で糸を引いているのか」


所領が野盗に襲われているとの報告を聞き、成氏が、所領の村や館を襲撃された国人衆達に問いかける。

成氏自身も、豊嶋が裏で糸を引いているとの答えが返って来ると思っていたが、帰ってきたのは意外な答えだった。


「恐れながら申し上げます。 襲われた村の者によりますと、野盗共は、どうやら大掾だいじょうが裏で糸を引いているような事を話していたと…」


「大掾だと? 豊嶋と大掾が手を組んだのか?」


「いえ、噂ではございますが、豊嶋が大掾に常陸の旧領を取り戻す替わりに従属するようにと使者を送った所、大掾清幹は、豊嶋風情が付け上がるなと怒り、使者の首を刎ね、更に従者の耳と鼻を削ぎ、追い返したと事、誠であれば手を組むとは考えられませぬ」


「なれば大掾が、野盗を使い常陸を荒していると言う事か?」


「恐らくは…。 襲われた場所の多くは大掾と争っている国人の所領が多く、また混乱に乗じ、大掾が兵を出しておりますれば。 また村に居座った野盗共は、抵抗せねば手荒な事はせず、村に女と食料を求めるのみとの事、野盗共の慰み者となった女の話では、いずれ大掾家に家臣として召し抱えられるとも話していたようでございまする」


「ふんっ! 常陸は名家と言うだけでろくに力もない大掾に踊らされ、所領をいいように荒されていると言う事か。 常陸の方々は…」


「黙れ!! 貴様、我ら常陸武士を愚弄するか!!」


常陸より届けられた知らせを軍議の場で話した者に、下野の国人が嘲るような言葉を発し、それに激昂した常陸の国人が刀に手をかける。


「静まれ!! 刀を向ける相手が違うであろうが!! 其の方ら! 豊嶋宗泰は相模で上杉定正を破り、忍城は上杉顕定が城攻めを諦めた、そして川越城を囲む我らも攻めあぐね城を囲んでいるだけだ。 味方同士で争ってどうする!!」


成氏の一喝で、一瞬、場に静寂が訪れるが、所領を荒されている常陸の国人衆を代表するかのように、佐竹義治が口を開く。


佐竹義治は、大掾清幹が兵を挙げ、ほぼ空になった常陸で暴れている状況を放置すれば、常陸に所領を持つ者や、兵達が動揺し士気が落ちるだけでなく、兵達の陣抜けや、国人の一部が兵を引き上げ所領に戻る可能性があり、このままでは軍全体に悪い影響を与えるので、自身が大将となり、常陸の兵10000を率い、大掾討伐を成氏に願い出た。


だが、佐竹義治の言葉に対し、成氏が口を開く前に、江戸通雅えど みちまさを始め、常陸の有力国人衆達が声を上げる。


国人達の言い分としては、佐竹が兵を率い大掾を討伐した後、大掾の所領を、そのまま佐竹が手に入れ、佐竹だけが利を得るのが納得がいかないと言う。

その為、「なれば某が!」と名乗り出る者が次々と現れ、収拾が付かなくなり出した。


最終的に、大掾の所領は、豊嶋征伐後に豊嶋領、太田領、成田領、三浦領と共に此度の功に応じ、分配すると成氏が言った事で、国人衆達から一応の納得は得られたが、10000もの兵を動かす事に対し、下野の国人衆が異論を唱えだした。


そんな中、関宿城城主の簗田成助やなだ しげすけが、大掾を討伐した後、そのまま下総に向かい、兵が集まらなかったにも関わらず、佐倉に攻込み、本佐倉城に迫ったが、千葉兄弟に籠城された事で、攻める事も、引く事も出来ず、身動きが取れなくなった千葉孝胤ちばのりたねを助け、そのまま下総で豊嶋に味方する者を討てば、下総奪還に加え、豊嶋に対し圧力をかけられるのでは。と発言した事で、一気に大掾討伐が決まった。


総大将は、大掾討伐を言い出した佐竹義治が命じられたが、本人は大掾の所領をそのまま自身の所領に出来なくなり若干やる気のない表情ではあるが、付き従う事になった国人衆は、所領を荒された者達であり意気軒高だ。


若干、醒めた表情の佐竹義治率いる10000の兵はその日のうちに準備をし、翌朝に川越を出発し、その日の夕方に入れ替わるように忍城の攻略を諦めた上杉顕定率いる20000の兵が合流した。


本陣に挨拶に来た上杉顕定と長尾景春に成氏は参陣を労い、そして、豊嶋家の一門が守る滝野城(現在の所沢IC近く)攻略を笑顔で命じる。


武勲を上げれると喜ぶ上杉顕定を横目に、長尾景春が深いため息をつく。


どうみても豊嶋の士気を計る当て馬にされているからだ。


「これ以上、付き合うのも潮時か…」

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